(途中からマルコを看病する裏話的なお話になります。)
その日は少し早く目が覚めた。
微かに日光が差し込み始めた部屋、ベッドの中で目を閉じたままぼんやりとしていると、昨日見た夢が瞼のうらに思い浮かんで来る。
朧げにしか覚えていないが....最近、同じ夢を繰り返し見るのだ。
君が優しく笑って....僕の名前を呼んで....好きだと言ってくれる。
そんな、幸せな夢を....
*
「おはようマルコ」
朝の食堂で、君はそう言いながら僕の隣に座る。
僕とジョゼはかなり仲が良い。のんびりとした気質の持ち主同士なので気が合うのだろう。
一緒にいると楽しいし....安心する。それだけでもう充分なのだけれど....。
でも僕は、もっとその先が.....
「何だかぼんやりしているね」
ジョゼが千切ったパンを口に運びながら僕の顔を覗き込む。少し心配そうな表情だ。
「....何でもないよ。ちょっと、昨日の夢を思い出していただけで....」
安心させる様に笑いかけながらそれに返す。
食堂には徐々に人が増え、賑やかな話し声が聞こえる様になってきた。
「へぇ.....夢。どんな夢を見ていたの?」
そんな中でも彼女の声はよく聞こえる。.....僕は、この優しい声がとても好きだった。
「そうだね....内容はあまり覚えていないんだけど、繰り返し何度も同じ夢を見るんだ。」
「何だかオカルトだね。同じ夢というと....いつも同じ場所にいるとか?」
ジョゼは僕の話に興味を示した様だ。食べ物を口に運ぶ手が止まってしまっている。
「そうだね....。場所もそうなんだけれど....同じ人に会うんだ。」
「ふーん。それは誰?君が知っている人?」
目の前にいる貴方です。とは流石に恥ずかしくて言えない。
「.....うーん、知っている人かな?」
とりあえず曖昧な事を言って誤摩化した。
「男の人?女の人?」
「えっと.....女。」
何だか照れくさくなってきて自分のスープに視線を落とす。
ジョゼは僕の答えを受けて少し考える仕草をした後、ゆっくりと口を開いた。
「そっか....それじゃあその女の人はマルコの事が好きなのかもね...」
「えっ」
思わぬ言葉に驚きの声が口から漏れる。
「その人を想うあまり夢にまで出て来てしまうってよくある話じゃない?
しかも繰り返し出て来るって言うのはよっぽどの強い気持ちが彼女にはあるんだよ。」
これもまた少しオカルトだけどね、と言いながら彼女はようやく食事を再開する。
「ジョゼ.....。それはきっと違うよ....」
先程より少し落とした声のトーンで僕は呟く。
「?なぜ」
ジョゼは不思議そうにこちらを見つめて来た。
「.....彼女は僕の事なんてきっと何とも思っていないよ....。」
もし君の言う様な事があるのなら....こんな苦しい思いは....
「それは....本人に直接聞いたの?」
また食事をする手が止まってしまっている。どうやら彼女はひとつの事にしか集中できないらしい。
「いや.....まだ....」
「それならまだ分からないよ。察するに君は彼女の事が好きなんでしょう?」
「.......うん。」
「大丈夫だよ。マルコみたいに優しくて素敵な人ならきっとその人も好きになってくれる。私が保証するよ。」
「..........そっか。」
「.....まぁ、何だろう...とにかく、その....元気出して、ね?」
君がそんなのだと私も調子が出ないよ...と少し恥ずかしそうにジョゼは言った。こういう所でぎこちなくなるのは、彼女の兄であるジャンと同じだ。
未だに照れているのか耳がほんのり赤いその横顔を見つめていると、胸が締め付けられる様な思いがした。
この想いを言ってしまいたい。伝わる可能性はきっとある。
....今まで何度も何度もそう思って....でもその度に今の関係を壊してしまうのが怖くなって....そして何より.....
「おうジョゼ、マルコ。おはよーさん」
欠伸をしながら食堂へ入って来たジャンが僕らの向かいに着席する。
「おはよう兄さん」
「あぁおはよう...ジャン。」
まだ眠そうな彼の挨拶に応えながら隣のジョゼをちらりと見た。
嬉しそうな顔.....。
彼女は僕といる時だって勿論嬉しそうにしてくれるけれど....ジャンといる時とは、やはり違う。
ジャンとジョゼは性格は真反対だが随分と仲が良い兄妹で、二人と一緒にいればいる程その信頼関係や、互いへの強い想いをひしひしと感じる様になって....
