道化の唄 | ナノ

 ◇真実


※温いですが残酷/性的描写があります。ご注意くださいませ。


「いってえ!!痛い、いてぇっつってんだろが、なんだおめぇーゴリラかよ……」

「貴方女の子に対してひどいこと仰る。」

男の身体を汚れたカウンターに押し付けつつ背中で腕を捻じ上げながら、ユーリは呆れたような声を上げた。


「一応は俺も自治組織の構成員なんだぞォ、こんなことしたら後がめちゃ怖ぇーだろがァ。」

「いやいやー…スケベ心丸出しだったそっちがフツーに悪いでしょ…。今喋ってくれたらもう痛くしないからさァ、頼むよ。」

ユーリは彼に言葉を促しては溜め息を吐いた。先程強く噛まれた所為で、未だに唇からは血液が滲む気配がする。早く口内を洗いたいと思った。


「こちとら一応お天道様の下でそれなりの訓練をして来たんだよォ。薬とアルコールで脳みそ溶けてるジャンキー君が私に敵うわけないっしょ。」

爪先で脛を小突いてやりながら、急かすように言葉を続けた。


「一言二言喋って装置の場所教えるだけじゃん…何も大変なことじゃない……」

「それがこっちには大変なことなんだよな。悪いけど俺ぁ運河の底に沈められたく無いんだ。てめーが如何拷問しようと喋んねえよバァ」

「はァ?それじゃ貴方最初っから喋る気無いんじゃん。私はヤられ損になるとこだったのかよ。」

「いやー…それは違う。約束は守るつもりでいたぜ。俺は女には優しいんだ。」


ユーリが腕を捻り上げる力を強くするので、男の皮膚に脂汗が浮いて来た。「どこが…………。」と彼女はゆっくりとした口調で言う。


「私…早く帰りたいんだ。貴方だって痛くて嫌な目に合いたく無いでしょうが…。」

「帰る?帰るってどこに。」

「調査兵団の公舎に決まってんでしょ。」

「……………………。分かんねえな。」

「は?」

「おめーに帰る場所なんてあるわけねぇーだろこのアバズレ。まだ傷は残ってるか?俺が打ち込んだ、あの…「やめてよ、あんまり楽しい思い出じゃないの。思い出したくない。」

「はは…そりゃァ良かった。お前はやっぱり覚えててくれたんだなぁ。」


男が笑うのと、ユーリが足に鈍痛を感じるのは同時だった。彼が少しずつ押していたらしい重たい酒瓶がごとりと落下しては足に直撃したのだ。

すぐに彼女はしまったと舌打ちする。

………足の指が折れたのではないかと思う。だが踏ん張れたところを見るとその恐れは無いだろう。しかしながら壁外調査前に痛めたくないところを負傷した、とユーリは非常に悔しかった。男に出し抜かれたことよりも、壁外で役立たずになることの方がずっとずっと悔しかった。

すぐに体制を立て直して未だ掴んだままになっている男の腕をままよ、と折りにかかる。しかし既に彼女の首筋には白い刃を剥いたナイフが突き付けられていた。


「……………………………。」

「……………………………。」


しばしそのままで、二人は互いのことをじっと見つめ合う。

やがて、ユーリはゆっくりと男の腕を解放し、身体を後ろに退いた。そして退いた分だけ彼に詰められる。


(あー……。)

ユーリはげんなりとした気持ちになった。


追い詰められた壁際で、男から顔を背けては「ごめんったら……。痛かったんなら謝るから…」と苦笑混じりに役に立ちそうにない弁明をしてみる。


「…………なんつーか…。随分賢くねえやり方を選んだよなぁお前。」


片掌で顔を掴まれた。ユーリの頬の辺りに彼の指が深く食い込んでいく。

背けた顔の位置を戻されるので、否が応でも二人は再び視線を合わすことになった。


「動くなよ…」


との言葉と共に薄い刃が首筋を撫でてくる。

…言われた通り、動かないことにした。そして一先ず、これからどうしたものかと考える。


ひとつは装置の場所を突き止めてそれを確保しなくてはならない。

そしてもうひとつは装置を持って地上に戻らなくてはならない。調査兵団の元に装置を戻してやることまでが、今回の自分の任務だ。

この男は拷問しても口を割らないと断言している。ユーリ自身、彼を拷問にかける気は無かったが。なるべくことを大きくしないようにと、父親にも命令されていたからだ。


だから、ハッタリと金銭でどうにかするつもりだった。

だがそれには精神的にマウントを取る必要がある。………そして今の状態では、それは中々難しそうであった。


切先でユーリの首筋をなぞっていたナイフが、シャツの襟元を止めていたタイを千切るようにして切断する。

続けて胸元のベルトが真っ二つに別れてダランとぶら下がった。

ボタンがひとつずつ、わざと時間をかけるようにして落とされていくのがよく分かる。

嫌だな、とユーリは思った。この男は言うまでもなく鬼畜で変態である。まだソフトな傾向があったが、それなりに悪趣味な性癖の持ち主だ。


下着も切り裂かれるので、肉が斑らに痕になって沁みを形作るユーリの皮膚の大部分が露わになった。

………嫌だな。と再び彼女は思った。

乳房と乳房の間にナイフがそっと差し込まれた。途中で肉に突き刺さる。しかし留まらず、そのまま刃は彼女の身体の中に侵入していった。

突き上げてくる凄まじい痛覚によって、今度は彼女が脂汗をかく番だった。

声を上げたくは無かった。しかし堪えても喉の奥が引き攣り、低い唸り声のような音がなる。


「もっと泣いたり叫んだりしろよぉ………最近はここも取り締まりが強化されちまってな。中々こう言う機会は無いんだ。」

ゆっくりとナイフが引き抜かれたユーリの乳房からは、割れた柘榴から覗く種子にように赤い血液がこぷりと溢れ出した。


ユーリは自分の腰が強く抱き寄せられるのを感じた。

乳房から滴る血液を舌全体を使って舐め取られる。身体が生理的な嫌悪感と恐怖で震えた。唸り声に留まっていた嬌声が悲鳴に変わりそうになる。

自分の血液を口移しで口内に注がれる。舌を絡め取られ、執拗にその味を刷り込まれて唇を貪るように犯された。

我慢しようと思った。自分以外の調査兵がこんな目に合わなくて良かったと安堵してポジティブに考えるべきだ。むしろ、今までの自分の行いの対価とでも考えれば良い。だから、耐えられる。


