道化の唄 | ナノ

 ◇謝罪


「…………は、地下街?」


ミケは、エルヴィンの言葉をそのまま繰り返して呟いた。エルヴィンは「そうだ。」とそれを肯定する。


「例の巨人の殺害事件があったろう。それに際して兵士全員の起動装置のレコードを調べた……が、件の時間帯に装置を使用した者はいなかった。持ち主を失くして回収されたものも含めて、全てが白だった。」

彼は着席したままで、ミケの方は見ずに手元の書類を忙しく確認しては、何かを書き付ける作業を途切れることなく進行させていた。


「しかし…ひとつ。地下街の自称自治組織の末端に装置が流れていると言う情報が入った。ユーリには、その真偽を確かめに行ってもらっている。」

「馬鹿な。………たった一人でか…?」

「そうだ。一人の方がユーリも色々とやりやすいだろう。それに俺もあまり事を荒立てたくなかった。………壁外調査直前の今、ヤクザ者と争っている余裕は無い。」

ユーリにもそう伝えてある。きっとうまくやってくれるだろう。とエルヴィンは付け加えた。


ミケはしばし言葉を失う。なんと言って良いのか、咄嗟に返すことができなかったのだ。

…エルヴィンが言うことは最もであった。壁内にスパイが潜んでいる可能性がある以上、少人数で作戦を行うのは妥当であるし、勿論それは事前に伝えられていた。


(だが………)


「なんだ。直属の上司のお前がユーリの実力を信用していないのか。」

「そう言うことでは無い。問題なのは……場所だ。地下街であること。ユーリにとっては辛い場所だろう。」

「…………随分過保護だな。だが…辛い場所だからこそだ。下手に気を使われるのは奴の望むところでは無い。」


ミケ。


エルヴィンは彼の名前を呼びかけながら、ようやく作業する手を休めてこちらを見る。静かな動作だった。

「お前はお前で、やることがあるだろう。任務に私情を挟むな。」

…………ユーリの後を追って地下街へ向かおうと思い至っていた彼の思考は、どうやら見透かされてしまっていたらしい。


やはり、エルヴィンが言うことは正しかった。今回のユーリの仕事は、何も人を殺したり傷つけたりするものでは無い。そこまで難しくは無いだろう。


しかし、ひどく心配だった。

ユーリは自分を粗末に扱う節がある。壁外調査の時も、幾度が冷や冷やとさせられた。

自分の価値を見出すことができないのは、その身体が傷物であるからか。それとも育った環境が自尊心を全く持って摘み取ってしまったのか。両方だろう。

そしてその原因は全て地下にある。その場所に舞い戻る事によって、ようやく育むことが出来たものを忘れはしないか不安だった。


……………最悪、また…戻ってこないかもしれない。


それは無い、と自らの考えを打ち消す。もうユーリは嘗てのように無責任な行動をする人間では無い。

必ず自分たちにとっての成果を携えて、この場所に帰ってくる筈だ。


「………………。そうだな…。」


ミケは低くゆっくりとした声で応えた。そして、言葉を続ける。


「お前の言う通りだ。俺は冷静ではなかったらしい…。」

すまない、とミケは呟くようにしてエルヴィンに謝罪した。調査兵団の長の男は、「気にするな。」と平素の美丈夫な笑みを浮かべてそれに応える。


「だが………。ユーリが帰ったら俺に連絡を来れないか。それくらいなら、良いだろう。」

「ああ、構わない。…むしろ……いつもユーリを借りて悪いな。」

「…………いや。」


それだけ応えて、ミケは団長室から敬礼もそこそこに立ち去った。

…………これで良い。一応は。納得したつもりだった。


先ほどのユーリに対するやり場のない苛立ちは既に失せていた。むしろ、大人気なかったと自分を叱りたい気分になる。

……………このささやかな嫉妬心とも言える感情は、彼女が地上にいてこそのものだった。再び地下の闇へと沈んでしまえば、その憤りすら感じることは出来ない。


(……………………………。)


やはり、心配だった。


正直、もう………自分の目が届かない場所で、危険な事をするのはやめてほしいと思った。


(ああ……。)


そして、反省した。

今まで、自分は非常にどっちつかずの態度で彼女に接していた。それが優しさのつもりだと思っていたのだ。あくまで束縛しないでいることが。

だがそれにも限界がある。事実、自分はそろそろ父親の代わりも、良い上司役も演じられなくなってきていた。


このままでは、良くない。


ユーリが帰ってきたら、きちんと伝えてやらなくはならない。

そしてもう、勝手にいなくなるなと約束させなくては。



(だから………早く、帰ってきてくれ…。)


両手で顔を覆って、すっかりと緊張して強張っている顔面の筋肉を解した。

掌を下ろすと…廊下の突き当たり、開け放した窓が目に入る。冷たい風に煽られて、紅葉と黄葉がハラハラとその風景を横切っていった。

その隙間を縫ってこちらに落ちてくる太陽の光も落葉色に染まって赤かった。

早く帰ってこい。もう一度胸の内で念じる。この太陽が西に沈む前に。


(光が、当たる場所に………)


目細めると、極彩色の赤色と黄色が滲んで混ざるように見えた。合間から溢れる光が溢れて、飛沫の様に飛んで石造りの廊下を七色に染めている。

その場所を通り過ぎても、いやに鮮やかなその風景は瞼の裏に焼き付き、中々消えてはくれなかった。



リクエストBOXより
ミケが主人公のことで嫉妬してしまう から追加させて頂きました。
素敵なネタ、どうもありがとうございます。


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