「おいおいおいおいおいベルトルト、お前が肩に担いでるもんは何だ」
「........ん?君、妹の顔も忘れたの?」
「違えよ!オレが聞いてるのは!何で!お前が!ジョゼを男子寮に連れて来たのかって事だよ!!」
「大きい声出すのやめなよ。ジョゼが起きちゃう」
「いや、起こせよ!!」
就寝時間が迫る男子寮に、ベルトルトがとんでもないものを持って帰って来た。
.......そう、ジョゼだ。
米俵状に担がれているのにも関わらず、彼女は死んだ様に眠っている。
だらりと下に垂れた手を持ち上げて離すがなんの反応も無い。腕は元の位置でぶらぶらと揺れている。
.....駄目だ。こいつは一度こうなると梃でも起きないんだった.....。
「この子食堂で爆睡しててさ。そのまま放っておくわけにはいかないだろ?」
「だからと言ってこれは....。周りに任せられる女子とかいなかったのか?」
マルコも会話に参加してきた。
「うん。僕は女子寮に入れないしね。大丈夫だよ。体の凹凸そこまでないからここにいたってバレないって。」
「.....そういう問題じゃないだろう...。」
頭を抱えながらマルコが言う。
「そうだぞ。それにそいつは意外と胸が....」
ジャンの言葉に、ベルトルトは興味深そうにジョゼの事を眺めた。
「.....それ本当?凄い気になる。揉んで良い?」
「駄目に決まってんだろ!!殺すぞ!!!」
今までに無い剣幕でジャンが怒鳴った。
周りの人間も薄々異常事態には気付いているのだが、関わりたくない所為か無視を決め込んでいる。
「うわ、怖い。心が狭いね」
ベルトルトはそれを意に介さずジョゼを自分のベッドに下ろした。
「お前....何で当たり前の様にジョゼと同衾しようとしているんだ」
真っ青な顔でマルコが尋ねる。
「.....ん?床に寝かしたら可哀想だろう?」
ベッドに片足を突っ込んだ状態でベルトルトが振り返った。
「いや....だがな、しかし....」
「落ち着きなよマルコ。いくら僕でもいきなりジョゼの貞操を奪う様な真似は「何物騒な事言ってるんだこのデカブツ!!!」
ジャンがベルトルトのベッドからずるりとジョゼを引っ張り出す。
.....これだけ騒いでもまだ彼女が起きる気配は無い。
「第一な、お前とこいつを一緒に寝かすって...悪い予感しかしねえんだよ。」
「それは気の所為だよ。僕はジョゼの事、いつも可愛がってるだろう?」
「その可愛がり方に問題があるんだよ....。ここは普通に俺と寝るべきだろう。何せ兄妹だしな」
兄妹の一言を強調する様にジャンが言う。
しかし自分のベッドへジョゼと共に向かおうとした彼の襟首をベルトルトがひょいと掴んだため、足が前に進まなくなった。
「ずるいよジャン。君はいつもジョゼに懐かれて良い思いしてるんだから偶には僕に譲るべきだ。」
「.....離せよ」
「ジョゼをこっちにくれるなら」
「やらねえよ」
「頼むよお兄ちゃん」
「気持ち悪いからその呼び方はやめろ」
「それにさ、そう言うジャンだってジョゼに何かしそうじゃないか。胸の大きさも知ってるし....」
「はぁ!?何言ってるんだよ」
「.....そうだよ。ただでさえ君たち兄妹は異常な位仲が良いんだから...
ジョゼの鈍感さなら何かされても気付かないだろうしね」
様子を静観していたマルコが口を開いた。
「ここは公平に....僕がジョゼを引き取るよ」
「何処が公平だこのムッツリ野郎!!」
ジャンがベルトルトの手を振り払ってマルコの額をびたんと叩く。
「へ.....?」
マルコは何故自分が叩かれたか分かっていない様だ。
「俺に言わせりゃお前が一番危険なんだよ!」
「僕もそう思う。マルコってさぁ....無害そうな顔している癖にジョゼを見る目付きが物凄く嫌らしいんだよね....
