「ジョゼ、さっきから全然食べてない。食べなくては駄目。」
「......うん、分かってるよミカサ。でも何だか食欲ないんだ....」
「......風邪かな。」
アルミンが心配そうにジョゼの顔を覗き込んだ。
「でも熱は無いんだよ....」
ジョゼがそれに答える。
「お前ここ最近ずっとじゃねえか。いい加減医者に行った方がいいぞ」
「大丈夫だよ兄さん...。今休むと色々と面倒だし....きっとすぐ治る」
「ジョゼは変なところで頑固だからなぁ。無理はよくないぞ...。顔が真っ青じゃねえか。ほら、医務室行こうぜ。」
エレンがジョゼを立たせようと手を差し伸べた瞬間、彼女はがたりと口を押さえて席を立つ。
そして苦しそうな顔で周囲をきょろきょろと見回した後、口元を押さえたまま食堂から走り去ってしまった。
ただ事ではない様子にその場に居た人間は顔を見合わせた。
「ジョゼ、顔が真っ青だった...!死んじゃったらどうしよう....!!」
「大丈夫だろ...。早く食わねえと冷めるぞ。ミカサ。」
「......ねぇ。ジャン。僕....ちょっと気になる事があるんだけれど...。」
「奇遇だなアルミン....。オレもだ。........いや、でも....しかしだな.....」
「....ん?何だよ、お前等。教えろよ」
「....とりあえずジョゼを医者に連れて行こう。話はそれからだ。」
アルミンがジョゼに続いてがたりと席を立った。
「....何の話をしているの。教えなさい。」
「ミカサ.....君に教えると色々と面倒な事になるから....事実が確定するまで待ってね。
とりあえずこの中で一番まともな思考回路を持つ僕がジョゼに付き添うよ。ちょっと行って来る。」
「....待てアルミン。まだ決まった訳じゃねえ。本当にただの風邪かもしれねえぞ!」
ジャンが走り去る彼に向かって叫ぶが、その声はもはや届いていなかった。
*
物凄い音を立てて憲兵団の執務室の扉が開かれた。
中で作業をしていた憲兵達の視線が一斉に突然の来訪者へと注がれる。
扉を蹴破ったミカサはマルコがいる机までやってくるとそれをドスンと拳で叩いた。
当然マルコは何が起こっているのかさっぱり分からず、怒り心頭の眼前の兵士を青くなりながら見つめる事しかできなかった。
「.......マルコ」
「はい.....。」
「貴方....。ジョゼに何をしたか分かってるの....?」
「はい......?」
再び拳が机に振り下ろされる。そこに積まれていた書類がばらばらと床に散らばった。
「.....貴方がいやらしい事するから今ジョゼが苦しんでっ「待ってミカサ!!ストップ!ストップ!!」
アルミンがミカサを追いかけて執務室に駆け込んで来た。
彼の足でミカサについて来るのは随分ときつかったらしい。息が上がり、頬は薄くピンクに色付いている。
「アルミン。ミカサは一体どうしたんだ。ジョゼがどうとか言っていたが....」
マルコはまともな会話が成り立つ存在が来てくれた事にほっと胸を撫で下ろした。
「ううん。なんでもないんだ。....いや、なんでもあるけれど....。
とにかく、今日はなるべく早く仕事を終わらして家に帰ってあげて。ジョゼは早退したから。」
「早退...?あいつ、どこか具合が悪いのか?」
「まぁまぁ。そこら辺は彼女の口から直接聞いて。
ほら、ミカサ帰るよ。憲兵団の皆さんに迷惑かけてごめんなさいしなさい。」
「だってアルミン....!」
「ジョゼとマルコは結婚してるんだよ?何もおかしい事じゃない。ほら、頭下げて。」
アルミンに言われて渋々と謝るミカサ。しかしその目はじっとりとマルコを睨んだままである。
相変わらず状況がさっぱり分からない彼はただただその視線に恐怖を感じるしかなかった。
*
「おかえりなさいマルコ」
言われた通りに仕事を早めに切り上げて帰ると、ジョゼがいつもと変わらない様子でそれを迎えてくれた。
(..........?)