(大丈夫………。)


気持ちを落ち着かせる為に呼吸をしようとするが、口付けと呼ぶにはあまりにも暴力的な行為の激しさにそれすらもままならず意識が朦朧とした。そしてその朦朧とした意識の中で…突発的、瞬間的にひとつの像が形を結ぶ。


「………………あ。…………ぁ」


不運なことだった。彼女の脳内をとある人物の影が掠めてしまったのだ。


「い、いやだ……………っっ!!!!」


その瞬間掠れた声で叫んで、動くなと言われたことも忘れユーリは弾かれるように男の行為を拒絶した。


………我慢しようと本気で思っていたのだ。嘘ではない。しかしその貌は残像のように瞼の裏にこびり付いて消えてくれず、ユーリは発狂しそうな程の堪え難い気持ちに見舞われる。



男は………そっと目を細めては、ユーリが落ち着くのを待ってその身体を床に押し付けるように引き倒した。

その際に壁際の棚から酒瓶が落ちる。割れて、ユーリの身体は得体の知れない甘ったるい匂いの液体によって塗れた。


上と下。その関係で、二人は再び視線を合わせた。


「……………。分かんねえな……。」

男は再び同じ言葉を繰り返した。心の芯から不思議そうな表情をしている。


「やっぱりお前は変わったよ……。一回俺の好きにさせりゃァ目当ての情報は手に入るんだろ?今更何を生娘みてーに恥じらってやがる。それどころじゃないこと、山ほどやってきたじゃねーか…」


呟くようにして、彼は言った。


「…………………………。」


ユーリもまた…ちょっとだけ目を細め、それから頭の中に浮かんだひどく懐かしい貌を忘れようと小さくかぶりを振った。

ようやく解放された唇から息を吐き、どろりと濁ったこの場所の空気を身体から追い出そうとする。しかし一向にそれは功を為さず、呼吸は苦しくなるばかりだった。


「………………好きな人が、いるの。」


ポツリと、ユーリは小さな声で漏らす。しかし乾いたファンが生暖かい空気を運んでくるだけの室内で、彼女の声はいやに良く響いた。


「だからやりたくない。それだけ…」

「へえ……。恋人…?」

「……………………分かんない…よく。」


多分、違う……とユーリは弱々しく言う。きっと私の片想い…かも。とほとんど消え入りそうな声で続けた。

男は彼女の言葉に耳を傾けながら、その胸部から溢れ出る血液に指を浸し、濡れた指先で白い皮膚に刻まれた痕の窪みをなぞっていた。


しばしの沈黙だった。彼は思案するようにユーリの顔を眺めている。が、やがて「無理に決まってんだろ……」と静かに零した。


「上の奴らと俺らは人間と巨人並みに生物の種が違うんだ。分かり合って、増して幸せにしてやることなんか無理に決まってんだろ……。」


彼がユーリのウェストに留まっていたベルトの先をゆっくりと力を加えて引っ張る。乾いた金属音の後、そこは呆気なく解放された。

「お前…自分が選ばれるとでも思ってるのか?てめえの身体を見てみろよ。よくそんな自惚れたこと考えられるよなぁ…」


夢見るなよ……、辛いだけだろ。


心から憐れむようにして、言葉をかけられた。


強張った全身の力を抜いて、ユーリは細く長く溜め息を吐く。

それから、「そんなもんかね…………。」と呟いた。


「そんなもんさ。」


ユーリの首筋をなぞって、鎖骨の辺りから伸びる痕の窪みへと執拗に指を這わせながら、彼もまた小さな声で零す。


「…………………そっか。」


その通りだね、と彼女は続けた。


「本当に…昔とは大違いだな。まるで別人みてぇだよ。」


男の言葉を聞きながら…ユーリは薄いナイフの刃先が皮膚を滑る感覚の恐怖を再び覚えて、来るべき痛みを覚悟して瞼を下ろした。


「そ…んなに………。変わった、かなぁ………」


皮膚が裂かれる激痛に堪える為にユーリは自分の肉に爪を立てながら、精一杯何でも無い風を装って男の言葉に応対した。


(また、傷が出来ちゃう)

(またひとつ、あの人に相応しい人間から遠くなっちゃった)



「変わったっていうのとはちょっとばかし違うかもなァ」


落ち着いて、穏やかな声で男は言う。しかし身体は著しく興奮しているようで、その高くなった体温と部位とをユーリは服越しに感じていた。


「成長したんだろ。」


ははは、と彼は笑った。太い指で乳房が潰されるように揉まれるので、先ほどの傷口から嫌な音を立てて血液が噴き出す。思わずユーリは引きつった声を上げて喘いだ。


「大きくなったなぁ。…………ユーリ。」


ぞっとするほど優しい声色で零された男の言葉が、乾いたファンの音が響く空気の中へと沈んで行く。

ユーリは浅く短く呼吸を繰り返した。どうにか気を失わないようにしなくては。自分は生きて、装置と一緒に帰らなくてはならない。きっと、待っていてくれる人がいる筈だから。

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