頭の中で何考えてるの?言ってみなよ」
「なっ.....お前達と一緒にするなよ!僕は健全に彼女の事を想っているだけで....」
そこまで言ってマルコはしまったと口を噤んだ。
ベルトルトは「....ほら、やっぱり」と小さく呟き、冷めた目で彼を見下ろす。
二人の間に何とも言えない空気が流れ始めた時、「あれ?何でジョゼがここにいるんだ?」と明るい声がその場に響いた。
入浴を終えたエレンとアルミンが部屋へ帰って来たのだ。
エレンは濡れた髪をタオルでがしがし拭きながらジャンの小脇に抱えられたジョゼへと近付く。アルミンも彼に続いた。
「寝てんのか。で、何でこいつがここにいるんだ?」
そして再び同じ問いかけをする。
「......ベルトルトが連れて来ちゃったんだよ....」
マルコはベルトルトを見上げていた視線をジョゼの方へと下ろし、溜め息を吐いた。
「だって食堂で朝まで寝かす訳にも行かないだろ。僕は親切心からやったんだ。褒めてもらいたい位だよ。」
「......大体の事の成り行きは分かったよ。
でも....連れて来たのは良いとして、彼女をどこに寝かすつもりだったんだい?」
察しの良いアルミンがベルトルトに尋ねる。
「....ん?普通に一緒に寝るつもりだったけど....」
「だから許さねぇっつってんだろ」
「お兄ちゃんは頑固だなぁ。何でそこまで拒否するんだよ。」
「ジャンが拒否するのは当たり前じゃないか。何か間違いが起こってからじゃ遅いんだ」
三人の議論は平行線のまま続いて行く。
「.......ならオレとジョゼが一緒に寝ればいいじゃねえか」
「「「は??????」」」
エレンが放った一言に三人は固まった。
「ん?何か問題あるのかよ。これでいがみ合いは解決するだろう?」
彼等の反応に疑問符を浮かべつつ、ほらジョゼ寝るぞ、と言ってエレンはジャンの腕の中の彼女を抱き寄せようとする。
思わぬ人間の参戦に三人の脳内は混乱を極めた。
「.......おいジャン。手を離せよ。」
エレンは呆れた様にジョゼを抱えるジャンを見つめる。唖然としながらもジャンは決して腕の力を緩めなかった。
「お前なぁ.....。自分が何しようとしてるか分かってんのか」
ゆっくりとジャンが口を開く。
「..........?おう。」
「いや、確実に分かってねーだろ!!何だ今の間は!!」
「うるせえなぁ。寝る直前なのに元気な奴....」
「お前は何仕出かすか分からない時があるから怖いんだよ!」
「うん....何と言うか君は....本能の赴くままに過ちを犯しそうだよね...」
ベルトルトは相変わらず冷めた目付きをしている。
「何だよそれ....?オレはジョゼが好きだから一緒に寝たいと思ってるだけだぞ?」
「......エレン。今の発言からやっぱり君はジョゼと一緒に寝てはいけないと判断する。彼女は僕が引き取る。」
マルコが静かに、けれどしっかりとした声色でエレンに言った。そしてジョゼの方へと歩を進めようとする。
それを無言で阻止するベルトルト。エレンと睨み合ったままのジャン。
それぞれ全く譲ろうとせず、場は膠着状態となった。
「なぁアルミン.....お前はどうするべきだと思う?」
そして何故かジャンに白羽の矢を立てられたアルミン。
その白い顔からサァッと血の気が引く。
「ぼ.....僕は....」
思わず口ごもってしまった。
「ジョゼの事をここまで連れて来たのは僕だよ。最後まで面倒を見る責任が僕にはあると思わないか、アルミン。」
もっともらしい事を言いながらベルトルトが近寄って来る。近くで見るとやはりその身長は迫力があった。
「ねぇアルミン、僕が彼女に何か変な事すると思う?他の連中と比べてごらんよ。僕が一番まともだろう?」
......ここまで切羽詰まったマルコは初めて見たかもしれない。まぁ、いつもの恋心だだ漏れの様子を思えば当然か....
「.......こいつの兄貴はオレだ。分かってるだろ、アルミン。」
ジャンはこの一点張りである。
「お前は家に居た時しょっちゅう一緒に寝たんだろう?一回くらいオレに譲ってくれても良いよな、アルミン。」
譲らないジャンにエレンは少しイライラしてきた様だ。語気が強まって来ている。
この四人から判決を託されたアルミンはもうどうしたら良いか分からなかった。
何を言っても誰かの恨みは必ず買ってしまいそうな状況である。
しかし....やはりここは常識的に考えて.....
「.....僕は、兄妹のジャンと一緒に寝るべきだと思う....」
「よく言ったぞアルミン!!」
その言葉を聞いた瞬間、ジャンはアルミンの頭をがしがしと撫で回した。
彼は苦笑いを浮かべながらそれを甘受している。
「という訳でオレが責任持ってジョゼの面倒を見るからな。ほらとっとと解散しろ。もうすぐ消灯時間だぞ」
意気揚々とジョゼの事を抱え直しながら自分のベッドへと向かうジャン。
これだけ周りが騒がしくても全く起きる気配を見せない彼女はある意味凄い。将来大物になりそうだ。
他の三人は非常に不満げではあったが、ライナーに「灯りを消すから全員寝床へ入れ」と声をかけられて渋々と自分のベッドへと戻って行く。
ジャンがようやく自分の妹と隣り合ってベッドに横になると、ジョゼは人の温もりをもとめて彼の体にそっと抱きついて来た。
......一緒に寝ると必ず抱きついて来る。
彼女のこの習性を知っているからこそ、ジャンは他の人間と寝かせたくなかったのだ。
安心した様に自分に寄り添う彼女の柔らかい髪を撫でながら、ジャンは先程まで言い争っていた連中にこの上なく良い笑顔をざまぁ見ろと言わんばかりに向けてやった。
その光景を見たマルコとベルトルトは二言三言言ってやらないと気が済まないとばかりに寝床から起き上がるが、それと同時に部屋の灯りが消えて真っ暗になってしまった。
マルコは仕方無く毛布を被り直しながらせめて夢でジョゼに出会える様に願い、ベルトルトは近い内に再び彼女を拉致してこようと画策するのだった.......
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