どうしようもなく、適わないと思えてしまうのだ....
だから僕は自分の気持ちを隠して今日も笑う。
この心地良くも、呼吸が出来なくなる程苦しい関係を維持する為に.....
「マルコ」
食事が終わり、食器を運んでいると後ろからジョゼが小声で話かけてきた。
「.....あの、悩みとかあったらいつでも言ってね。勿論、さっきの彼女の事でも良いから....」
「.....ジョゼ?」
「君、最近ずっとお腹が痛い様な顔をしているから....。」
「そんな事....無いよ。」
「うん....。勘違いだったらごめんね。
でも...私は頼りないかもしれないけれど....少しでも良いからマルコの力になりたい....と思う。」
そう言って目を伏せる彼女の耳はまたしても赤くなる。
自分が大切に思われている事を実感できて嬉しい反面...とても苦しかった。
「......ありがとう。でも、本当に大丈夫だから.....」
そう言って何でもない風に....いつもの様に笑う。心配させてはいけない。
何で....君はいつもこんなに優しい事を言ってくれるんだろう。これじゃ諦める事も出来ないじゃないか....。
僕のこの...長い長い片思いはいつまで続くのだろう。
....早く終わらせてしまいたい。だけれど、終わらせるのも凄く怖い。
でも......いつかは我慢にも限界が来る。
だって、気持ちだけは日増しに大きく膨らんでいって、君を困らせてしまうと分かっていながらも......
とにかく今は、また今夜も君の夢が見れる様、少しでも同じ気持ちでいられる様...毎晩祈る様に眠りにつくしかできないのだった.....
*
.......いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
微かに日光が差し込み始めた病室で、マルコが眠るベッドに突っ伏したままぼんやりと目を閉じていると、昨日見た夢が瞼のうらに思い浮かんで来る。
朧げにしか覚えていないが....最近、同じ夢を繰り返し見るのだ。
君が優しく笑って....私の名前を呼んで....好きだと言ってくれる....
そんな、幸せな夢を....
頭を振って体を起こす。自分の手はしっかりとマルコの掌を握りしめていた。
トロスト区防衛戦の大怪我から一週間近く.....。彼は昏々と眠り続けている。
私に想いを告げた侭....返事も聞かずに....ずっと....。
頬に生暖かいものが滑って行くのを感じて、初めて自分が泣いていたのだと気付いた。
それを肩口で拭って再びマルコの顔を見下ろす。
温かな微笑みをたたえていた瞳は閉じられ、顔色はまるで紙の様な白さだ。
サイドテーブルに置いてあったタオルを洗面器の中で絞ってその顔を軽く拭いてやる。....それから自分のものより少し固い髪の毛を櫛で梳かして.....
「......おはよう、マルコ」
毎朝続くこの儀式。返事は無い。
朝が訪れる度にマルコが未だ眠り続けている事を確認し、落胆する。
......夢にその人が出てくるのは、強い想いの表れだと言う.....。
いつか彼に私が言った言葉だ。
それが本当ならどんなに素晴らしいか....
君は、眠りながらも私の事を考えてくれているの.....?
それはとても嬉しい。嬉しい、けれども....もし....ずっと目を覚ます事がなかったら?
そう考えるとぞっとする。
私は一生マルコの夢だけを見続けて....君への想いをただ募らせていく事しかできないのだろうか....
「マルコ.....」
その名を呼ぶとまた涙が溢れて来る。
「君がいないと私は寂しいよ....」
涙がしとどに頬を濡らす。
「......好き。」
偽りの無い気持ちが唇の端から漏れて行った。
「大好き.....」
君に想いを伝えてもらったあの時、何故迷わずその胸に飛び込まなかったのだろう...。
遅過ぎた。自分の気持ちに気付くのが遅過ぎたんだ....。
「お願いだから夢から覚めてよマルコ.....」
私は瞼のうらではなくて、今....ここで君に好きと言ってもらいたい....
微かな呟きは病室の静かな空気の中へとゆっくり溶けて行った。
→