秋が深まるカフェテラスで、冷めたカフェラテを前にジョゼはひたすらぼんやりとしていた。
(.....兄さん遅いなぁ)
調査兵団に入団してから初めての休日、兄妹は揃って新生活に必要な日用品を買いに街へ来たのだが.....
ジャンの買い物が長い。長過ぎる。
ので、自分が必要なものを早々に買い終えていたジョゼと彼は一度別れ、ジャンの用事が終了した際にこのテラスで再び会う事に決めたのだ。
(......それにしてもあそこにいる人....やたらとイライラしているなぁ.....。)
やる事も無かったジョゼは、頬杖をつきながら二つ向こうのテーブルに腰掛けている険のある顔つきの男性を眺めた。
彼は時計を確認しては眉間に深い皺を寄せ、指先でトントンとテーブルを叩いている。
(.....私と同じく待ちぼうけでも食らっているのかなぁ.....)
神経質で怖そうな人だ。彼を待たせる人物というのは相当の大物だろう。
観察をぼーっとしながら続けていると、ふいにぱちりと目が合った。
(あら.....)
その鋭い眼光から目がそらせず、ジョゼもただじっと見つめ返す。
しばし二人の間には妙な緊張感が発生した。ぴくりとも動かないままお互いの出方を伺う。
やがて痺れを切らしたらしい男性ががたりと席を立ちこちらに向かって来た。
(あらら.....)
そしてジョゼが座っていた丸テーブルの隣の席に乱暴に腰を下ろす。
(あらら.....?)
「....おいてめぇ....何眼付けてんだ」
至近距離で拝む彼の端正な顔は、目付きの鋭さが更に際立っていた。自分と良い勝負かもしれない。
「.....すみません....元からこういう顔なんです....」
「あぁ?明らかに睨んでんだろうが。文句があるなら言ってみろ」
「いえ...本当にこれが素顔なんです....」
「どんだけ怖い顔してんだお前」
「はぁ、そう言う貴方も中々怖い顔してますね」
「......今何て言った」
「......何も言ってません」
どうやら最高潮に苛ついている彼と目が合ってしまった事が運の尽きだった様だ。
.....この様に顔が原因で絡まれる事は昔からよくあったが、やはり困る。
ジョゼは気付かれない様に小さく溜め息をついた。
「....何故俺を見ていた。何か付いてるなら今すぐ言え。」
「何も付いていませんが....。すみません...ちょっとぼんやりしていただけなんです。」
「.....あぁ?あれがぼんやりっていう顔か?2、3人殺してそうな目しやがって」
「 ひどい.....。」
「.......まぁ顔はそれという事で納得した。話してみると存外間抜けなみてえだし」
「.....初対面の人に何故ここまで罵倒されなくてはならないのでしょう....」
「それにしても....随分長い時間ここにいるな。俺より前からいるんじゃねえのか」
「.....はぁ、兄を待っているんです。貴方も長いこといらっしゃいますが....どうしたんですか?」
「........あんのクソメガネでれだけ待たせれば気が「あ、なんとなく分かりました。」
彼を取り巻く空気が一気に険悪なものと化したのでジョゼは急いで会話を切り上げる。
「どなたか待たれているのでしたら....ご一緒しませんか?」
そしてすっかり冷めたカフェオレを飲み干すと、彼に誘いを持ちかけた。
何故だろう、似たタイプの顔だからだろうか....。妙な親近感を感じるのだ。
もう少し話をしてみたいと、自然に言葉が出てきてしまった。
彼は少し考え込んだ後、近くを通り縋ったウェイターを呼び止めて紅茶とカフェオレをひとつずつ頼む。
「......良いだろう。俺も退屈していたところだ。」
そう言いながら椅子に座り直す男性を見て、ジョゼはほっと息を吐いた。
二人の間にはらりと色付いた葉が落ちて来る。
男性はそれを邪魔そうに摘まみ上げるとぽいと地面に落とした。
ジョゼはそれを見ながら、「秋ですね....。」とのんびり呟く。
「......相当な時間待たされている癖によくそんな呑気でいられるな」
彼は運ばれて来た紅茶を自分へ、カフェラテをジョゼに薦めながら呆れた様に言った。
「あ、ありがとうございます。....そうですね...いつもの事なので。」
それを受け取りながらジョゼは答える。
「......器がでかいのかただのアホなのか.....後者だな。」
「ひどいですね....。職業柄忙しい事が多いので、こうやって何もせずにぼーっと待つ時間も結構楽しく感じるだけですよ。」
「俺もそこそこ多忙な職業だが....お前の気持ちはよく分からんな」
