いつか見る空 | ナノ
「......兄さん、マルコ....どうしたの」

ジョゼが呼び出された一本杉から帰ってくると、宿舎の玄関にジャンとマルコがそわそわとしながら待ち構えていた。


......二人には手紙の内容が知れている。大方野次馬に来たのだろう。

兄さんが来るのは分かる。....彼はこういう人だ。しかしマルコまで来るとは....


「で、どうなったんだ?」

.....開口一番これである。兄さんには本当に困ったものだ。

「......ちゃんと返事はしたよ....お断り...してしまった事になるのかな.....」

そう言ってジョゼは少し目を伏せた。
仕方が無いとは言え一人の人間の気持ちを無下にして傷付けてしまったのだ....。
心の内はあまり穏やかではない.....

しかしそんなジョゼの心の葛藤等彼等は知った事ではない。
二人とも緊張していた面持ちを一気に緩め、安心した様に明るい表情になった。

「まぁそうだよなぁ。というかオレより先に恋人ができるとか普通に許されない事だしな!」
ジャンは楽しそうにジョゼの背中を叩いた。ばしりと大きな音がする。

「兄さん痛い....」

「マルコなんかめちゃくちゃ心配しててよ、今日夕食片付けの当番だったのにサボって来ちまったんだぜ?
優等生のこいつが随分と大胆な事をしたもんだよなぁ...」

「そ、そういう事言うのやめろよ....!」

マルコが焦った様にジャンの発言を諌める。しかしその表情はどこか朗らかであった。

「それにサボってなんか無い....ちょっと抜け出してきただけだ。もう戻るよ...!」

一口にそう言うとマルコは慌ただしく食堂へ戻って行った。何だか背中に羽でも生えていそうな軽い足取りである。


「.....マルコは一体どうしてしまったの....」

彼が駆けて行った廊下を見つめながらジョゼは頭上に疑問符を浮かべた。

「....まぁ放っておいてやれ....色々と面倒な病気にかかってるんだよ。」

ジャンも同じ方向に視線を向けながら溜め息を吐いた。







「.....あそこの三角形の一番光ってる奴が頭で....そこから真っ直ぐに天の川を南に辿ると十文字の星の並びがあって...それが羽を広げた様な形になるんだけど....分かる?」

「さっぱり分からん」

「.....ん、まぁそれが白鳥座なんだよ。」

「.....昔の人間は妄想たくましいと言うか....よくあれが白鳥に見えるもんだ....」

「嫌だな、ロマンチストと言ってあげてよ....」


マルコが行ってしまった後、ジョゼが少し塞いでしまっている事に気付いたジャンは彼女を気分転換に夜の散歩へと連れ出した。


夏の夜空は見事に星が散らばっていて、思わず見とれていたらジョゼが横から星の名前を教えてくれた。

.....が、どれがどれだかさっぱり分からん。

あれこれ考えながら見るよりも本能的に綺麗なものは綺麗だと思う方が自分の性には合っている様だ。



「.....お前ってさ、好きな奴とか出来た事今まで無かったのか?」

.....まぁ、彼女に想い人ができれば自分の知る所になる筈ではあるのだが、一応聞いてみる。

ジョゼの恋愛に関する話をするのは、思えば長い年月共に過ごして来たとはいえ初めての経験だ。
何だか緊張してしまう。(オレ自身の恋愛の話は割としてきたのだが)


ジョゼはその質問に困った様に眉を下げて少し考え込む。
彼女もまた少し恥ずかしそうである。

「.....分からないな...好きってどういうものなんだろう....」

ジョゼの口から小さく言葉が紡がれた。

「......兄さんがミカサに対する『好き』は、友達に対する『好き』とは違うの...?それはどんな気持ち...?」


まさか自分に質問が帰って来るとは思わなかった。予想外の恥ずかしい問いに顔中に熱が集まるのを感じた。

質問を無視する事もできたが、あまりにも真っ直ぐこちらを見つめてくるのでそれも叶いそうに無い。


「.....どんな気持ちって...そりゃ、姿が見れたり話が出来ると嬉しくて....一緒にいれたら幸せな....って何言わすんだよこの野郎!」

気恥ずかしさからジョゼの背中をもう一度ばしんと叩く。

しかし、結構強い力で叩いたのにジョゼは考え込む仕草をしたまま気にした様子は無かった。

「ジョゼ.....?」

変に思ってその名前を呼ぶ。

「おかしいな....そういう気持ちなら....私は兄さんやエレン達にも同じ様に感じる。
.....この気持ちと...兄さんのミカサに対する想いや...あの人の私に対する想いは....やっぱり違うのかな....」

.....顎に手を当てて考え込むジョゼの表情は銀砂を播いた様な明るい夜空に反してどこか薄暗かった。


「.....マルコはどうなんだ....?」

思わずその名を出してしまう。オレが見る限りではこいつ等は.....

