「やられてしまったよ.....」
眉をしかめながらジョゼが宿舎に駆け込んで来た。
外は激しく雨が降りしきっている。その体はびしょ濡れだった。
「ジョゼ、濡れ鼠じゃないか。こんな時間まで外で何をしていたんだい?」
丁度その場に居たマルコが問う。
時刻は夕食前である。普通なら全員宿舎の中に居て雨は凌げた筈だ。
「立体起動装置の調子がおかしくて...倉庫で整備をしていたら遂.....」
「あぁ.....君は集中すると周りが見えなくなるタイプだからな....」
困ったものだ、とマルコは苦笑する。
「.....くしゅ」
その時、小さな破裂音がジョゼの口から飛び出した。
彼女は現在頭からつま先まで水を被っている。くしゃみをするのも無理はない。
「今タオルが丁度畳まれて食堂にある所だよ。早く行った方がいいね。」
マルコが心配そうに言った。
洗濯を終えたタオルは係の者が男女それぞれの寮に持ち帰るまでまとめて食堂に置かれるのである。
「まぁ、とりあえずはジャケット脱いだら?」
水を吸った重たそうなジャケットがジョゼの体温をどんどん下げているのだろう。
早い所他の服も着替えた方が良さそうだ。
「.....うん、そうだね」
促されてジョゼはジャケットを脱いだ。
案の定ジャケットはぴったりと肌に張り付いてとても脱ぎにくそうだ。
「.....ふう。」
四苦八苦してジャケットを脱いだジョゼは濡れそぼったグレーの髪を掻き上げた。
普段柔らかくふわふわと彼女の顔の周りを縁取る髪はぺたりと肌に張り付き、何とも言えない艶っぽさを演出している。
というかそれ以前に.....
「.......ジョゼ.....ごめん...やっぱりジャケット着て....」
「......?え....嫌だけれど....冷たいし....」
はー、本当にびしょ濡れだ....とぼやきながらジョゼは食堂に向かい始める。
「ちょ、ちょっと待つんだ.....!!」
しかしその歩みはマルコに肩をつかまれて止まった。
「......どうしたの....マルコ。君、何か変だ....」
ジョゼが訝しげに振り返る。
しかしマルコはその視線を合わそうとしてくれない。
不思議に思ってその顔を見つめているとだんだんと頬が朱色に染まって行く。
「マルコ.....顔が....」
「ジョゼっ!」
唐突に名前を呼ばれてびくりとする。
彼は自分の着ていたジャケットを手早く脱ぐといつぞやの様にジョゼの体に被せた。
「そのまま、僕がここに帰ってくるまで指一本たりとも動かさない!いいね!?」
なんだかすごい迫力で迫られてしまい、ジョゼは首を縦に振るしか無かった。
*
(何だってあの子はいつだってあぁ無防備なんだ....っ!)
マルコは廊下を疾走していた。
とりあえず体を動かす事で雑念を払おうと努める。
(だって.....でないと.....思い出してしまう......!)
彼女はあまり女性らしいものは好まない様に思えたけれど、下着にはシンプルなレースが施されていた事だとか.....
普段服の下に隠されていたものが思ったよりも大きめだった事とか....
ぴったりと肌に張り付いた白いブラウスから透ける肌色だとか.....!
(駄目だ....あの子はジャンの妹で....それで僕も妹みたいにかわいく思えて....)
まさか水を吸った服によって描かれた姿態ひとつでこんなにも心を揺さぶられてしまうなんて....!
*
マルコのジャケットを被ってぼんやりと玄関口に佇んでいると、行きと同じ様に疾走しながらマルコが帰って来た。その手の中には白いタオルが数枚あった。
(元気良いな....なんか良い事あったのかな....)
半分正解で半分ハズレである。
「.....タオルわざわざ取って来てくれたの....?
それ位自分で行くのに....ありが」
謝辞を述べ様とした瞬間にぶわりとタオルを頭からかけられてそのまま頭をやわやわと拭かれた。
「マ、マルコ....それ位自分でやるよ....大丈夫....」
何だか気恥ずかしくてそう言うと、背後から溜め息が聞こえた。
「ジョゼ.....君にこれを言うのは二回目だけれど.....」
マルコは随分呆れた様な声色をしている。
「君には恥じらいというのは無いのかい!!」
「あだっ」
その声とともにジョゼの頭に触れる手に力が込められてがしがしと髪を拭かれた。.....痛い。
「は、恥じらい.....?」
「この前で懲りずに今度はこんなに濡れ鼠になって!」
「....濡れ鼠になったのは私の所為じゃないよ....」
「それは分かってる!そのままの格好で平気で食堂へ向かおうとした事が問題なんだよ....
今は夕飯前だよ?食堂にどれだけ人が集まってると思ってるの....!」
「でも食堂に行かないとタオルが....」
「おまけに平然とジャケットを脱ぎ出すし.....!」
「....それは君が脱げと....」
「口答えしない!」
「っで!」
再び手に力がこめられる。
.....マルコは時々こうやって理不尽で乱暴になるのだ。困ったものである。
「困ったものは君だよ!」
「!?」
心を読まれた!?
「あぁ、もう本当に、何と言うか.....君と居るとただでさえたまらないのに....
これ以上揺さぶりをかけないでくれ....」
マルコの語尾は弱々しく消えて行く。
ジョゼは肩に温かな重みを感じた。恐らくマルコがその頭を乗せてきているのだろう。
「マルコ....」
ジョゼは急に不安になる。自分は彼を気付かぬ内に傷付けてしまったのではないか....
「マ、マルコごめん.....」
ジョゼは体の向きを変えてマルコへと向き直る。その頭上にあったタオルはぱさりと足下に落ちた。
「....私はいつも配慮が足りなくて君を困らせてしまうね....。
どうか君が困っている理由を教えてくれないか....
何かしてしまったのなら、私は君に謝りたい.....!」
ジョゼに真っ直ぐに見つめられてマルコは思わず目を反らす。
....こんなに澄んだ瞳で見られてしまっては、自分のやましい下心など口が裂けても言う事が出来ない。
「い、いや...良いんだ.....ぼ、僕の方こそ....君は悪く無いよ....」
消え入りそうな声で言う。何だか自分がすごく汚らわしい人間の様に思えてきてしまった。
「本当に.....?」
ジョゼは未だ心配そうにマルコの顔を覗き込む。その手はしっかりとマルコの両手を握りしめていた。
.....距離が近い。
「.....本当、だから....」
だから離してくれ......!これ以上は本当に困る......!
マルコの言葉に、ようやくジョゼはほっとした様にその手を離す。
「.....よかった」
淡く笑うと、足下に落ちていたタオルを拾い上げてジョゼは宿舎の中へと歩き出した。
「マルコ、タオルをわざわざありがとう。今度何かお返しをするね」
ぼんやりとしていたマルコにジョゼが声を投げかける。
そこでようやくマルコの思考は現実に戻って来る.....そして非常にまずい事に気がついた。
「ジョゼ!ちょっと待って!!そのままの格好で宿舎の中へは.....
うわ、ちょ、ちょっとコニー!見るなーっ!」
マルコ・ボット訓練兵の気苦労は絶えない。
蜜柑様のリクエストより。
水かぶってシャツが透けてるのにも構わず食堂へ行くのを止めようとするマルコで書かせて頂きました。
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