「それは残念です」
「....何の仕事をしてるんだ」
「兵士です。新米の新米ですが。」
ジョゼの言葉に彼のカップを持つ手がぴたりと止まった。
そして彼女の顔をまじまじと見つめる。
「.....お前、兵士だったのか....」
「はい。......何か?」
「....俺も兵士だ。」
「へぇ.....。偶然ですね」
「お前みたいな間抜けそうな奴がよくなれたな...」
「つくづくひどいですねぇ....。お兄さんはどちらに所属ですか?」
「......さぁな」
「.....うーん。なんだか雰囲気に緊張感があって精鋭って感じがします....。.....憲兵団の方ですか?」
「お前の目は節穴か」
「褒めたのにひどい言われようですね.....」
「俺は調査兵団だ。」
彼の答えに今度はジョゼの動きが止まる。
「.....私もです。」
その言葉に男性の方も再び固まった。
「驚いたな....。」
「すごい、嬉しいです。こんな所で調査兵団の方とお会いできるなんて」
「....本当に新米の新米なんだな。道理で見た事も無い顔の筈だ。」
お互いのカップが空になっていたのを確認すると、彼は再びウェイターを呼び止め、今度はカフェオレを二つ頼んだ。二人の待ち人はまだまだ来ない様である。
「......もう兵団には慣れたか」
そして足を組み直しながら言う。段々と分かって来たが、顔は怖いが中々面倒見の良いタイプの様だ。
「えぇ。優しい人ばかりで....。まだまだ覚える事は沢山ありますが」
「そうか....。慣れない内は色々と苦労すると思うが、それも経験だ。」
「ありがとうございます。.....あの、失礼ですがお名前をお伺いしてもよろしいですか?」
ウェイターの手で三度運ばれて来たカフェオレを受け取りながらジョゼが尋ねる。
会ってから少ししか経っていないが、純粋に彼の人格を好きだと感じたのだ。これからも仲良く出来たら嬉しい。
男性もまたカフェオレを受け取りながら、短く「リヴァイ」と答える。
「......貴方があのリヴァイ兵長でしたか。」
ジョゼは少し驚いた様だ。カップを持つ手が中空で止まっている。
「お前はなんて名だ。」
「ジョゼっていいます。ジョゼ・キルシュタイン。兄も調査兵団で、そっちはジャンです。」
「そうか....。忘れるまでは覚えておく。」
「はぁ、どうも....。」
「....新入りにしちゃ落ち着いてるな。壁外調査まであと二週間も無いっていうのに」
「落ち着いてませんよ。でもそれ以上に兄が落ち着いていないので、なんだかしっかりしなくちゃ、という気持ちになるんです。」
「.....頼りねえな、そいつ」
「そんな事ないですよ。とても頼りになる、私の自慢の兄さんです。」
ジョゼの口角が少しだけ上がって、淡い微笑みが形作られた。
ジャンの事を想う時、彼女はいつも幸せそうな表情になる。
どれだけ目の前の人物が兄を慕っているのか、リヴァイにもよく分かった。
「.......羨ましいな」
ぽつりと彼の口から言葉が零れる。
「はい?」
「いや、なんでもねぇ。......兄貴を大事にしろよ。」
「えぇ。勿論です。」
また二人の間にオレンジ色の染まった葉っぱが落ちて来る。
リヴァイはそれを再び摘まみ上げるが、今度は地面に落とさずテーブルの端にそっと置いた。
「.......噂ではなく本物のリヴァイさんとお会いして、随分印象が変わりましたよ」
ジョゼが穏やかな表情で白いカップを両手で包み込んだ。
「何だ。幻滅でもしたか」
「違いますよ。友人からとても怖い方だと聞いていたので.....こんな優しい方だとは、びっくりです。」
「.......そうか。」
「えぇ。多くの人に慕われている理由が分かります。」
「............。」
しばらくの沈黙の後、リヴァイはがたりと席を立った。
「連れがようやく来た。会計は済ませておくからお前はもう少しゆっくりしてろ」
「......え、でも、」
「いいから奢らせろ。.....借りは兵団での働きで返してくれれば良い。」
そう言いながら彼はくしゃりとジョゼの髪を軽く掻き混ぜる。
「......あの、」
「じゃあな、ジョゼ。.....それなりの暇つぶしにはなったぞ」
短く別れを告げると、リヴァイは振り返らずに遠ざかって行ってしまった。
ジョゼはその後ろ姿に「ありがとうございました」と感謝の言葉を贈る。
彼は片手を上げてそれに答えてくれた。
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