「おおぉう.....」
エレンが巨大な水槽を前に変な声を出した。
「.....マンボウってすげー不気味なんだな....」
「まぁ、イラストとかに描かれている奴とは随分違うよね....」
隣にいたアルミンがそれに応える。
「....何か....魚の生首が泳いでるみてぇ....」
「やめてよ....そうとしか見えなくなった....」
「エレン、水槽から離れて。近付き過ぎると危険。襲われるわ。」
「........マンボウにそんな根性は無いと思うなぁ....主食プランクトンだし」
「......ウツボってキメェ顔してんだな。」
また別の水槽の前ではジャンがマルコに話しかけていた。
「あぁ。ジャンに似てるよ」
「......何か言ったか」
「ううん、何も。」
現在エレン、ミカサ、アルミン、そしてマルコ、ジャン、ジョゼは水族館に遊びに来ている。
普段見る事の無い様々な魚を前に皆年相応にはしゃぎ、楽しんでいた。
「ジョゼ。もう少し進むとクラゲのトンネルがあるって。」
周りの水槽を呆然と見上げていたジョゼにマルコが声をかける。
「......トンネル?」
「そう。天井が全部水槽なんだ。本当に海の中にいるみたいだと思うよ。」
「.....そうなんだ。マルコは詳しいんだね。」
「.....う、うん。」
実を言うとこの水族館、彼はジョゼと二人きりで来るつもりであった。色々と下調べもした。
.....が、それをジャンに見つかり、更にエレン達にも見つかり.....ジャンとミカサが二人でデート等させてくれる筈もなく......今日、皆でここを訪れる事になったのである。
(本当なら今頃二人きりなのに....)
マルコは溜め息を吐いた。
(でも.....)
自分の背丈よりも大きい水槽をしげしげと眺めるジョゼが楽しんでいる様なので、まぁいいか、という気持ちになってくる。
「それにしても凄いよな。こいつら本当に同じ地球上の生き物なのか?」
色鮮やかなチョウチョウウオ達が珊瑚の間でのんびりと泳ぐのを見つめながらエレンが言った。
「......そう思うのも無理はないかも。綺麗な魚だよね。」
アルミンは魚の解説を熱心に眺めている。彼の知識欲はこんなところでも健在の様だ。
「ほんと、オレ達が以前住んでた世界って狭かったよな....。魚なんて名前しか知らなかったし...」
「......海の存在もアルミンの話でしか聞いた事が無かったものね....。」
ミカサも会話に参加してきた。
「今年の夏は海行こうぜ。海。」
隣のピラルクの水槽を見つめながらジャンが口を挟む。
「そうだな。ようやく試験も終わったし...」
エレンがほっとした表情で水槽を軽く撫でた。それに反応する様にチョウチョウウオが集まってくる。青い水の中でその黄色は際立って美しく見えた。
「お前成績散々だったじゃねえか。追試は大丈夫なのか?」
ポン、と彼の肩をジャンが気分良く叩く。エレンはそれを嫌そうに払いのけた。
「でもいいね、海。8月になると物凄く込むから近い内に行こうよ」
マルコが穏やかに笑ってジャンの意見に同調する。
「......お前は誘ってやんねー」
しかし当の本人が意地悪い返答をしてきた。
「.....?何でだよ」
「今回ジョゼと二人っきりで遊びに行こうなんて企んだ罰だ。どうせうちの妹の水着目当てなんだろこのムッツリ」
「.....別に良いじゃないか。僕とジョゼは付き合ってるんだよ?」
「......まだオレはそれを認めてねえ」
「....お前の許可が必要なのか」
「必要大アリだね。オレはあいつの兄貴だぞ」
「ジャンってちょっとシスコン過ぎるよ。頭おかしい。」
「何とでも言え。」
ジャンはそう言い捨てると次の水槽へさっさと歩いて行ってしまった。
マルコは再び溜め息を吐いた後、それに続こうとする。
しかしジョゼがまだチョウチョウウオの水槽をぼんやりと眺めているので、不思議に思ってその歩みを止めた。
「......ジョゼ?」
声をかけるとはっとした様に彼女がこちらを向く。
「ごめん、あんまり綺麗だからぼーっとしちゃって....」
薄暗い室内の中で青い光に照らし出された顔は普段と違う人物の様だ。しかし、声色はいつも通りで少し安心する。
「気持ちは分かるけれど、迷子になると厄介だよ。おいで。」
そう言ってジョゼの手を握って歩き出した。彼女もまた照れながらも嬉しそうに握り返してくれる。
......二人きりで来れなかったのは残念だけれど....今回はこれで、まぁいいか...。
焦らなくても時間は沢山あるんだ....
*
「......ジョゼがいない.....!」
クラゲのトンネルの中でミカサが突如声を上げた。
「え....?さっきの水槽ではお前の隣にいただろ?」
エレンの表情は水槽を照らすライトの色か、それとも焦りからか青くなっている。
「うん....。隣にいた...。でも気付いたらどこにも....」
「落ち着けよ。ちょっと待ってたら来るだろ。」
しかし兄であるジャンは割と呑気だ。
「そうだね....。あまり動かない方が良いよ。」
アルミンもその意見に同意する。真っ青なトンネルの中で、彼の髪の毛はまるで金糸の様に光っていた。
「......じゃあ僕が探して来るよ。皆はここか出口で待っていてくれ。」
そう言うマルコの背後を彼の頭程もある大きなクラゲが音も無くふわふわと漂う。
「おい、お前....」
「大丈夫。まかせて。」
言うが早いか彼は元来た道へと走り去ってしまった。クラゲはその後を追う様に不安定な動きで水中を滑って行く。
「......行っちゃったね。」
アルミンがぽつりと零した。
「まぁ、マルコにまかせときゃ安心だろ。」
「何言ってるのエレン.....。あの男だから心配なんじゃない....!」
「.......?そうなのか」
「....あいつもここでどうこうって事はしないだろう。オレ達はのんびり待っていようぜ」
ジャンは手すりにもたれ掛かって天井の水槽を仰ぎ見た。
「.......しっかし本当に水の中にいる気分だ....。沈んじまったみてぇ.....。」
紫色の小さなクラゲが3匹、気持ち良さそうに頭上を通り過ぎていく。
ジャンはどうもこのクラゲという生き物が好きにはなれなかった。
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