「それは違うよ」

しかしオレの意向に反してジョゼはばっさりと言い放った。

「は.....」

予想外の返答に思わず間抜けな声が出る。

「......だって、恋をするというのは幸せで楽しいものなんでしょう.....
それならきっと私はマルコにだけは恋をしていない....」

「.....どういう事だ...?」

「ちょっと前までは....マルコといる時も、皆と同じ様にただ楽しくて幸せだったけど....今は少し違うんだ....。」

そこでジョゼは言葉を切った。
ひとつ呼吸をして湿っぽい空気を吸い込んだ後、夏の夜の星を宿らせた眼をこちらに向ける。
きっと自分の瞳も彼女と同じ様に星の光に照らされているのだろう。

「マルコは....とても不思議な人だよ。傍にいるととても安心できて....呼吸が深くできる....。
でも時々...そうだね、彼が笑いかけてくれたり....私に触れたりしてくれた時、それが嘘みたいに苦しくなるときがある....。
これは何なんだろうね....。痛くて辛くて....時々近くにすら寄れなくなる.....」

だから、きっと恋じゃない。
ジョゼはもう一度空に目を向けて言い切った。


(.........。)


ジャンは彼女の横顔を見つめながら何とも言えない感覚に襲われた。

(......それを世間一般では恋って言うんだがなぁ....)

マルコもジョゼも....どっちも互いを想い合っているのにどうも自分の気持ちに気付けていない。

なぁマルコ....さっさと伝える事を伝えねえとこの鈍感は一生気付いてくれねえぞ....

いつか取り返しのつかない事になる前にな.....


オレはなぁ....お前なら良いと思うんだよ....。
 
たった一人の大事な妹だ...。半端な奴には渡したくない。

お前ならあいつを大事にして...幸せにしてくれるだろう....?



「兄さん、さっきの白鳥座の頭の部分の大きな星は分かるね?」

考え事をしているとジョゼが隣から声をかけてきた。その表情は先程より明るくなっている。
どうやら少し気が紛れて来た様だ。

「あぁ。あの目立つ三角形のあれだろ」

「そうそう....三角形の白鳥座の頭...デネブっていうんだけど....それ以外の二つの頂点の星はね...恋人同士なんだよ」

「星にまで相手がいるのか...。なんだか虚しくなってくるな....」

「でも....私が読んだ本では二人...アルタイルとベガは年に一回、今ぐらいの時期しか会えないんだって....」

「.....そりゃ悲恋だな」

「更に言うと、伝説だと年に一度になってるんだけど....実際あの二つの星の間の距離は、光の速さで移動しても16年かかるって....。
だからアルタイルからベガに向けて光の合図を送ったとすると、返事が来るまで32年かかることになるよね....。多分実際は1年に1回会うのも難しいと思うよ....。」

辛いだろうね....とジョゼは少し切なそうに言った。


「お前...星にまで感情移入するとか...どんだけお人好しなんだよ....」
ジャンは少し呆れた様に呟く。そしてすっかり星と同じ色に染まっていたジョゼの髪を少し乱暴に撫でた。

「心配すんなよ。星の一生なんて数十億年くらいあるんだろ?その内の32年なんて瞬きした瞬間に終わってるって....。」

そう言ってなるべく優しく笑いかける。ジョゼの表情も少し和らいだ気がしてほっとした。



そうだ....時間は問題じゃない.....。
きっとこいつらは不器用だから、互いの思いを伝え合うまで膨大な時間がかかるだろう...。

それでもオレは....お前等が二人共好きだから....大好きな二人がずっと一緒に、幸せでいられる様にと祈らずにはいられない.....。


そう、祈っていたのに......



「やっぱり兄さんは優しいね。」

一通り頭を撫で終えて、手を離すとジョゼは嬉しそうに淡く微笑んだ。

そうして彼女の頭から離したばかりの手をゆっくりと握る。

「まだ...恋とかはよく分からないけれど....私は兄さんのことがとても好き....。
これだけは本当の事だから....」

そこまで言って少し恥ずかしくなったらしい。ゆっくりとジョゼは顔を伏せた。

その仕草がいじらしくて握られた手を力強く握り返す。



.......やっぱりマルコに渡すのはまだ少し惜しいな....


協力してやらない事も無いと思ってたんだが....気が変わってしまった。

....これはオレの幼稚な我が儘だ。決して褒められた感情では無いだろう。


きっとお前等のすれ違った片思いを巡り会わせるのは容易な事では無いだろうな....

でも決して背中なんか押してやらない。


.......その位自分で何とかしろよ、大馬鹿野郎。



しばらく二人は手を繋ぎながら取り留めの無い話をした。

過ごした年月が長い分、二人の会話は途切れる事が無かった。


その晩は本当に美しい、降るような星空だった。

月が出て動く。星もいつか動く。と見る間に南極の空が浮びあがって、星は世界を巡り始める。
 
言葉ではその浪慢的な美しさが表現できない程.....


きっと何千年後も何億年後もこうして星空はただただ美しく、そこにあるに違いない。



しろくま。様のリクエストより。
マルコとの無意識カップルぶりにやきもきするジャンで書かせて頂きました。


[back]
×
「#甘甘」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -