「.....私って、どんな人でしたか....」
2年生の教室でアニとベルトルトにジョゼは質問をした。
「.....今とそこまで変わらないよ」
少し考えた後、アニが答える。
「何かもう少し手掛かりになりそうな事は教えて頂けないでしょうか....」
「うーん、僕の妹だったよ。ほら、お兄さんだよー」
「それだけは無いから安心しな」
アニのローキックがベルトルトの向こう脛に炸裂した。何とも言えない声が彼の口から漏れる。
「.....何か今と違う所があるなら直そうと思ったのですが....どうなんでしょう...」
ジョゼの瞳が不安そうに少しだけ揺れた。
アニはひとつ溜め息をつくと自分より高い所にあるジョゼの頭をぽんと軽く叩く。
「直す必要は無いよ....あんたはそのままでいれば良い.....
まぁ強いて言えばそういう情けない顔するのをやめな。」
「.....ありがとうございます。アニさん....」
「あとその口調だね。気持ち悪いから早く直してよ。」
「.....善処します....」
そう言ってジョゼは曖昧に微笑んだ。
アニの優しさとベルトルトの不思議さ?に触れて少し心が和らいだが、未だに過去への手掛かりはさっぱりだ。
*
「私ってどういう人でしたか?」
昼食時にエレン、ミカサ、アルミンにも同様の質問をしてみる。
「字が下手だったな!」
最初にエレンがずばりと言う。......それは今でも変わっていません....。
「いや、下手とかそういうレベルじゃなかったよ!あれはもうジョゼとジャンしか読めない暗号みたいなもんだよ.....!」
アルミンがサンドイッチに手を伸ばしながらそれに付け足す。
......私の字はそんなにひどいのか.....。
「あと、とにかく顔が怖い。」
「うん、怖かったね。そして今も。」
「.....顔が怖く無いジョゼなんてジョゼじゃない....」
........三人揃って言わなくても......
「....それよりジョゼ....。さっきから全然食べてない....。どうしたの」
ミカサがジョゼの弁当を見ながら指摘した。
確かにエレン達三人が半分以上食べ進めているのに対して、ジョゼ弁当の中身はほぼ手つかずのまま残っている。
「あれ....おかしいな...」
ジョゼが今気が付いた様に自分の弁当に目をやった。
「.....色々気に病んでるみたいだからね....ぼーっとしちゃうのも無理は無いよ...」
アルミンが少し心配そうに微笑んだ。
「何で気に病む必要があるんだよ?忘れちまったもんは仕方ねーだろ」
別に今のままでも良いじゃねーか、とエレンは最後の唐揚げに箸を突き立てながら言う。
「そうですか.....?私は早く思い出したいです.....。」
ジョゼは静かに目を伏せながら弁当の蓋を閉じた。....あまり食欲は無かった。
「ん....まぁ何が言いたいかっていうとな....思い出せなくてもオレ達はみんなジョゼが好きだから....安心しろって事だよ....」
エレンがやや照れた様に呟く。彼の弁当箱の中は綺麗に空になっていた。
「まぁ思い出したいって思うのも無理はないよ....特にマルコとかは随分ショックを受けてたみたいだし....」
マルコ。この三文字を聞いただけで全身が粟立つのが分かる。
......あぁ....。私は彼をとても傷付けてしまった....どうすれば.....。
「.....マルコの話なんかどうでも良い。どんなジョゼでもジョゼである事に変わりはない。
それが分からない奴の事なんか放っておけば良い」
ミカサは卵焼きにぶすりと箸を突き立てた。
「第一あいつは....いっつもジョゼの事を嫌らしい目で見て....それが昔から気に入らなかった....」
彼女の周りを不穏な空気が取り巻き始める。
「.....マルコの気持ちもね...まぁ分からなくは無いよ....。
でも、それがジョゼの負担になってしまうのは嫌だからね。
だから今は無理に思い出そうとしなくても大丈夫だよ」
気長に待ってるよ、とアルミンは笑った。
*
弁当を食べ終わり、三人のいる教室から自分のクラスへと帰る廊下で、前方から見知った雀斑の青年が歩いてくるのが目に入った。
「あ、マルコく....」
しかし、その言葉は続かなかった。
彼はふいと視線を背けると、そのまままるでジョゼが居ないかの様に脇を通り抜けて行ってしまった。
ジョゼの胸に鈍い痛みが走る。
そう.....、あの日からずっと私たちはこんな調子なのだ。
でも、これはかつて私がマルコ君にしてしまっていた事でもある....。
痛い......
......私は....こんなにも心が痛む事を....貴方に.....
ごめんなさい......。本当にごめんなさい.....。
心臓が浅く波打ち、背骨と胃がきりきりと痛む。
昼食を全然食べていないのにも関わらず、激しい吐き気に襲われて、ジョゼはトイレに駆け込んだ。
*
「はい、ここテストに出るからちゃんと聞いておけよー」
五限目が始まっても気分の悪さは持ち直さず、ジョゼはぐるぐると思考が定まらない頭で授業を受けていた。
気持ち悪い....頭が痛い....お腹がきりきりする.....
迫り来る悪寒を押さえる様に口元に手を当てて教師の言葉に耳を傾ける。
しかし内容は全く頭に入って来ない......
隣の席の机の下で携帯電話をいじっていた女子生徒が、ふとそんなジョゼの様子をちらりと見る。
ただ事ではない彼女の顔色に少しぎょっとした様な表情をすると、高らかにネイルで彩られた爪がついた手を挙げた。
「せんせーぇ。キルシュタインさんが死にそうな顔色なんで、保健室連れてってあげていーですか。」
彼女の言葉は静まり返った教室に良く響いた。
生徒達が皆一斉に彼女の事を見る。勿論当のジョゼもいきなりの出来事に隣の女生徒を見つめた。
「本当かぁ?お前がサボりたいだけじゃ無いだろうな」
教師が少しおどけながら聞く。教室にちょっとした笑いが起こった。
「本当ですってー。ほら、行こうよ。隣で吐かれちゃっても困るし」
彼女はそれを聞き流すと、状況を未だ理解していないジョゼの腕を掴んでそのまま立たせる。
ぐったりとして抵抗する気力の無かったジョゼは彼女にされるがまま教室の出口へと向かった。
その時、視界の端にちらりとマルコの顔がかすめる。
....また目を逸らされるのが怖くて、その表情までは見る事が出来なかった。
心配してくれたかな....それとも.......
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