「ふう.....」
体と頭をしっかりと洗い、一日の汚れを綺麗に落とし終わった僕は、いざ入浴しようと上機嫌で浴槽へと向かった。
しかし、湯気でよく見えていなかった視界が開けた瞬間、自分の目を疑う事になる。
「えっ.......!?」
ある筈の無いものが視界に飛び込んで来たからだ。
「な、なんで.....?」
それしか言葉が出なかった。
とにかく急いでそれから目を引き剥がす。
我に返るにつれて混乱が色濃くなり、じわじわと顔に熱が集まっていくのを感じた。
「........!マ、マルコ.....ごめんなさい....!」
ジョゼの声とざばりという水音が聞こえる。
恐らく、先程まで浴槽の縁に腰掛けていた彼女が慌てて身を沈めた音だろう。
彼女自身もこちらに背を向けていた所為で、僕の存在にやっと今気付いた様である。
「え....あの、なんでジョゼがここに....いるの....?」
そうなのだ。彼女が今いるのは男性用の浴室だ。
時刻が大分遅かったので僕以外は誰もいなかったが、それでも異常な事に変わりはない。
おまけに一瞬ではあるがジョゼの裸体を見てしまった....(後ろを向いていてくれた事が救いだ)
そして、自分自身も腰にタオルを巻いていて心から良かったと安堵する。
「あの、私.....機材の整備をしていて...気付いたら随分遅い時間になってて...それで入浴しようと思ったら誰かがもうお湯を捨ててしまっていたみたいだから....」
「それで.....男性用の方に....?いくらなんでもそれは....」
「こ、こんな時間だから誰もいないと思ったんだ.....本当にごめんなさい....」
僕はひとつ溜め息を吐き、明後日の方向に視線を向けて眼前の光景を見ない様にした。
しかし、心のどこかで彼女の方をじっくりと眺めたいと叫ぶ自分がいる事も事実である...。
駄目だ。ジョゼは大事な可愛い妹みたいな存在なのだ。決してそんなやましい事は考えていない...。本当に。
......とにかくこの子は.....危機感が無さ過ぎる.....。
もしここにいるのが自分では無かったらどうなっていたのだろう.....
それを考えただけでぞっとした。
「......僕は今....結構怒ってるよ.....?」
「う、うん.....」
「常々君にはこういう事に気をつける様に言っているだろう!本当にもう....!」
「ごめんなさい......」
「とにかく話はあとでゆっくりしよう.....。僕は先にあがっているから、少し間を開けて君も出ておいで」
「え、それは駄目だよ....」
「.......え?」
「だってマルコはまだお湯に浸かっていないでしょう?そんな状態であがったら湯冷めをしてしまうよ....」
「でも....それは...どうしようも無いだろう」
「.....ちょっと待っていてね」
すっと視界の端の肌色が移動する。何をしているのだろう....。
「マルコ、こっちを向いて」
「えっ....!?」
「もう大丈夫だから....」
.......一体何が大丈夫だと言うのだ。
絶対に見てはいけないと言う理性と、彼女の許可も下りたし別に良いだろうと囁く本能が衝突した結果.....理性が負けた。
もうどうにでもなればいいと、ゆっくりジョゼの方へ視線を向ける。
「ね、大丈夫でしょう」
タオルを巻いた彼女がこちらを見ながら淡く微笑んだ。
.....大丈夫なのだが、大丈夫でない。
普段は妹の様に接しているけれど.....ジョゼはちゃんと女性なのだ。
その事を水分を吸って肌に張り付くタオルがまざまざと見せつけてくる。
「本当ならタオルは湯船に持ち込んではいけないけれど...きっと私たちが最後だから構わないよね....」
ジョゼがタオルの裾を少し持ち上げてみせる。
.....そういえば彼女の腿を直に見るのは初めてだ。普段露出している部分よりも更に白い。
ほんのり上気して、血管がうすく透けて見えるのが生々しかった。
「マルコ、一緒に入ろう」
ジョゼは僕の方へ手を差し伸べる。
.....僕は、彼女に男として見られていないのだろうか。
固まる僕を見ながら少し首を傾げるジョゼは....浴室で鉢合わすという非日常の中でも変わらず安心しきって僕と相対している。
もしもの事を....考えていないのか?.....距離が近過ぎるのが、良くなかったのかもしれない....。
彼女にとって僕はジャンとそこまで変わらない存在なのだ。
その事はとても嬉しいが.....今は....それ以上に苦しい....。
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