道化の唄 | ナノ

 ◇呼吸


「………ユーリ。」

呼びかけられたので、瞼を薄く開いてその方を見る。

…………しばらくただ視線が交わっていた。ややあって、ミケが掌を伸ばしてはそっと自分の頬に触ってくる。


(こんな近くでこの人の顔を見れるのは…屈んでもらった時か…こうやって、二人で横になってる時だけなんだろうなぁ。)


ぼんやりとそんなことを考えて…ユーリは今の時間を大切にしようと思った。

………何しろ身長差がある。ユーリは別段背が低い方では無かったが、如何せん彼が大きすぎるのだ。


「何を考えている。」

「うーん………。…はは、ミケさんのことに決まってますよぉ。」

「……………ふん。」

「…何笑ってるんです。」

「お前は両極端なんだ。分かりやすくて、分かりにくい。」

「そうですかねえ。」

「要は面倒臭い女なんだ…。」

「そりゃどうもですねェー。」


小さく声を上げて、ユーリは笑った。



でも……そんな面倒な女に根気強く向き合ってくれて、ありがとう。




「………本当なんですよ。ここに寝てると、ミケさんのことばっかり考えるから…すごく、幸せ。」


意外と部屋、ちゃんと片付けるんだなあ、とか。

このベッド、ミケさんの匂いがするなあ、とか。

掌、大きいなあ、とか。

何回見ても、格好良いなあ、とか。

やっぱり、大好きだな…とか…ね。



ユーリは心に思い浮かんだことを、素直に言葉にして呟いた。

…………ミケの瞳が優しく細くなる。堪らないな、とユーリは思った。胸が締め付けられて、痛いほどに苦しかった。


「ねえ、ミケさんは何考えてるんです…。」


自分の頬、髪、首筋の辺りを…ミケの好きに触らせるままにしながら、ユーリは尋ねてみた。

ミケは少し考えるようにしながら手の動きを止めるが…やがて、「そうだな…。」と呟く。


「今すぐにでも襲ってやりたい、と考えてた。」

「おわっなんです急に。貴方滅茶苦茶空気読みませんね!?」

「別に急じゃない……。正直今の状況は勘弁して欲しいと思ってる…」

「えぇ…一緒に寝ようって誘ってくれたのはミケさんじゃん…。………じゃあなんで襲わないんです。ミケさんこそ良く分かんない人ですねー…」

「まあ…なんだ。大切にしたいんだ。色々と………色々なものを…」

「………………………。」


ミケは呟きながらまた、ユーリの前髪を避けては耳にかけてくる。邪魔な髪だな、とぼやくように続けて。


(うーん。…………優しい人。)


………前髪を避けられるのは、正直に言うと恥ずかしかった。自分の顔に自信がないわけでは無かったが(と言うかむしろ結構可愛い方だと思っている)、表情を子細に理解されてしまうのは、なんだかまだ…慣れない。


(でも……。二人だけの時は、私もちゃんと真っ直ぐに貴方のこと見たい…かも。……ちょっとずつ慣れるから…少し、待ってね。)


「………ユーリ。」


また、名前を呼ばれる。この瞬間がすごく好きだった。何回でも呼んで欲しいと心から思う。


「エレンを…励ましてやれ。」

「え…?」


しかしながら、随分と予想外の話題を振られる。

ミケはユーリの髪を指先に巻きつけては離し、元の位置に落ち着かせるように撫でる、と言う一連の動作を繰り返しながら…「お前の…初めての、後輩だろう…?」と呟く。


「…………でも、私は。……。」

「お前は巨人なんかより、人間の方がよっぽど苦手なようだな。……だが臆病になるな。恐怖していては何も始まらない。」


ミケはもう眠いのかもしれない。その声は徐々に掠れていくようだった。しかし語調はハッキリとしている。

彼が自分を抱き寄せるので、ユーリは従って傍に身を寄せた。


「何もしなければ、何も変わらない。それは安定した世界かもしれないが…至極、狭い。お前が思うより………もっと、ずっと世界は広い……。」


彼が話す度に、その胸元が弱く膨らんでは元に戻る。暖かいその体温を皮膚を通して実感しながら、ユーリは静かに瞼を下ろした。


「ユーリ……。お前は、俺が………」


上司にして初めての恋人の声を聞きながら、ユーリはゆっくりと眠りの淵に落ち着いていく。

こんなにも安らかな気持ちで眠れたのは、本当に。生まれて初めてだった。

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