いつか見る空 | ナノ
次の日、ジョゼは学校を休んで家で寝ていた。

もう大分熱はひいていたが、薬の所為か眠気がひどい。

浮上しかけていた意識に再び重しがかかり、眠りの中へ落ちようとしていた時、布団が勢い良くはぎ取られた。


「起きて」

驚いて目を開けると、何故か自分の部屋では見慣れない長身の男性がこちらを見下ろしている。

「え......?ベルトルトさん....何故ここに....。」

「わざわざ僕が君の為にわざわざ貴重なカロリーを消費してわざわざわざ見舞いに来たんだよ。
寝てるだけなんてつまらない事やめてよ」

「わざわざ言い過ぎです...。あと布団返して下さい...。」

「布団返したら君寝るだろう?」

「寝ません....寝ませんから....。何なんですかこの人病人に厳しい....。」

「第一....君が休んだら僕は何をストレスのはけ口にすればいいのさ....。
お陰で今日一日中イライラしっ放しだったよ。どうしてくれるの」

「....私をストレスのはけ口にしないで下さいよ」

「嫌だ。それに君を虐めるのが僕の愛でもあるんだよ。嬉しい?ありがとうございましたは?」

「歪んだ愛ですねぇ....。ありがとうございました...布団返して下さい...。」

「感謝が足りない。もっと心を込めて。」

「だ、誰かー...」

「家に着くなりあんたは何やってるんだ....!」


弱っていたジョゼの体がベルトルトの嫌がらせに限界を越えようとしていた時、彼の背中が勢い良く蹴飛ばされた。

.......アニさん....そんなに高く足を上げたら下着が見えてしまいます...。

「悪かったね....。こいつが一人で見舞いに行こうとしてたからついて来て正解だったよ....」
アニがベルトルトから奪い取った布団を返してくれながら言う。

「助かりました....ありがとうございます。」
ジョゼは布団を受け取るとようやく落ち着いた表情を見せた。

「何だ、思ったより元気そうじゃ無いか」

「ライナーさん...。そうですね、熱はもう大分下がっているんです。」

「....何でライナーやアニも来るんだよ...僕一人で充分だったのに....」
床から起き上がったベルトルトが不満げに言う。

「あんたに一人で来させたら何するか分からないからだよ。」

「.....何もしないよ....ただ体の動きが鈍いのを良い事に虐め、おっと愛でまくろうと思っていただけなのに....」

「.....今の言い間違えは聞き過ごせません....」

「というか愛でまくるっていうのもお前が言うと犯罪的になってくるな....」

「お前ら用が済んだらとっとと帰れよ。ジョゼが休めねーだろ」
ジャンも部屋に入って来た。恐らく下校中の彼を捕まえて三人は家まで辿り着いたのだろう。

「ジャンは相変わらずシスコンだよね....気持ち悪い」

「ベルトルト....お前はオレ達兄妹に何か恨みでもあんのか....」

「見舞いの品にゼリー持って来たけれど...食べれそう?」

「はい...。ありがとうございます、アニさん...いただきます。」

「あ、僕メロンね」

「.....本当に図々しい男だね....。あんたの為に買って来た訳じゃ無いんだよ」

「ベルトルトはジョゼの前だと調子に乗るからな....」

「乗らないで下さい。」

「お前もう帰れ。ジョゼの病状が悪化する。」







「ジョゼ....悪かったな...オレが断り切れなくて....」

三人が帰った後、ジャンがジョゼのベットに腰掛けながら謝ってきた。

「ううん。大丈夫。楽しかったし....。」

「ベルトルトは....」

「うーん....コメントは控えておくよ....」

「お前何があってあんな悪意のある気に入られ方してんだよ....」

「.....分からない....。とりあえず学校で初めて会った時からあんな感じだった...。」

「あー、そういえばお前、昔からあいつに虐められてたからな...。」

「そう...。昔からなの....。」

「まぁ何だ....。嫌な事されたらいつでもオレに言えよ。」

「ありがとう。」

「じゃあオレ、自分の部屋に戻るから...。何かあったら携帯にでも連絡してくれ」

しかしジャンがベットから立ち上がろうとすると、ジョゼがはっしとその服の裾を掴んだ。

「......ジョゼ?」

「....兄さん....。もう少し傍に...」

それを言ったきりジョゼは口を噤んで下を向いてしまった。
その耳が微かに赤いのは熱の所為だけではないだろう。

ジャンは仕方無えな、と満更でも無さそうに溜め息をはいた後、再びベットにゆっくりと腰を下ろした。

「お前...本当に仕様も無い甘えただなぁ」
そう言いながら妹の髪を撫でくり回す。とても愉快そうだ。

「だって...何だかさっきまで賑やかだったし...。一人だと寂しいから....」
兄さんと一緒にいたいし....と彼女の言葉はどんどん小さくなっていく。

「分かった分かった。とりあえずお前はちょっと寝ろ。寝るまで傍にいてやるから....」

「....ありがとう。」

「気にすんなよ」

「ねえ兄さん」

「何だ?」

「大好きよ.....」

「.....オレもだよ」

「.....うん」


ジャンはジョゼの頭をもう一度優しく撫でた。

彼女は安心した様に小さく笑い、ゆっくりと目を閉じる。

先程までの賑やかさが嘘の様に、ジョゼの部屋は穏やかな静寂で満たされていった。









軽い夕飯を食べた後、ジョゼは部屋で手持ち無沙汰に携帯電話を眺めていた。

新着メールはありません......か。

たった一言で良いから...

『大丈夫?』『平気?』『明日は来れそう?』

心配して欲しかった....。


(マルコ君....)


やっぱり....もう友達にはなれないのかな....。こんなに...胸は苦しいのに....。


ジョゼは携帯電話をサイドテーブルにこつりと置いてしばらくそれを眺めた。

しかし相変わらずその四角い物体は冷たく、しんとしている。


.....明日、どんな顔をして会えばいいのかな....。

ちゃんと謝罪や自分の気持ちを伝えないと....。でも....拒否された事を思うと....すごく怖い...。

マルコ君が優しい人であればある程....そんな彼を傷付けてしまった事実が胸を締め付けた。



「え......」



携帯電話を恨めしげに見つめていると、バイヴの音が辺りに響いた。

しかも、ランプの色から察するにメールではなく着信だ。


(誰......?)


......正直に言うと、今までジョゼの携帯電話に着信をしてきた人物は家族以外では数える程しか居なかった。


(でも....もしかしたら....)


淡い期待を抱いて携帯電話を手に取る。


(.........!)


ひとつ息を吐いて、電話を耳に当てる。

大丈夫.....。いつも通りに....。

そうして、ゆっくりと通話ボタンを押した。


『......もしもし』

電話の向こうの声は、間違いなくジョゼが会いたくてやまない人のものだった。



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