花びらがはらはらと散り始めてきた桜の並木道を、僕達は無言で歩いていた。
ジョゼは肩にかけた鞄の紐を握りしめながら自分の足下をじっと見つめている....
以前二人で帰った時以来、帰宅する際にはいつも僕ら以外に誰かが居た。
だから二人きりは久しぶりになる....
あの日も僕達は言葉少なであったが....その沈黙はどこか心地の良い物だった....。今とは違う....
「ねぇジョゼ.....」
僕はゆっくりと彼女の名を呼んだ。
ジョゼは相変わらず歩みを進める自分の爪先を見つめたままである。
「何で....僕の事を避けるの....」
率直にそう問い掛けた。......答えは大体分かっているが....。
それでも、聞かずにはいられない。君に拒否された僕の悲しみを少し考えて欲しかった....
その、幼稚な八つ当たりに似た行動がいけなかったのかもしれない。
彼女の瞳はみるみる悲しみの色に染まっていってしまった。
「.....ごめんなさいマルコ君...本当にごめんなさい....でも、私にもよく分からないんです....
ただ、君とは以前とても悲しい別れ方をした気がします....
....だから私は君と仲良くなるのが怖いんです。
君の事を好きになってから、また訪れるお別れの時の事を思うと...とても、怖いんです...」
ジョゼは震える唇で、けれどしっかりと言葉を紡ぐ。
....その返答は、僕の心を色んな思いで一杯にした。
自分の不甲斐無さや....彼女に忘れ去られてしまった悲しみ....そして今分かり合えない憤り....。
「なんで....!」
思わず大きな声を出してしまった。
ジョゼは驚いた様にこちらを見る。
.....随分と久しぶりに、僕らは互いの瞳を見つめ合った。
そのまま再び目を逸らせない様に彼女の両肩をしっかり掴んでこちらを向かす。
「なんで.....!どうしてなんだ....!!
もうあの時とは違うんだよ....?この世界はとても平和で....命の危険に晒される事なんて滅多に無くて...
そうして僕達は素晴らしい事にまた巡り会う事ができたんだ!
それなのに何で君だけが僕の事を覚えていてくれないんだ....!そんなの僕は嫌だよ!!」
一口にそう言ってしまってから.....ひどく、後悔した....
そうだ、彼女は何も悪く無い....誰も...悪くは無いんだ....
それなのに僕は彼女の優しさを利用して....自分の主張ばかりをぶつけてしまって....
最低だ.....
ジョゼは.....舞い散る淡い桜の花びらが鮮やかに見える程頬の色を失って....
微かに震える瞳以外、時が止まった様に静止していた...
「ごめんなさい.....」
そうして小さな声で一言そう言うと体を一歩後退させて....肩を掴む僕の手からするりと逃れる...
動けないでいる僕を置いて....ゆっくりと坂の下へと歩を向けて....一歩、一歩と離れていってしまう....
花びらがまるで雨の様に次から次へと降って来る.....その姿はどんどん見えなくなる....
―――駄目だ!!
もし今ここで彼女と離れてしまったら、本当に二回目の悲しい別れをする事になってしまう...!
それだけは絶対に駄目だ!
「ジョゼ!!!」
ありったけの声で愛しいその名を呼び、前方を歩いていた彼女の腕を掴む。
振り向いたジョゼの顔は相変わらず色を失ったままだったが、その目には困惑の色がはっきりと見てとれた。
「マ、マルコ君....何を...」
「....呼ばないで....」
その声は情けない程震えていて、自分ながら少し驚く。
彼女の腕を掴んでいた手を移動させて、その掌をしっかりと握り直した。
「......そんな他人みたいに呼ばないでよ.....!」
「え....」
「だって、君にとって僕は数週間前に知り合ったばかりのクラスメイトかもしれないけれど....
僕にとって君は....何十年...何百年....何千年かもしれない....、ずっとずっと会いたかったたった一人の女の子なんだ....!」
「.....でも.....」
「思い出さなくても良い....だから...お願いだから....
.....どうか僕の事を避けないで.....」
悲しみが吹き荒れる僕の胸の内に反して、桜の花びらは午後の光の中で舞い踊り、一番美しい形となっていた。
僕らの左右にはらはらと落ちて行く音が聞こえてくる様で、もし状況が状況で無ければ思わず見とれてしまったに違いない.....
ただ、この大いなる悲しみの唯一の救いは....痛い程彼女の掌を掴んだこの手が.....ほんの少しだけ握り返されるのを、感じられた事だろうか.....
*
「で、お前はまた逃げて来ちまったわけか.....」
ジャンは自室のベットにもたれて座りながら、またしても自分の胸にしがみついて動かないジョゼの旋毛を半ば呆れた様に見つめた。
「マルコもなぁ....こういう事には器用に立ち回ると思ったんだが....
お前のことになるとあいつはびっくりする位ガキだな...」
ジョゼの頭を軽く撫でながら溜め息をつく。.....中々上手く行かないもんだな...
「兄さん....」
胸の内からジョゼのくぐもった声が聞こえて、ジャンは自分の服を掴む彼女の手の力が強まるのを感じた。
「.....兄さんは知っているんでしょう...過去に何があったのか.....
それを私に教えてもらう事はできないの....」
切迫した声である。.....今日のマルコとの出来事が相当応えた様だ。
ジャンは少し考える仕草をした後、更に大きな溜め息をひとつ吐いた。
「こればっかりは教えられねーよ.....そもそも言葉で伝えられる事じゃないんだ....」
そうしてゆっくりとジョゼの肩を掴んでその体を起こさせた。
同じ色をした互いの双眸がぶつかり合う。
「なぁお前....マルコやエレン達の事が好きか...?」
その目を真っ直ぐ見つめながら尋ねる。
ジョゼは少し逡巡したが、やがてしっかりと一回頷いた。
「.....じゃあやっぱり自分で思い出さないと駄目だ....じゃないと意味が無え...」
「思い、出せるかな......」
ジョゼの瞳は不安そうに揺れている。
ジャンは肩から手を離すと、自身の服を掴んだままの手を上から優しく握った。
......ジャンとジョゼは双子で....身長もそこまで変わらない....
それでも重なった手と手はやはり男女の差なのか随分と違いがある....。
その白く細い指を握りながら....15年という歳月を経て、ジョゼは女性へと変化してしまったのだと思うと何故か心は穏やかでは無い...
「.....まぁでもオレはあともう少しだと思うんだよ....」
ジャンが息を吐く様にそう言った。
「もう少し.....」
ジョゼはそれを反復する。
「こういう事は意外と簡単なきっかけでうまい事転がり出すもんなんだって....
だからあんま悲観的になるんじゃねえよ....」
オレも付いてるからよ....と小さく笑うジャンの言葉にジョゼの胸は思わず締め付けられる。
そうして彼の背中にそろそろと腕を回すと再びその胸に顔を埋めて、瞳をゆっくりと閉じた。
*
「なぁ....あの子達、また抱き合ってるぞ....前から思ってたがちょっと仲良すぎやしないか...?」
「結構な事じゃない。喧嘩されるよりずっとマシよ」
「だがなぁ....もう二人とも高校生だぞ?あの子等は年も近いし....心配にもなるさ」
「昔からずっとあんな調子だったじゃない。今更なによ」
「いや、しかしこの前なんかジャンのベットで二人で寝ていたし...ああいうのはちょっと....」
「下らないこと言ってないで夕飯にしましょうよ。あの子達呼んで来て頂戴」
(今あの二人の世界に割って入るのは勇気がいるんだがなぁ....)
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