「ていうか何でそこまで具合悪そうなのに我慢すんの?」
ジョゼの様子を呆れた様に彼女は見た。
「......別に、我慢なんか....「してんじゃん!」
激しい突っ込みがジョゼの背中に入る。
.....心配はしてくれている様だが、労る気は全く無い様だ。
「ジョゼさんってさー、何かいっつも遠慮し過ぎるっていうか...人と壁を作るっていうか....
.......とにかく!なんかあんたまどろっこしいのよ!」
ずびしと人差し指を胸に突き立てられる。
「この前もさぁ、教科書忘れた癖して教師に言われるまで見せてって言って来てくれないし....!」
「え、えーっとそれは....悪いと思って....」
その授業で爆睡していた君を起こすのも忍びなくて...
「はぁ?悪い?
言っておくけどね、私は教科書なんて一回も持って帰った事無いんだからね!
教科書ならいくらでも有り余ってるっていうの!いくらでも貸すっていうの!!」
「え、えーっと.....」
.......何か怒られた.....。
「それとも何!?私がこんなんだから関わりたく無いっていうの!?」
「それは違います....」
「ジョゼさんってさぁ、綺麗だから結構色んな人が話しかけたがってんのよ....
でもあんたいっつも滅茶苦茶怖い顔してるし、お兄さんとその周辺位としかまともな会話しないからさぁ...」
「え....私と話したがってる人がいる....?」
ジョゼは信じられないという風に聞き返した。今までそんな人間に会った事は皆無と言って良かった。
「そうだよ。なんかさぁ、普段仏頂面な癖に時々ちょっとだけ笑ったりすんのが可愛いくてさ、
私もそんなんで実は前から話してみたかったんだー」
だから今日はラッキーかも、と彼女は笑った。
.......恐らく、それは私のクラスにまで来て会話をしてくれる先輩3人やエレン達のお陰だろう....。
彼等と話す事が出来るから私の表情は和らぐし、それを取り巻く空気も少しずつ変わって行く....
みんながいてくれるから.....
「私....今までこの顔の所為で全然友達できなくて....だから、そう言ってくれて...凄く嬉しいです...」
ジョゼは少し目を伏せてそう言った。
「へー、何だぁ。人間嫌いなのかと思ってたけどそんな事無かったんだ」
「いや、そんな事は....」
「それじゃあ自分から話しかけにいけばいいじゃん?自分からアクション起こすと意外と良い結果が返ってくるもんだよ」
「うん.....。そうかな....。でも私人とどう付き合っていいか分かんないんです....。喧嘩とかもほとんどした事ないし...」
「難しく考え過ぎだって!嬉しかったらありがとう、喧嘩したらごめんなさいでオールオッケーでしょ」
「そ、そうかな....」
マルコ君にも.....ちゃんとごめんなさいって言えば....また私と話してくれるかな....
「あの....、喧嘩という程じゃないんですけど、何か気持ちがすれ違っちゃって.....
それで....とても苦しい....何かそういう事の解決策とかってありますか....?」
ジョゼが恐る恐る尋ねる。
まともな会話を初めてしてからまだ数分程しか経っていないが、なんだか彼女なら安心して相談できる様な気がした。
「何っ!?もしかして恋バナ!??」
彼女がマスカラで縁取られた目をきらきらさせながら尋ねて来る。
「え、えーっと多分違います....。」
「何だぁ。同性の友達?」
「いえ、男の人ですが.....」
「やっぱ恋バナじゃん!!」
彼女が再びジョゼの背中をばしりと叩く。
それにびっくりしたのか背骨を這い上がろうとしていた悪寒がぴたりと止まった。
「えっと....恋?では無いと思うんです....。
でも私が一方的に悪くて.....謝りたいんですけど.....最近は目も合わせてくれなくて.....」
ジョゼの言葉をふむふむと相槌を打ちながら聞いていた彼女は、人差し指を顎に持って行き、少し考える仕草をする。
「.......その相手ってさ、マルコ君でしょ」
「へっ.....」
ジョゼは目を見開いて彼女を見た.....。エ、エスパーなのか....?
