◇告白 2
微かに顔をずらし、露わになっていたユーリの尖った耳を食んでみる。
驚いたのか、ユーリは「ちょっと…」と焦ったような声でミケの行為を諫めようとする。
だが構わずにそこを舐め上げると…平素その耳を貫く、いくつかのピアスが外されて空虚になった穴が舌先に触った。
彼女の耳には少なくない数の、装飾の為の穴が空いていた。
自分を虐めるように空けられたこの痛々しい装飾を、ミケはあまり好きになることが出来なかった。
程度は低いが、ユーリはストレスを感じると自傷じみたことをするきらいがある。これもその一環なのだろう。
(いくつか、塞がせよう。)
自分はユーリの恋人である。彼女の容姿に幾許かの注文を付けても構わない筈だ。
大きめに開いた穴の周囲を舌先でなぞりながらそんなことを考える。
(それよりも、髪を簡単に結い上げさせて…何か飾りを贈ってやろう。その方がずっとユーリには似合う筈だ。)
指通りの良い金色の髪に指を絡めながら、更にそう思う。
耳へと歯を立てると、ユーリが短く喘いだ。
耳が良いのか。と囁いてからまたそこを口で食めば、「だから…!ちょっと…そこ、あんまり…」と切羽詰まった声で返される。どうやらそういうことらしい。
敏感な耳を中心にして、その頬や瞼、彼女の皮膚へと少しずつ角度を変えて口付ける。
その度にユーリは小さく息を呑み、身体を硬くした。……遂に堪えきれなくなったのか、とっくに乱れてだらしない有様になっていたミケの着衣を縋るようにして掴んでくる。
「……………。まるで生娘のような反応をするな。」
少し意地悪な気持ちになって、先程から抱いていた感慨をそのまま口にする。
しかし、予想に反してユーリの表情にはまるで余裕が無かった。泣き出しそうにも見える。
…服を掴んでいた掌に力がこもった。僅かな震えが伝わってくる。
「あ、当たり前じゃないですか…!」
ユーリの声もまた、その拳と同様に震えていた。
彼女は空いているほうの腕で自分の顔を隠すようにする。
無言でそれを退ければ、非常に情けない表情をした奴の顔が拝めた。
「す…好きな人に抱いてもらうのは初めてなんです、緊張するに決まってるじゃ…な、いですか……!」
ユーリはゆっくりとミケの着衣から手を離し、首の方へと腕を回してくる。……少しの間の後、抱かれる力が強くなるのを感覚する。
「ミケさんがそんな薄情な人間じゃないって……勿論、分かってますよ?……でも…嫌われたらどうしようって、不安で…怖い。……すごく、こわい……!」
……………。ミケは瞼を下ろしてひとつ溜め息を吐く。そして、せめて安心させてやろうとユーリのことをより強く抱いた。純粋に可愛らしくていじらしいと、しみじみ思いながら。
「………今更…。傷痕くらいでお前を気味悪がったり、愛想を尽かしたりはしない。ここに至る為に、俺がどれだけ気を揉んで苦労をしたと思っているんだ…。」
抱き締めたままで、先程随分と虐めてしまった彼女の耳の傍で、囁くようにして言った。
「俺を信じろ。愛している。」
愛しているんだ、ユーリ…。
本当に心から伝えているのにも関わらず、何故ユーリには少しも伝わらないのかと流石に首を捻る。
どうしたものだろうと考えた。この為ならどんな手すらも尽くそうとしているのに、その手段が最早分からない。
思考しながら身体を離してユーリのことを見下ろすと、それに気が付いたのか彼女もこちらのことを見る。
暫時二人は黙って視線を交えた。
やがてユーリは何かを考えるようにミケの頭の向こう、古びて石灰がひび割れているであろう天井のことを眺める。…………そして大きく息を吐いてから、再びミケの僅かに残されていた着衣を掴んだ。
今度は先ほどの縋るような弱々しいものでは無かった。勢いよくそこを引き寄せられ、つんのめって近付いた身体、首の辺りをきつく抱きしめられる。
そして、且つてないほど濃厚に口付けられた。的確に、男がどのような箇所で悦びを感じるか知っている行為だった。あまりの巧みさに、目眩すら覚える。
(マズい、)
と思って力づくでユーリから自分を遠ざけた。勿論彼女が自分に力で勝てる筈はなく、呆気なく二人の距離は隔たるが…それでも、こちらをふたつの青い瞳が鋭く見上げてくる。視線が痛いほどだった。
「物好き……っ…!!」
そのままで、ユーリは押し殺した声で呟いた。
「ば…ばっかじゃないの……!?」
露わになっていた表情が歪み、息を吸うのも吐くのも苦しそうな様子だったが…それでも、ユーリは言葉を続けていく。
「私なんかのこと好きになって、ここまでしつこく諦めない変わり者は…ミケさんくらいだよ…!!!」
やがて声が喘ぐような響きに変わり、ユーリの目尻に溜まっていた涙が溢れた。溢れて、縷々としてそれに続くようにしながら垂れていく。留まらず、涙は次から次へと彼女の横顔を滑ってその髪やベッドのシーツを濡らした。
「こんな汚い痕だらけのアバズレをどうしようもなく好きになるなんて、ほんと…馬鹿だって、馬鹿だよ…!」
ああ、もう………!!
ユーリはそれだけ言葉を吐き出して、流れていた涙を乱暴に拭った。畜生、と悪態をつきながら。
「…………。だが…そんな馬鹿のことが好きなんだろう?」
「好きに決まってるじゃないですかっ!!何回言わせるんです、…。この馬鹿、クソバカ。」
「………馬鹿に馬鹿と言われるのはあまり良い気分ではないな。」
「うおおお貴方ひどいこと仰る!!私を形容する言葉に可愛いと美しい以外は使用しないでください!!!」
「ああ……。脳みそのサイズが可愛いな、ユーリは。」
「はああ!?どうあっても私を馬鹿にしないと気が済まない病気かなんかですか貴方ぁ!!」
「当たり前だろう。俺の生き甲斐だ。」
「そんなロクでもない生き甲斐はポイしなさい!!もっと建設的なことをすべきです、植物だって褒めてあげれば綺麗になるんですよ??」
「………綺麗になってどうするんだ。お前どうせ人に顔を見せないじゃないか。」
「たっ、確かに。」
「ああー…本当にお前は馬鹿だな。死ぬほど可愛い。」
「うおっ、すげえ不本意!!でも嬉しくなくはないっ!!!!」
ワタワタと慌ててよく分からないことを口走るユーリの様子を見ながら、ミケは思わず笑ってしまった。
一度体を起こしてベッドに座り直し、残されていた自分の着衣を脱いでいるとユーリもまたのっそりと起き上がってくる。
そして「お手伝いしましょうかぁ?」と肩の辺りに顎を乗せながらどこか楽しそうに言った。
…………どうやら、何かが吹っ切れたらしい。つくづく極端で調子が良い人間であることに呆れてしまう。
(まあ……だが、それで良い。)
何ひとつ伝わらないようでいて、ユーリは確かに自分の意図や気持ちを汲んで受け入れてくれていたらしい。
そのことが分かると、妙に安心して……嬉しかった。
「いや…良い。何もするなと言っただろう。」
「ふうん、そう言うのがお好みなら何もしませんが。」
「……………少しくらいなら何かして良いぞ。」
「あらヤダ、ミケさんったらスケベですねぇー。」
ケラケラと笑って、ユーリは至極嬉しそうにした。
ミケもまた少し笑って、ユーリのどうしようもなくくたびれたシャツの肩紐をそこから外してやる。先程予想したように、呆気なくそれは脱がせることが出来た。
(……………………。)
青い闇に浮かび上がったユーリの乳房には…随分と新しい痕があった。縫合の痕跡もある。
恐らく、これは件…地下街に行った時に作ったものだろう。
そこに軽く口付けて、舐めた。傷口が未だ染みるのか、ユーリは小さく「いた…」と呟く。
だが、見た目の痛々しさに反して治りは順調なようである。この分ならばきっと綺麗に元に戻る。痕にはならない。
「ねえ……ミケさん。」
再度二人でベッドへと沈み込む傍、ユーリがポツリとした声で零す。
応えてその方を見れば、ユーリは心弱く微笑んだ。
「…………。愛してますよ。本当にね…。」
しみじみとした声で、彼女はゆっくりと気持ちを伝えてくる。
「うん…………。心から…、………大好き…。」
噛みしめるようにそう言って、ユーリはヘラリと照れたようにして笑った。
……思わず目を細めて、額に口付けてやってから髪を撫でた。
相変わらず指通りが良くて綺麗な髪質をしている。
今度、これくらいなら素直に褒めてやっても良いと思った。毎度馬鹿にしてばかりでは流石に可哀想かもしれない。
「………分かっている。」
一言だけそう応え、ミケは彼女の頭髪をそっと撫で続けた。
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