「ま、またここに逃げて来てしまった....!」
ジョゼは図書室の机に突っ伏していた。
何故袋小路だと分かっていて地下にあるここに逃げてしまうのか....!!
...自分は以前の世界でも図書室が好きだった。
きっと安心する場所を求める時に、自然と足が向いてしまうのだろう....
そしてそんな自分の隣によく座って来てくれた人は....
「隣、いいかな?」
「アルミン....」
...まさか本当に現れるとは....
思わず小さい笑みを浮かべてしまう。そして、隣の席を引いて座る様に促した。
「はい、どうぞ。」
「ありがとう。」
アルミンもまた女性の様に綺麗な笑顔を返してくれる。
...それを見て、ジョゼは胸で波打っていた鼓動が穏やかなものに変わって行くのを感じた。
しばらくジョゼは教科書を開いて集中しているアルミンを眺めていた。
授業で追っている所より、随分と先まで予習してある。
.....昔からアルミンは努力家だ。ジョゼはアルミンのそんな所が大好きだった。
「ジョゼ....。そんなに見られると気になるよ....。」
少し照れた様にアルミンが言う。
「そう、ごめんね....。」
そう言いつつもジョゼは全くやめる気配が無い。
「そういえばジョゼ、マルコが探していたけれど....」
「マルコが?」
「結構血相変えてたから...何かあったの?」
「えっと...何かあったと言う程でもね...無いんだけれど....」
「.....ん?」
ジョゼの声はどんどん小さくなっていく。顔にはまたしても朱色が差し掛かっていた。
「......マルコとジョゼってさ...お互い好き合ってるんだろ?」
「えっ.....」
「もちろん友人としてではなく」
「えっ.....?」
「男と女として」
「えっ.......!?」
「それならもっと素直になればいいのに」
「なっ....私...まだ何も言って....」
「違うの?」
「違く....ないです....。」
ジョゼは机にへたり込んだ。
自分だけが好きと思っているうちは良かった。
気持ちが通じ合った途端、こんなにも恥ずかしくなるなんて....!
もうお嫁にいけない.....。
「でも....どうすればいいのか分からない....。」
机に突っ伏したままでジョゼは呟く。
正直今、彼にどう接すればいいのかさっぱり分からなかった。やっぱり友達とは違うものなのかな.....
「どうすればって....いつも通りでいいじゃない?」
アルミンが不思議そうにこちらを見る。二人の双眸がぶつかった。
「.....いつも通りか....うん....。」
「マルコもきっと、いつも通りのジョゼの事が好きになったんだから....そのままで良いんだよ。」
「そのまま....」
「そうそう、顔が怖くて字が汚くて甘えたなジョゼで良いんだよ。」
「ひどいよアルミン.....」
「あと努力家で、すごく優しいよね。マルコは良い子を好きになったと思うよ。」
「え.....」
「お幸せにね。」
アルミンは真っ青な瞳を優しく細めた。相変わらず彼はすごく綺麗に笑う。
「うん...ありがとうアルミン。本当に....」
ジョゼは気恥ずかしくて少し目を伏せる。
「いいよ、別に...。僕は二人共すごく好きだから....大好きな二人が幸せになってくれれば、それだけですごく嬉しい。」
「私も君の事がすごく好きで、尊敬しているよ....。君が頑張る姿や、言葉には助けられてばかり....。
そして今も....。何か、お返しをしたいのだけれど....」
「じゃあ、物理で分からない所があるんだけれど、教えてもらってもいいかな?」
「私がアルミンに教えれる事なんてあるの?」
「君、他の教科は悲惨だけれど物理だけは学年トップじゃないか。
.....僕は正直毎回君に負けるのが屈辱だよ.....」
「アルミン、何か怖いよ.....。」
*
「アルミン」
「うん?」
外はすっかり夕方である。茜色に染まった光が、半地下のこの図書室にも柔らかく差し込んで来る。
「....今度、皆でどこかに遊びに行こう....」
「いいね....。何処に行こうか。」
「私は...観覧車に乗りたいな」
「ぶふっ」
「....笑わないでよ」
「いや、ジョゼが乙女チックな事言ってる...って、ぐっ、ふふ」
「....そんなに笑うところかなぁ...」
「ごめんごめん....。でも何で観覧車?」
「だってさ....すごく高いところまで10分位で行けるじゃない...」
「....何か馬鹿っぽい理由だね...」
「ア、アルミン....!今日の君は何かひどい!」
ジョゼは溜め息をついた。....あぁ、観覧車が似合う様な可愛い顔に生まれていれば...!
「.....しかもさ、どこまで遠くを眺めても壁が無いんだよ....。そんな景色を、皆と見たいな....。」
「......そっか....。それはいいね。素敵だ....」
「素敵だよね....。」
ジョゼはアルミンの手元を覗き込んだ。今は現代文の復習をしている。
丁寧な文字が書かれたノートが夕日色に染まって、すごく綺麗だ。
「ジョゼ.......!!」
その時、背後から汗ばんだ手が両肩に乗せられた。
自分の名を呼ぶ声もひどく息切れしている。
この声を....ジョゼは知っていた。胸がどくんと高鳴る。
「マ、マルコ......どうしたの....!そんなに汗だくで...!」
振り向くと額から汗を滴らす愛しい人の姿が。
ジョゼは訳が分からず彼をじっと見つめた。
「ごめん....ちょっと校内フルマラソンをしていて....畜生...ここだったか...一番後回しにしておいて損した....!」
「???...とりあえず災難だったね...。お疲れさま」
ジョゼはそう言いながら白いハンカチで彼の汗を拭ってやった。
「あ、アルミン。ちょっとジョゼを借りていって良い?」
「どうぞどうぞ。」
「ジョゼ、行くよ」
「う、うん.....」
「じゃあね、ジョゼ。」
「うん...、じゃあね、アルミン」
ジョゼはマルコに引きずられる様にしてあっという間に図書室から出て行ってしまった。
アルミンはその様子を苦笑しながら眺めていたが、やがてゆっくりと席から立ち上がり、備え付けてあったパソコンを起動させた。
カタカタと検索エンジンに文字を打ち込み、いくつかサイトを巡る。
「うん、近場なら電車で行けば割と近いね....」
しばらくして、プリントアウトしたページを満足そうに眺めながらそう呟いた。
「そういえば僕...何だかんだ言って観覧車は始めてかも....」
先程彼女の事を笑ってしまったにも関わらず、不思議と楽しみになってしまう自分に驚いた。
図書室に自分以外誰もいなかった事を良い事に、アルミンは鼻歌交じりに自分の席へと戻って行った。
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