◇お礼
抱えていた書類の山がふっと急に軽くなり、ナナバは思わず「ん?」と声を上げた。
………すぐにその原因は分かった。後ろからヒョイ、と金色の見覚えのある髪色が自分を追い越しては「大荷物ですね。どちらまで?」と尋ねられる。
ユーリの手の内には、先ほど自分が持っていた書類の三分の二ほどが収まっていた。ナナバはちょっと笑い、「帰ってきてたんだ。」と話しかける。
「そうなんです、出戻りしてきちゃいましたよ。まあクビにされました。」
「そりゃ良いね。」
「………い、良いんですか?」
「良いに決まってるじゃん、私がね。かわいいユーリなら出戻り大歓迎だよ。」
「嫌だなあナナバさん。惚れちゃいますよ、そんなこと言うと。」
「惚れ直しちゃうの間違いじゃなくて?」
「仰る通りですね、惚れ直しましたよ。相変わらず素敵です。」
「ありがとう。」
横並びに廊下を歩みつつも一通りの軽口の応酬を終え、二人は明るい声を上げて笑った。
そして気を取りなおすように、ユーリは「随分沢山の書類ですね。…やっぱり壁外調査前だからですか?」と尋ねてくる。
「そうそう。今年はなんかね…調査兵団の志願者がやたら多くて。それ関係の書類作りでもうてんやわんや。」
「ふーん…。トロスト区に先日襲撃があったばかりなのに。私はてっきりまた志願者数ゼロ人かと思ってましたよ。」
「…………トロスト区の襲撃があったからこそなんじゃない?多分今年の志願者たちはその現場に居合わせた子たちだよ。色々と思うところがあるんだろう。」
「そう言うもんですかねえ。」
「そう言うもんだよ。ユーリも分かるだろう?」
「……なんとなくですけどねえー。」
まあ何はともあれ後輩が増えるのは嬉しいですよ、とユーリは言葉を続ける。
頑張ってね、先輩。とナナバは笑顔で相槌を打った。
やがて二人は執務室までたどり着くので、ナナバは「ここまでで大丈夫だよ、ありがとう」とユーリに礼を述べた。
「持ってもらって悪かったね。書類はまとめて机の上に置いておいてもらえるかな。」
「お構いなく、体力だけが取り柄ですから。これからも遠慮なくこき使ってください。」
「助かるよ。」
待っててね、何かお礼を…と呟きながらナナバは辺りを見渡す。
その際にふと…今しがた机上に置いた書類の山の脇に、丸めて転がされた書簡が視界へと入ってきた。
いけない、そうだ…と漏らしては、ナナバはそれを手に取って軽く息を吐いた。その様を、ユーリが不思議そうに眺めている。
「ユーリ。お礼と言ってはなんだけど…これさ。エルヴィンに届けに行ってもらえるかな。」
思い付いたように、ナナバは掌中の書簡をユーリへと差し出す。彼女は分かりやすく嫌そうな表情をした。
「ええー…それのどこがお礼なんですか。嫌ですよ。大体団長室なんて、ここからワンフロア階段上がればすぐじゃないですか。」
「何回か行ったけどエルヴィンいなかったんだよ。……多分、一番近い広場に出たところの喫茶店にいると思うんだよね。エルヴィン、仕事サボる時いつもあそこにいるから。届けついでに紅茶の一杯でも奢ってもらってきなよ。それがお礼。」
「ええ…。団長に奢ってくださいって強請るんですか?それお礼じゃなくて罰ゲームですよ。私あの人苦手ですし。」
「知ってるよ。」
「知ってんのかい。」
「(お、敬語がログアウトした)だからこそだよ。ちょっとは親交を深められるよう、私からのプレゼントさ。」
ナナバは爽やかな笑顔を心がけつつユーリの手の中に書簡をポン、と置く。勿論のことながら、彼女は納得のいかない表情をしていた。
「……………。私、お茶なら団長じゃなくてナナバさんと一緒に行きたいです。」
渋々、と行った体でユーリはそれを受け取る。その際にぼそりと呟かれた言葉に、ナナバは思わず頬が緩むような気持ちがしてしまった。………エルヴィンには悪いと思ったが。
「良いよ、勿論。今度とびきり美味しい紅茶とケーキを出してくれるお店に行こう。」
「約束ですよ。もうこんな罰ゲームはこれきりで勘弁してくださいね…、ほんと…。」
ユーリは軽く肩を竦めてから、一応はきちんと敬礼をして執務室を後にする。
ナナバはその後ろ姿を見送っては…「はは、可愛いこと言うよね…。」と呟き、目を細めて笑った。
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