「マルコ、どうしたの?」
図書室から連れ出されたジョゼが尋ねる。
マルコは何かを言おうとしたが、逡巡した後、やめた。
「........?」
「あ、あの....ジョゼ...!」
「はいっ....?」
大きな声を出されてジョゼの方も驚いてしまう。
「い、一緒に....帰らない....?」
「えっと.....うん....いいよ...。」
ジョゼは少し赤くなった後、嬉しそうに微笑んだ。
そうして「じゃあ鞄を取って来るから下駄箱で待っていて」と言ってそこから立ち去っていく。
(恥ずかしい.....)
マルコは溜め息をついた。
(付き合って下さい.....の一言が...こんなに恥ずかしいなんて....)
好きを伝えれた。愛してるも言える。
でも、....付き合って下さい.....これは....何だろう、特に以前と関係は変わらないから...言う必要はあるのか?
今更改まるのもなんだか恥ずかしいし....。
(でも....幸せだなぁ....)
何だか贅沢な悩みだ。
彼女と二人で生きていける...それだけでも感謝しなくちゃいけないのに....
(もっと、もっとと....どんどん欲深くなる....)
マルコはひとつ溜め息をついて首を横に振った後、ゆっくりと校舎の壁にもたれた。
鴉の鳴き声が遠くで聞こえる。夕焼けで赤くなる空には、それが胡麻をまいたようにはっきり見えた。
(やっぱり好きだなぁ....本当、どうしようもなく.....)
ゆっくりと目を閉じるマルコに、茜色の光は柔らかく降り注いだ。
*
「立ったまま寝るなんて器用な事をする....」
「....寝てないよ....」
「うわあ、びっくりした」
「鞄、取って来た?」
「うん、お待たせ。」
「....帰ろうか。」
「そうだね....。」
どちらとも無く二人は手を繋いで歩き始めた。
相変わらず言葉少なで、ゆっくりとした足取りで.....
何回も繰り返し通った桜並木の坂道から見る空は、遠くの方が少し紫色になっていた。
「少し日が長くなったね....」
ジョゼがぽつりと呟く。
「そうかもね....。きっとすぐに夏になるよ。」
「夏かぁ....。マルコは...夏、好き?」
「う、うーん....特に好きとか嫌いとかは無いけれど....。ジョゼは?」
「私も同じ....特にどっちでも....」
「そっか....」
「ねえマルコ....」
「.....?何」
「夏になったら、星を見に行こう....。」
ジョゼの手を握る力が少し強まった。何かと思って彼女の事を見ると、頬が少し赤く染まっている。
「.....あと、海にも行きたい....。」
「えっと.....」
「君と一緒にやりたい事が沢山ある....。」
ジョゼがひとつ言葉を紡ぐ度に、こっちまで顔が赤くなっていくのが分かる。
耐え切れなくて、空いている方の手で口元を覆った。
「マルコと一緒に過ごすなら、私はきっと...夏が好きだと思う....
だから二人で、できなかった事を全部したい....」
ジョゼも段々と恥ずかしさが増していったらしい。最後は声が掠れてしまっていた。
恥ずかしくて、嬉しくて.....。だから、返事の変わりに繋いだ手を強く握り返す。
彼女もまたそれに応える様に、ゆっくりと頷いた。
*
十字路に到着してからも、何だか別れるのが惜しくて、ベンチに座って二人で取り留めの無い話をした。
ジョゼと話すのは相変わらず楽しい。彼女が小さく笑ってくれると、こっちも幸せな気持ちになれる。
もっと笑顔がみたいし、怒った顔や泣いた顔....、どんなものでも良い。もっと、君が知りたい。
こんなにも距離が近いのに、まだ片思いをしている気分だ。
藤色の空に、ひとつ星が瞬く頃になり、ようやく僕らは腰を上げた。
.....本当に別れるのが惜しい。明日また会えるのは分かっているのだけれど.....
「それじゃあジョゼ、また明日.....」
ゆっくりと握った手を離す。......が、その手はジョゼに逆に掴まれてしまい、離す事はできなかった。
「.....ジョゼ?」
「ねえマルコ.....」
ゆっくりとジョゼがこちらを見る。その目があまりに澄んでいて、全く目が逸らせなくなった。
「私の事、ぎゅうって抱き締めて......」
切ない声色でそう言われると、胸が激しく締め上げられる。
今、ジョゼは他の誰でもない、僕に対してそう言ってくれている....。
ジャンのかわりじゃない。彼女は僕の事を愛してくれているんだ....!
しっかりとその体を抱いた。幸せ過ぎて、腹の底から愛している、と叫びたい気分だ。
「ジョゼ」
「うん.....」
「君が好きだよ....」
「うん.....」
「愛している。」
「.....私もだよ。」
「結婚しよう。」
「......うん!?」
ジョゼが胸から顔をがばりと上げてこちらを見つめてくるので軽くキスをしてやった。
彼女は見事にへなへなと再び胸に顔を埋める。まだキスには慣れない様で、耳が真っ赤だ。
「何でまた急に....」
胸の中でくぐもった声がする。
「....君の友達に焚き付けられて....本当は付き合って下さいって言うつもりだったんだけど....
何かそういうのはもういいかなって思ったんだ....」
ジョゼは相変わらず顔を埋めたままである。しかし、僕の言葉はしっかりと聞いていてくれている様だ。
「夏になっても....また桜の季節が来ても....それからずーっと先も...
ジョゼと一緒なら、何かもう大丈夫かなって.....
僕はこれからの人生、ずっと君と過ごしたいなぁって、君を抱き締めた時に強く思ったんだ....
だから結婚して欲しい。駄目かなぁ」
何となく答えは分かっていたけれど、聞いてみる。
大丈夫だ。
僕達はどんなに離れていても...一緒に過ごした沢山の思い出が無くなっても....きっともう、大丈夫だ。
それが分かっているから、自信を持って君に尋ねる事ができた。
「......駄目じゃないよ。」
ほら、やっぱり。
「君はいっつも私をびっくりさせてばっかりだ....!心臓に悪い....!」
「じゃあ結婚しない?」
「するに決まってる...!!してくれないと嫌だ!」
「.....正直だね...。」
偉い偉いとそのグレーの髪を撫でてやる。
(本当、可愛いなぁ....)
空を見上げると、うっすらと星たちが瞬き始めていた。
.....どこにいても、星空は繋がっている。
そう思って、君が居ないいくつもの夜を乗り越えて来た。
願いが叶って君に再び出会う事が出来て....嬉しくて、すごく苦しかった。
それで、誰かを想う事はこんなにも辛い事だったのかとびっくりした。
だけれど、もうそれもどうでも良い。
辛い事も、苦しい事も、全部が今の僕達に繋がっている。だから、もう良いんだ....
でも....君の事を沢山苦しめてしまった責任は取らないと。
だから、せめてずっと隣に居る事を約束したい。
今はたったそれだけしか言えないけれど、この星空に誓わせて欲しい.....
柔らかな群青色をした空はやがて遠く近くに星を瞬かせ始める。
その光が、抱き合う二人の輪郭を浮かび上がらせて、細長い影をアスファルトへと伸ばす頃になっても、二人は決して離れようとしなかった。
優しい色をした黄色い月が、そんな二人を見守る様に、ゆったりと辺りに光を放っていた.....
「優しい星空」end
201311
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