◇繰り返し
「へえ!そんな小さい時から同じマフラーを。」
物持ち良いねえその子、とユーリは感嘆の声をあげた。
彼女がこの地下室を訪れるようになって早一週間ほどとなる。遠慮なくベッドに腰掛けていたそれに向かい合うように、エレンは椅子に座る向きを反対方向に変えた。
背もたれに軽く顎を乗せた彼の金色の瞳は、ユーリの顔を未だ探るように眺めている。
「しかも、それ。オレが使ってたやつだから新しくもないし……
なんであんなものを、とは思う。」
「んふ、敬語はどうしたの」
「………別に良いだろ。あんたオレが入ってようやく下っ端から解放されたってことは、そんなに年も離れてねえだろうし。」
「いやあ……。」
そんなこと無いんだけどなあ…と言いかけて、ユーリは口を噤んだ。
…………諸事情により、彼女が兵士としての訓練を始めた時期は周りから幾分遅れていた。
先輩にあたるペトラやオルオは年下であるし、むしろエルドやグンタの方に年齢が近い。
(でも…折角気安くなってくれたんだし)
いっか。とユーリはエレンに気付かれないように呟く。
(それに若く見られるのも悪い気はしないよねえ。)
にやと描かれた彼女の笑顔へと、エレンは不審そうな視線を送る。
場の空気を切り替えるように、ユーリは「じゃあエレンは自分が大事にしてたマフラーをあげたんだ。えらいねえ。」としみじみとした口調で言う。
「別に……そんなんじゃ。」と彼は呟いた。
「んふ………。」
ユーリは、相槌とも含笑いともつかない声を漏らすに留まる。
「大事なマフラーをさ……大事に使ってもらえて、とっても良かったじゃないの」
「だからもう一度言うけど…そんなんじゃないって。あれはオレの母さんの手作りだったから、すぐに代わりの物を作ってもらえたし……」
ユーリは黙って向かいに座るエレンの顔を眺めた。しかし彼はユーリの方を見ていない。どこか中空を、ぼんやりと眺めている。
「オレはミカサとは違って、それは捨てちゃったけど。」
「……………なんで?」
「だって…………。」
続きを促して欲しそうだった。だからそのようにしてやった。
しかし、エレンは言葉に詰まって俯いてしまう。つくづく自分はこういうことに修行不足だなあと思いつつ、ユーリは腕に抱いていたクマのぬいぐるみを抱き直した。
辺りは静寂してしまった。堅牢な石造りの部屋の中、どこかで時が刻まれる音がする。
きっと、ユーリの胸ポケット内の懐中時計だ。チリチリと、なにかを燃やしていくような仄かな音だった。
「……………ごめんね。」
ユーリは謝った。それから、「ごめんなさい。」と言い直しては、初めてここを訪れたときと同じように腕を伸ばしてエレンの頭髪のあたりを不器用に撫でてやった。
エレンはどう反応したら良いのか分からないらしい。彼もまた不器用だった。ただじっとしたまま、「オレの方こそ………」となにかを言おうとする。
しかしそれは続かずに、再び沈黙が辺りを支配する。
(とっても悲しそう)
整った少年の顔立ちを眺めながら、ユーリはありのままの感想を心に描いた。
(どうやったら、笑顔になってくれるかな。)
けれど、その答えを見つけることはできなかった。
「そろそろ寒くなるからさあ」
場違いに間延びして抜けた声で、ユーリは言葉を漏らす。
なんのことだと訝しげな表情をするエレンに、ユーリは自分が彼のマフラーを編んでいることを身振りで思い出させてやる。
「出来上がったら、つけてみてね。」
彼女の微笑に対して、エレンは曖昧に頷くに留まった。
*
「おかえりユーリ君。またエレンのところ行ってたの?」
「そうだよ。」
「たまには私にも構ってよ。」
「行けって言ったのはペトラちゃんじゃない………」
んもーと言いながら、古城内で女性兵士に充てがわれた部屋へと戻ってきたユーリは自分のベッドの上にブロンドの毛並みのクマを放り投げる。それはくったりとしてとしながら、使い込まれた毛布の上に着地していった。
そうして彼女はおもむろに、壁に掛けられた外套へと手を伸ばす。その様を見ていたペトラは「どこか行くの?」と当然の問いを漏らした。
「そう。どこか行くのよ。」
「………もう夜よ?」
「うん。」
「どこ行くかだけはちゃんと教えないさいよ。」
「ペトラちゃんってお母さんみたい…」
「貴方の方が年上でしょ!大体貴方がちゃんとしてないから私が」
「ごめんごめん。ちょっとマフラーを作る材料買いに街に行くだけだって。」
長いことに定評があるペトラの小言が始まりそうだったので、ユーリは慌てて行き先を告げる。
「マフラーの材料?そんなの明日でも良いじゃない」
「いやあ、今日じゃないとダメなのよ……」
ダメなのよ……と繰り返しながら、灰色の外套を着込んだユーリはさっさと部屋を後にする。
「ちょっとユーリ君!」と、未だなにか言いたそうなペトラの声がその背中に投げかけられる。
ユーリは振り返ってにこりと笑った。
「じゃあ…ね。」
それだけ零して、相変わらずさっさとした足取りで彼女は立ち去ってしまった。
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