いつか見る空 | ナノ
「.......まったく......」


マルコは溜め息とともに地面に転がる物体を見た。

そこにはご存知ジャン・キルシュタインの双子の妹、ジョゼが気持ち良さそうに寝息を立てている。


本日は天気も良く、訓練も午前で終了となった為、絶好の昼寝日和と言えよう....。

しかし、現在ジョゼが根元で体を丸める様にして横になっている杉の大木は訓練場から歩いてすぐの場所だ。

何者が訪れるとも分からないのに.........誰かにこんな姿を見られた時の事を考えて恥ずかしくならないのか...?一応年頃の女の子なのに...。

地面に直接寝転がっている事も問題があると思う。顔が汚れるじゃないか....



日頃あれだけ女子としての恥じらいを持つ様に口を酸っぱくして言っているのに....

何でこう、この子はどこか抜けているのだろう。

男兄弟しかいなかった所為か?ジャンの所為なのか?うん、ジャンの所為だ。

.....大体ジャンは常日頃から言葉遣いも悪くて...彼の振る舞いはジョゼに悪影響ばかり与える。

一回兄妹まとめて説教しないと....。


......でも....気持ち良さそうに寝てるな....。

ここは木陰が丁度良く日の光を遮ってくれて、確かに眠くなってくるのも分かる。

彼女の隣に腰掛けて樹の幹に背を預けると、予想以上にこの場所が心地よくて驚いた。


この感覚....何だろうな.....。

あ、そうか....公園で野良猫が昼寝しているのを見つけた時の何とも言えない感覚に似ている。

ジョゼは懐こい野良に似ていると思う。....何だかこちらも放っておけなくなってしまう。


柔らかいグレーの髪を撫でると、光を充分吸収していたそれは温かく、彼女は何処かこそばゆそうに身をよじる。


(可愛いなぁ.....)


さっきまで彼女に少しだけ怒っていた事も、天気に絆されたのか自然と忘れて優しい気持ちになってくる。

それになんだか....僕も眠くなってきた....


(いけない....)


彼女に説教をする気満々だったのに、これじゃあミイラ取りがミイラになる様なものだ....。

しかし気持ちに逆らう様に目蓋はどんどん降りて来る。

優しい緑の匂いを連れて風がもう一度吹いた時、僕の意識は完全に眠りの中に持って行かれてしまった。








柔らかな日差しの中、ジョゼはゆっくりと目を開けた。

随分と気持ちよく寝ていた気がする。


(ん.....)


体を起こして辺りを見回すと、何故かすぐ隣でマルコが眠り込んでいた。


(.........?)


マルコはどうしたのだろう....。
こんな所で眠り込んでしまう自分の様な迂闊な人間では無い筈なのだが....。


ジョゼはぼんやりとマルコの事を眺めた。こんなに長時間彼の事を観察したのは初めてかもしれない。


(マルコって不思議な人だなぁ....)


一緒に居ると....それだけで優しい気持ちになれる。

こうして見ているだけで....幸せな気持ちになれる。


(.....触りたい.....)


頬にそっと触れる。自分より少し体温の高い彼の皮膚は、思ったよりすべらかだった。

もう少し近付いて彼の顔を観察する。

彼の特徴と言える雀斑。可愛らしくて好きだ。睫毛は男の人なのに少し長かった。

兄とはまた違う穏やかな顔。優しい表情をいつも浮かべていて....


見つめていると、何だか胸が苦しくなってくる。

....何だろう...幸せなのに...凄く辛い。

ひとつ溜め息をついて、頭を撫でる。そのままそっと手を離そうとしたが、それは敵わなかった。


「え....」

今まで気持ち良さそうに眠っていた人物がやや眉を寄せて自分の腕を掴んでいる。

.....何だか嫌な予感がする。


「マルコ、おはよう....」

ひとまず挨拶をしてみる。しかし彼はじとりとした顔でこちらを見つめるばかりだ。


「......僕は....君に怒っているんだ....。」

......嫌な予感が的中した。彼は現在説教モードだ。

「前から女子としての恥じらいを持つ様に言っているだろう...?」

.......出た。この話題になるとマルコは小姑ばりにうるさくなる。ジョゼは頭を抱えたくなった。

「それをいつ人が来るとも分からない所で眠り込んで...。おまけに地面に直接....!」

「....でもここは芝生が多いから土は体に付かな「口答えしない!」

ぺしりと額が叩かれる。.....別に寝ている所くらい人に見られても良いんだけどなぁ...

「というかマルコも寝ていたじゃない....それで怒られてもあんまり説得力無いよ....」

「....僕は男だから良いんだよ....」

「男女同権を主張する....。」

「屁理屈言わない!とにかく君は駄目....!」

「屁理屈はマルコの方じゃない....」

またしても額を叩こうとする彼の手を受け止めてジョゼは呟く。

「ねえマルコ.....私はまだ眠たいんだ....」

ジョゼはマルコの隣に座り直して幹によりかかる。

マルコは攻撃を止められた事に少しショックを受けている様だ。


「もう少し、一緒に寝よう。」


先程受け止めた彼の腕にゆっくりと手を回す。

....やっぱり、彼に触れているだけで私は優しい気持ちになれる。


「ね」と彼の方をもう一度見れば、何とも言えない表情をしている。


「どうしたの」

「もう....もう良いよ...。今日は諦めるよ....」

「......?それは良かった」


彼は形容し難い声で唸ったあと、ふて寝とばかりに目を閉じてしまう。

ジョゼは何だか彼のその仕草を可愛らしく感じてしまい、くすりと小さく笑った。


「おやすみ、マルコ」


ジョゼは一言呟くと、自分もそっと目を閉じた。隣の優しい温もりに頭を預けながら....








(まったく.....)


ジャンは木陰で仲良く身を寄せ合って眠る二人を見下ろしていた。


(......いい雰囲気醸してんじゃねーよ....)


二人の姿が見えなくて、心配して探しに来てみればこれだ。


「.....起きたら二人まとめて説教だな....」


そう呟いて、ジョゼの空いている方の隣に腰掛ける。

ここまで気持ち良さそうだと、起こすのも可哀想だ。起きるのを少し待つとしよう。

(あぁ....でも確かにここは気持ちよくて眠くなるな....)

ジャンはゆっくりとジョゼの肩に頭を預ける。


.......こうして、二体目のミイラ取りのミイラが出来上がった。


数十分後、杉の樹の下では自分のジャケットに盛大によだれを垂らして眠るジャンの姿を見つめながら、しきりにこの兄はどこから湧いたんだ?と首を傾げるジョゼの姿があったという....。



ぷろぐれむ様のリクエストより。
訓練場で寝ているときにマルコがきて君は女性なんだからと説教されるで書かせて頂きました。


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