◆相談
「おい、死んでんのか。」
「……………。ええ、死んでますね。」
「そうか。………………………。…俺は今、笑うべきだったか?」
「うーん。どっちでも良いですけど、笑ってくれたら嬉しかったですね。」
…………リヴァイの記憶にユーリが登場するのは、確かこの会話が初めてだった。
公舎の外壁の隅には、今にも崩れそうな古い尖塔が備わっている。
なんとなく窓からそれを覗き上げたリヴァイは、頂きの近いところに少し残っている足場から、何か見慣れぬものがぶら下がってるのを発見した。
……青く澄んだ秋の空に輪郭をハッキリ見せているそれは、どうやら人の脚である。何者かがあんな辺鄙な場所に腰掛けているようであった。
そして気になってそこまで昇ってみれば、いたのは彼女だった。
石段にごろりと仰向けに寝そべり、膝から下をぶらりと中空に放り投げている。声をかけてみれば、先述の会話がなされた。
よっこいしょ、と身体を起こしたユーリは、「どうも…。こんにちは、リヴァイさん。」と軽い挨拶をしてきた。一応、敬礼の形もなされる。
「俺を知っているのか。」
「知っていますよ、当たり前じゃないですか。貴方有名人ですから。」
「…………まあ。お前も有名人だよな。」
「そうですかね。」
「何しろ今年の新兵はお前一人だろ。…………天才だしな。首席の。」
「……………。それ…やめてくださいよー…。皆そう言って冷やかしてるだけなんです。さっきもそれで悪口言われてるの聞いてへこんでるんですから…………。」
ははは、と苦い笑いをしながらユーリは言った。
しばし、二人は無言で互いを眺め合う。(随分長い前髪だな…)とリヴァイは妙に繁々と彼女の金色の髪を眺めてしまった。
「はい、リヴァイさん。いりますか。」
そして唐突に、眼前に細長い瓶が差し出される。瓶の中身は彼女の髪によく似た金色の液体だった。
……しばしリヴァイが黙り込んでいると、ユーリはにっこりと笑う。
「多分林檎のワインですよ。先ほど調理場から失敬しました。口はつけていないのでご安心を。」
瓶を受け取ると、ユーリもまたその中身が注がれたガラスのコップを取り出しては「はい、乾杯です。」と勝手にリヴァイの掌中のそれに軽くぶつけてくる。
「………昼間から酒かよ。」
と呆れながら呟けば、「もう夕方ですって。この時期の日はつるべ落としですからね。もうすぐに真っ暗になりますよ。」とのんびりとした声で返された。
受け取ったは良いがそれに口を付けないリヴァイに構わず、彼女は眼前に広がるやや紫がかってきた空を眺めながら金色の安酒を飲んでいた。
時折風が吹き、彼女の髪が揺れた。……それなりに整っているらしい顔がその隙間から覗く。が、すぐに隠れてしまった。
「………噂に聞いていた感じとは違うな、お前。」
ガラスの瓶にようやく口を付けながら、リヴァイは彼女に話しかける。「そうですかね。」と相槌が打たれた。
「なんというか、もっと自分の才能を鼻にかけている感じだと聞いていた。」
「………まあ。その噂を積極的に払拭しない私にも問題ありますが、結構好き勝手言われてますねー…。」
またユーリは曖昧な表情で笑った。金色の林檎酒の味と同じように、苦さを伴った笑顔だった。
彼女が地下街出身ということは、リヴァイもよくよく知っていた。
ユーリの境遇はかつての自分と似ている。そう易々とは異質の存在を受け入れない集団に馴染むには、彼自身もそれなりに苦労と期間を要した。
(だが……俺には、俺たちには仲間がいた。)
今の彼女はたった一人だった。積極的に人と関わろうとしないその性質が更に誤解を呼び、評判は残念ながら芳しいものではない。
「それに…まあ。鼻にかけるほどの才能も無いですよ。ちょっとだけ体を動かすのが得意なだけで…装置の扱いも、単純に楽しいから好きなだけです。」
「楽しい?」
「ええ。何と言いますか。私が早く飛んで正確な斬撃が出来ると…皆がすごいって言って、喜んでくれる人がいるわけじゃないですか。あんまりそういう経験をしたことが無かったので…私にはそれがとても嬉しい。」
「…………………。」
「だから鍛錬も苦じゃなかったんですよ。全然ね………。」
ユーリはそう言いながら、手にしていたワインを煽った。