「あー....やっぱり。あの人もさぁ、普段優等生タイプ?みたいな感じの癖してさ、
あんたの事になるとなーんかムキになんのよね。
この前もさぁ、あんたの顔の事まじ怖いって男子が噂してたのよ。あ、ごめん、気にしなくて大丈夫だよ。
なんかふざけ半分な雰囲気だったのにマルコ君たら怒っちゃってさぁ、場の空気が悪くなったのなんのって...。」
そこまで言うと顎に置いていた指で今度は赤茶色の巻き毛の先をくるりくるりと弄り始める。
「その時にさぁ、あんたの方はどうか知らないけどマルコ君はジョゼさんの事好きなんだなぁって私は確信したのよ......っと、でもその相手に今無視されてんのか」
どういう事かね....と彼女は再び顎に指を当てて考え始めた。
「うーん、なんていうか、あんたの話聞いてると二人は両思いっぽいんだよねぇ。....何の問題も無い筈....
......ん、まぁあいつも男なんだからさぁ、ぎゅーって抱きついてごめんなさい!大好き!って言えばなんとかなるっしょ!!」
彼女が太陽の様に朗らかな笑顔で言う。
「だ、だきつ.....!い、いや....それは.....」
「冗談冗談。あんた奥手そうだもんねー。無理か。
でもさぁ、何かジョゼさんって考え過ぎな所があるっていうか.....まどろっこし過ぎんのよ!
考えるよりまず行動でしょう!!お淑やかにちんたらしてると永久に機会を失うわよ!!」
またしても胸元にずびしと指を突き立てられる。
やや荒っぽくはあったけれど、その言葉達がジョゼの胸にすとんと収まって行くのが分かった。
「.......そ、そうかな....。うん、そう....ですね...。」
今の言葉を反芻する様にジョゼは頷く。
「ありがとう....。君のお陰で、何だか気持ちが楽になりました....」
そして漸く顔を上げると、彼女に向かって淡く笑った。
「......!何だ、笑うとやっぱ可愛いじゃん...!」
ジョゼの顔をまじまじと眺めていた彼女もつられて笑う。相変わらず太陽の様に温かい笑顔だ。
「それと.....私と友達になってくれませんか....?」
ジョゼが少し照れた様に目を逸らしながら言う。
「ん?勿論オッケーだよ。」
ていうか私は友達のつもりだったんだけど.....と彼女はきょとりと言い返した。
「ん....、すごい。自分からアクション起こすと、意外と良い結果が返ってくるもんですね....」
ジョゼは至極嬉しそうに微笑む。
(.......これは.....マルコ君が入れ込むのも分かるわ....)
「じゃあさ、うちのクラスでジョゼと一番最初に友達になったのは私って事になるね!」
「え.....?」
「だってそーじゃん!他の仲良い奴らは皆別クラスでしょう?あ、マルコ君は恋人だからノーカン。」
「へっ!?」
「あとその固っくるしい敬語やめてよねー気持ち悪いから。
んじゃ、保健室に無事辿り着いたと言う事で私は戻るわー。じゃーねー。」
彼女はびしっと敬礼の形を取るともと来た廊下を軽やかに走り去ってしまった。
賑やかな話し相手が去ってしまった事で授業中の廊下の静けさがしんとジョゼの身に降り掛かる。
(そうか......。私は考えるばかりで肝心の行動をしてなかったんだ....。
.....私は今....何がしたい....?何が嫌なの.....?きちんと言葉で表さないと.....)
....しばらくすると、話していた事で和らいでいた悪寒や痛みが再び体の中から滲み出して来る。
ジョゼはたまらなくなって保健室のドアノブをひねって中に足を踏み入れた。
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