昼間のミカサとアルミンの様子から、何やら大変な事になっていると思っていたのだが....本人は至ってけろりとしている。
「今日は早かったんだね」
彼女はマルコの鞄を受け取りながら言った。
「あ、あぁ。」
「私も早く帰って来たから今晩のご飯は少し凝ったものを作ったよ」
「そうか。それは楽しみだな」
「昼間にミカサがそっちに何故か息巻いて行ったらしいけど....大丈夫だった?」
「まぁ、大丈夫かな...?」
「あとね、子供ができたよ」
「へぇ、そう....え?」
「だから、子供ができたんだってば」
その言葉にジョゼの顔をまじまじ見つめるが、相変わらずいつもと変わりはない。
世間話をする様に知らされた重大ニュースに対して、どう反応すれば良いのかよく分からない。
「子供というのは....僕と、君の、子供....?」
「それ以外に何があるの」
「えーっと、それじゃあ君のここには....」
彼女の腹部を恐る恐る触る。当たり前だがまだ平らだ。
「うん。いるよ。」
穏やかに笑いながらジョゼは答えた。その表情は早くもどこか母性を感じさせるものがある。
何だか一気に力が抜けてその場にへなへなと座り込んでしまった。
ジョゼもまたそれに合わせて身を屈めながら「大丈夫?」と聞いてくる。
「...大丈夫じゃないよ」
顔を手で覆いながら呟く。これでミカサとアルミンの行動も納得がいった。
しかし当の本人は何故ここまで落ち着いているんだ....!
「......嬉しくないの?」
ジョゼが少し心配そうに尋ねて来る。嬉しいに決まっている。
ずっと欲しかったんだ。僕と、君の...二人が愛し合った証が。僕の、生きた証が....。
「ジョゼ....」
自分の顔を覗き込んでいた彼女の体をそっと抱く。
....そうか、この体はもう一人だけのものじゃないんだ....
「ジョゼ.....君は、僕の子供を産んでくれるの....?」
震える声で尋ねる。今更ながら喜びが体の隅々まで行き渡っていくのが分かった。
「当たり前だよ。結婚してからずっと欲しかったもの...」
「僕は、幸せだな....。君と愛し合う事ができて、更に子供まで....」
「私だって幸せだよ。女に産まれて、君と出会えて、本当に良かった....」
「ジョゼがお母さんか.....。月日が流れるのは早いな....」
「そうだね。お父さん。.....願わくば顔はマルコに似て欲しいな。私と似て苦労させるのは可哀想だから...」
「そんな事ないよ。ジョゼに似たらきっと綺麗な子になる」
「そう言ってくれるのはマルコみたいな変わり者だけだよ」
顔を見合わせて笑った後、軽くキスをした。
彼女を抱き締めたまま立ち上がり、しばらくそのままで過ごしていると、ふとテーブルの上に置かれた白い厚紙の箱が目に入る。
随分とでこぼこな箱だな、と思って眺めていると、ジョゼが「兄さんが泣きながらくれたんだよ」と笑った。
外装から中身はケーキだろう。不器用なジャンの優しさに思わず頬が緩む。
「他にも沢山の人がお祝いしてくれたよ。ミカサは最後まで目を合わせてくれなかったけれど....」
マルコはミカサのじとりとした目を思い出して苦笑した。
「僕らの子供は恵まれた子だね....。色んな人に誕生を祝福されて」
「そうだね。だから....幸せにしてあげないと....」
「罰が当たるね。」
「マルコがお父さんならきっと平気だよ。」
「ありがとう。」
そう言いながら再び彼女と軽くキスをする。今はこの存在が愛おしくて仕様が無かった。
「それにしても...まさか同期のみんなも僕らがこうなるとは思わなかっただろうな...」
「そうだね。本当...予想外だよ。」
「まぁ僕は予想してたけどね....。というか、そうしてやるって思ってた。」
「.....そっか。」
「そうだよ」
「そうしてくれて、ありがとう。」
「どういたしまして。」
彼女の体をしっかりと抱き締め直しながら言った。
離したくなかったし、今は離すつもりも無い。
長く切ない片思いをしていた昔の僕に、今の自分の姿を見せてやりたい....。
「ジョゼ」
「何?」
「.....早く僕らの子供に会いたい」
「あと10ヶ月待たないと」
「そんなに待てないよ....」
「大丈夫。きっとすぐだよ」
「ジョゼ」
「何?」
「好き。....大好き。」
「私だって.....。君に負けない位...好きだよ。」
抱き合う二人は三度キスをした。
辛くて、苦労ばかりの世界だけれど....君といる時は、心の底から生きていて良かったと思える。
僕は君と出会う為に産まれたのかもしれないし、君もきっと、僕に出会う為に産まれてきたんだ......。
これからもずっと続く。二人で歩んでいた幸せな道は三人で歩む道になり、これからもずっと....
ねっしー様のリクエストより。
大人になったマルコとの間に子供ができる。で書かせて頂きました。
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