西に沈んでいく熟れた林檎のような色をした太陽が、ガラスのコップに反射して刃のように光る。
「ねえ、リヴァイさん。」
コップの縁から唇を離したユーリが、彼の名前を呼んだ。「なんだ」とリヴァイは短く応える。
「貴方、どうして調査兵団にいるんです。」
傍にあった皮膚病のようにささくれ立った石の柱に体を預けながら、彼女が質問した。リヴァイはその方をちら、と見る。
「何故それを聞く。」
「いいえ…、特に理由は。………いや、リヴァイさんがここに来るに至った大まかな経緯は知っていますが…そういうことじゃなくて、もっと………。」
そこで、ユーリは言葉を切った。相変わらず彼女は笑っていたが、どうにも隠しきれない憂いが頬に落ち込んだ影の中に漂っている。
…………リヴァイは、なんとなくユーリの今の気持ちが分かった。溜め息を吐いて、掌中の瓶の中身を飲む。安酒独特の後味の渋さが喉に沁みた。
「俺がここにいることを選択した理由をお前に話して、どうなる。」
空になっていた彼女のコップに酒を注ぎ足してやりながら、リヴァイは呟くような声をして言った。
「それは俺の理由だ。……お前にとっては何の参考にもならない。」
突き放すような物言いになってしまったが、ユーリは特に表情を変えることはなくリヴァイの言葉に耳を傾けていた。
空の色はいつの間にか深い藤色だった。針でついたような細かい星の光も、薄く現れ始めている。
「お前にだって…ここから逸脱する選択肢が勿論あるわけだ。嫌なら逃げろよ。自分で選ばないと必ず後悔する。」
ユーリはゆっくりと首を傾げて、そこから覗いた瞳でじっとリヴァイのことを見ていた。
………深い青色の瞳だった。ゆっくりとそれを瞬きさせてから、彼女は「ふーん………。」と呟いては唇に弧を描く。
「リヴァイさんって、なんか良いですね。」
リヴァイが先ほど注いでやったコップの中身を緩く波立たせながら、ユーリは言葉を続けた。
………割と突拍子のない彼女の発言に、リヴァイは思わず「は?」と返す。そしてその胸中をそのまま言葉にした。
「いいえ、突拍子もなくないですよ。私とこういう風にきちんと向き合って話をしてくれた大人は、リヴァイさんがきっと初めてです。」
良いですね、とユーリは同じ言葉を繰り返し、その意味を確かめるように一度頷いた。
「私は貴方が結構好きな気がしますよ。」
ふふ、と笑ってユーリはその目をゆっくりと細めた。……リヴァイはその様をしばし眺めるが、やがて彼女の掌中のコップをひったくるように奪った。
「ええ、何するんですか。」
ユーリは不満げな声を上げるが、リヴァイは低い声で「没収」と言う。
「もう寝ろよ、大概酔っ払いやがって。こんな高所で酒飲んで落ちたらどうするんだ。」
「まだ寝るには早い時間ですよ。それに今まで一回も落ちてないんだから大丈夫ですって。」
「今まで……?おい、お前…ここで常飲してんのか……?」
「え…なに、やだ。ちょっと怖いですって………。」
凄むようにユーリに近寄ってみせれば、その顔が笑顔を保ちつつも青くなる。
釘をさすように睨みつけてやると、「わ、ごめんなさい。もうここでお酒飲みませんから…」と早口で謝られた。
「………分かれば良い。」
降りるぞ、と声をかけ、リヴァイは昇ってきた階段の方へと向かう。その後ろへと、ユーリは素直に従った。
「ああ、そうだ。リヴァイさん。」
「………なんだよ。」
ユーリのいやに上機嫌そうな声を背中に受けながら、リヴァイは応える。
「私ユーリって言うんですよ。良ければ名前、呼んでくださいね。」
「…………………………。姓の方を教えろ。」
「ふふ、当ててみてください。」
「分かるわけねえだろ、この酔っ払い。」
「でも私、自分の名前気に入ってるんでユーリって呼んでもらえた方が嬉しいです。」
「…………………考えておく。」
愛想なくそう言えば、またユーリは「ふーん………。」と可笑しそうに相槌を打つ。
「踏み外すなよ、足……」と注意を呼びかけながら、リヴァイは一段ずつ地上へ向けて足を下ろして行った。
リクエストBOXより
リヴァイが主人公を気にかける話 から追加させて頂きました。
素敵なネタをどうもありがとうございます。
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