(トロスト区防衛戦直後)
夢を見た。
温かい水の中、白い光に包まれて.....体が泡の様に無くなってしまう......
とても気持ち良くて、その流れに身を任せる。
でも、自分が全部消えてしまう寸前....物凄い後悔が押し寄せた。
嫌だ、消えたく無い。
僕はまだ.....
僕は.....
*
目が覚めた時、辺りは白に包まれていた。だからまだ夢の続きなんじゃないかと思った。
でも.....右半身に激しい痛みが走り、これは現実なんだと思い知らされる。
だんだんと視界がはっきりとしてきて、白いもの達の輪郭が見えてきた。
天井の梁....窓、その桟....開かれている....カーテン、ひらりと揺れて....人、白い服....こちらを見つめている.....服から察するに看護士....?では....僕は?僕は何故ここに.....?
「.........。」
彼女は血まみれの包帯で一杯になった洗面器を持ちながらしばらく黙り込んだ。
あの血....誰の血だろう。......僕の.....僕の血なのか.....?
「.....目を覚まされましたね。少し、お待ち下さい....」
しばらく見つめ合った後、一言そう言ってカーテンの向こうへと消えて行ってしまう。
何かを話す声が聞こえる。
がたがたと椅子から勢い良く立ち上がる音が.....
誰かがこちらに駆けて来る....足音から、一人、二人.....?
「マルコ!!」
カーテンが勢い良く開かれ、よく見知った一組の男女が.....僕の、大好きな二人が....
「.....お前.....本当に...本当に良かっ.....」
ジャンはふらふらと僕が寝かされているベットまで近付き、そのまま体の上に崩れ込んで来た。
褐色に近いグレーの髪が胸の上でそよりと風に揺れる。
「....ジャン」
その名前を小さく呼ぶ。僕の為に泣いてくれている、掛け替えの無い親友の名を....
感情を絞り出す様な彼に対して、その妹は根が生えた様にカーテンの傍に立ち尽くしている。
......何故近くに来てくれないのだろう。その肌に触れたい。.....お願いもっとこっちへ....
「ジョゼ.....」
名前を呼んで左手を伸ばす。.....右手は動かなかった。傷は深そうなのに、何故か痛みは無い。
僕とジョゼはひたと見つめ合った。しばらくして、彼女はゆるゆると首を横に振る。
眉根が寄せられ、その瞳から涙がはたりと溢れ出した。
ジョゼはそのままカーテンを握りしめて静かに泣き続ける。
しかし徐々に立っていられなくなったらしく、ずるずるとその場に座り込んでしまった。
「......こっちへ、来て.....」
お願い、と更に左手を伸ばせば、彼女は地面を這う様にしながらやっとの思いでベットまで辿り着く。
そしてその左手を握りしめ、頬に寄せて苦しそうに涙を流す。
ジャンがそんなジョゼを後ろから抱き締め、更に彼女の掌の上から僕の左手を握りしめる。
二人分の温もりが体にどんどん流れ込んで来て初めて.....あぁ、僕は生きているんだ、と実感できた。
*
「.....ほんとお前....この二日間、生きた気がしなかったぞ....」
トロスト区防衛戦での負傷から二日間、僕は昏々と眠り続けていたらしい。
ジャンとジョゼは交代で眠りながらずっと傍にいてくれた様だ....。
本当に僕は良い親友を持ったと思う。.....自分には勿体ないくらい....
先程と比べて随分と落ち着いたジャンに対してジョゼはまだ兄の体にくっついて泣いている。
悲しませて悪かったと思うと同時に、自分の為に好きな人がここまで涙を流してくれる事がすごく嬉しかった。
手を伸ばしてよしよしと頭を撫でれば彼女は更に新しい涙を目に溜める。
ジャンはその肩を抱き寄せながらやれやれという風に妹を見つめていた。
「でよ、.....その、体は...大丈夫なのか?」
彼が少し遠慮がちに聞いて来る。言ってしまった後に、.....大丈夫な訳無いよな.....と申し訳無さそうに呟いた。
「......うん。すごく痛くて.....息をするのも苦しい。」
「......そっか。でも....本当に無事で良かった....。」
「......そうだね。こんなに痛くて苦しいのに.....君たち二人の顔を見たら、やっぱり生きていて良かったって、心から、そう.....」
涙が一筋頬を伝う。その後堰を切った様に溢れて来た。
......やっぱり僕は消えたくない。死んでしまえば全てが終わってしまう。
僕は生きているんだ.....。辛くても、またここから始めることができる....
そんな僕を見て、ジョゼは泣き続け、ジャンも引っ込んだ筈の涙を再び流し始めた。
しばらく三人は無言で、自分の感情を止め処無く溢れさせていた.....。
*
「.....じゃあオレ等はひとまず帰るけど、また来るからな」
ジャンがまだ泣いているジョゼを立たせながら言う。
彼女は涙を拭いながら僕の方を見つめて、ようやく淡い微笑みを浮かべた。
そうしてそっと僕の体に覆いかぶさり、まだ包帯の取れていない右頬に優しく唇を落とす。
「またね....」
そっと耳元で囁き、ジョゼは体を起こした。
随分と軽くなった足取りで、彼女はジャンの手を取ってカーテンの方へと向かう。
最後にふたつの似た顔がもう一度僕の方へ向き直り、別れの挨拶をしてくれた。
彼等がいなくなってから...少し冷静になってみると、色々と恥ずかしさがこみ上げて来る。
......女の子の様に泣いてしまった.....。いや、それ以上にジョゼは、何を.....
そういえば僕は彼女に想いを伝えたんだ。
それは果たして届いたのだろうか。
その上での一連の行動ならば.....
期待しても良いのか.....?
「はぁ......」
色んな事が一気に起こり過ぎてよく分からない.....。
それでも、大好きな二人が....僕を想って流してくれた涙がどれだけ大切なものかだけは理解できる。
ありがとう......
本当に....ありがとう。
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