道化の唄 | ナノ

 ◇理由 1


「うおおおおぉおおおわおお!!!!」


爆睡しているところに顔面へと思いっきり拳を叩き込まれたので、ユーリは堪ったものでは無かった。

幸いそれを躱すことは出来たが、非常に焦って回避した所為で勢い余って部屋の壁に頭を強かに打ち付けてしまう。


「いっだいぃぃいいぃいいいぃ!!!!」


強打したそこを抱えて痛みのあまり床の上でのたうち回る。

そんなユーリの無様な姿を、冷ややかな暗灰色の瞳が見下ろしていた。


「…………………。よく寝れたか?」

「…………。……………お、うん…はい。リヴァイさんが私を叩き起こすまではとてもよく。」


もーぅ、なんなんスか…ほんともう……、とユーリは口の中で文句をぼやきながらノロノロと腰掛けていた椅子へと戻った。

目前の机には処理されていない書類が乱雑に散らばっていた。ユーリはそれを認めたリヴァイの視線が鋭くなるのを感じ、「うへえ、スイマセン」と辟易した声で謝罪して机上を軽く整理した。

リヴァイはその様子を見守っていたが、特に何かを切り出す様子は無い。何だかその沈黙がいたたまれなくなり、ユーリはガシガシと頭を掻きながら強面の上司の方へと声をかけた。


「リヴァイさん、来てもらったとこ悪いスけどまだ書類出来て無いですよぉ。」

「だろうな。てめえの事務処理能力のレベルは俺もよくよく知っている。」

「それはそれは…私の才能を買って頂けて嬉しいですよ。」

「冗談言ってる暇があったらてめえの字の汚さをどうにかしろ。」

「本気出せば綺麗に書けますので。お気遣いなく。」

「今本気出せよ。見ててやるから。」

「…………………。また今度ね。」


リヴァイはユーリが仕事を進めていた机を無言で思いっきり蹴り上げた。

彼女はあまりのことに「うへぇ」とまたしても辟易とした声を上げる。


「リヴァイさんはものも人も粗野に扱いすぎじゃ無いスか…んもぅ。あ、机の脚に傷入ってますよ…私知らなーい。」


ユーリは肩を竦めながら、如何にも気が抜けた様子で上司へと言葉を投げかけた。

そして「で、」と続ける。


「本当は何しにいらしたんです?八つ当たりなら他の人へお願いしますよ。例えばうちの金髪横分けクソおや………あ、なんでも無いです。」


…………件の、壁内に巨人が突如出現した事件により、調査兵はその数を大幅に減らしていた。

よって明らかに事務処理能力が低いユーリへも、こうして通常では考えられない量の書類が回ってくる訳である。

夕方頃にラカゴ村から帰還した彼女は、その疲れを癒す暇も無く机に向き合うことになってしまったのだ。


ユーリは臓腑の奥から吐き出すような溜め息をする。

本当は……全くよく眠れていなかった。身体は確実に悲鳴を上げている。しかし眠れないのだ。そして感情の動きは乏しく、空腹の感覚すらも鈍かった。


「………………飯だ。」

「……………。ん?なんスか。」


今一度書面へと視線を落としたユーリへと、リヴァイがポツリと言葉を投げかける。彼女は顔を上げずにそれに生返事をする。


「飯を食いに行く。」

「そっスか、行ってらっしゃいませ。」

「いやお前も行くんだよ。」

「奢りなら行きますよぉ。」

「………………。良いだろう、奢ってやる。」

「ん?」


ユーリはようやく顔を上げてリヴァイのことを見た。彼もまたユーリのことを見ている。

二人は暫時見つめあっていたが、やがて彼女は作業に使用していた万年筆でコツコツ、と机を叩いてニヤリと笑った。


「ははァン、さてはリヴァイさん一人でご飯食べるのが寂しいクチですね?」

「悪いか」

「え?」


そして空気はまた固まる。ユーリは自分が軽く吐き出す冗談全てを真剣に受け止められてしまうので若干戸惑っていた。


「…………どいつもこいつも辛気臭い面して部屋に閉じこもっていやがる。食堂もてんで無人だ。」

「リヴァイさん偉いんですから命令すりゃ皆付いてくると思いますけどぉ。」

「それやったらパワーハラスメントだって訴えられるだろうが。」

「いや…パワーハラスメントっていう概念お持ちなら私をぶん殴って起こすのやめましょうよ……。」


別に奢らなくて良いですよ、とぼやきながらユーリは椅子から立ち上がって上司の隣に並んだ。


「どこ行きます?」


そう言って愛想良く笑うが、何故かリヴァイはユーリの視線を避けるようにして日が落ちた窓の外を眺める。

風に煽られた木立の黒い影が、そこでザワザワと畝るように揺れていた。







「リヴァイさん、タマネギ切れましたか……ってなんでまだ皮ついたまんまなんです。せめて剥いて下さいよ、口ン中でサクサクしちゃいますから。」

「タマネギを切ると手が臭くなる。」

「…………そっスか、じゃあニンジン切って下さい。」

「お前、上司を顎で使うのか?」

「…………………………。刃物の扱いは誰よりも慣れてますよね?私リヴァイさんのお見事な包丁さばき見たいなァ。」

「良いだろう、よく見ておけ。」

(アラ意外と単純!)


リヴァイとユーリは何となく普段使用している食堂へと向かった。

そこに人影は無く、普段の賑やかさが信じられないほどに静かだった。調理師の姿も見えないのでリヴァイは外食を持ちかけるが、意外にも彼女は「なんか作りましょうよ、これだけ広い厨を贅沢に使える機会もそう無いですよ?」と応えた。


「二人だけだしお肉も使っちゃいましょうか?ミンチだったら少し失敬してもそんな怒られないでしょうし……」


調理の為に袖を捲っていたユーリの腕には予想通りに…もうリヴァイは見慣れていたが…どす黒い痕が連なる様子が伺えた。

何による傷か、彼には大体の想像がつく。傷痕の図鑑のような女だと思った。


「あぁ、」


リヴァイの視線に気が付いたのか、ユーリが思い出したような声を上げる。

それから自分の長く垂れた前髪をかきあげ、後ろでまとめていた髪へと加えて結わえ直した。


「料理するんですもん、髪がこれじゃ不潔ですよね?」


そう言って笑った彼女の顔は、その軽薄な態度やだらしない喋り方とは相反してハッキリとして意思が強そうな造りをしていた。


「……………。嫌になりますよ、日に日に父親に似てくるんですから。今まで顔だけが自分の好きなトコだったのに、最近じゃあ鏡見る度にうんざりした気持ちになります。」

ユーリは苦笑しながら竃に火を起こす。赤い炎が火の粉を散らしながら小さく舞い上がった。それに照らされて、彼女の金色の髪が白く光る。


「アラ、リヴァイさん。」

一歩踏み出してユーリはリヴァイの方へと近付き、まな板を持ち上げて細かく刻まれた人参を回収した。


「お見事です、なんて素晴らしい包丁さばき!」

実に機嫌良さそうに彼女は冗談ともおべっかとも付かないようなことを言う。つられる様にして、リヴァイも弱く笑った。

prev / next

[ top ]


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -