外へ飛び出したジョゼはとりあえず静かな所を探して訓練場にまで逃げて来ていた。
(.....大変な事になってしまった....)
今日の様な押し問答をこれからずっと続ける事になると思うと頭が痛い。
(.....私は兄さんの力になれれば顔がどうであろうと関係無いんだけどな.....)
ぼんやりと歩いていると大きな杉が一本生えている小高い丘に出た。その葉を微かに揺らす涼しい風が心地良く辺りに吹いている。
(こんな所があったんだ....)
ようやく落ち着ける場所を見つける事ができてジョゼはほっとする。
とりあえず騒ぎが収まるまでここに居ようと思い、杉の木の根元に近寄ってみるとそこにはすでに先客がいた。
「......こんにちは。」
目が合ってしまったので、麗しい金髪の女性――アニにとりあえず挨拶をした。
「......?見ない顔だね....」
彼女が訝しげに尋ねる。
「そんな事無いよ....。まぁ気にしないで」
「.....そう」
彼女は興味が無さそうに持っていた本に再び目を落とす。
ひどい騒ぎの渦中にいたジョゼにとってその反応はどこか落ち着けるものだった。
「ちょっと失礼するね.....」
ジョゼがアニの横に腰を下ろそうとすると彼女は――視線は本に固定されたままだったが――少し体をずらしてジョゼの為の場所を作ってくれた。
「.....ありがとう」
礼を述べたが彼女はまるで聞こえないかの様に振る舞う。
しかしジョゼはアニの先程の行動に優しい女性なんだなぁ、と感心してその横顔をまじまじと眺めた。
「.....何。私の顔に何か付いてるの」
アニが横目で軽くこちらを睨みつけてくる。
結構怖い顔だったがジョゼは鏡で嫌と言う程、更に怖い顔を見慣れているのでなんとも思わなかった。
「....ううん。君の傍は居心地が良いな、と思っただけ....」
「.....そんな事言う奴初めて見たよ....変な奴」
「......ひどいなぁ」
ジョゼはよいしょと小さく言って杉の幹によりかかった。
ざらざらとしているそれは日の光を受けていた所為か仄かに温かい。
葉の隙間から零れる光が緩やかに二人を照らしていた。
「.....素敵な場所」
ジョゼの微かな声は淡くそよいでいた風の中に消えて行った。
しばらく二人は無言で思い思いの時を過ごした。
アニはひたすら手持ちの本を読みふけり、ジョゼは遥か彼方の山々と空の境目をじっと見つめていた。
言葉が無い事で場の空気が重くなる事はなく、むしろ口数が多く無い二人にとっては何となく安心できる雰囲気が互いの間に漂っていた。
「......ねぇ」
アニが相変わらず本を見つめながらジョゼに声をかけた。
「ん?どうしたの」
「.....あんた、名前何て言うの」
「.......。」
ジョゼは真実を告げるべきか迷った。....言っても信じてもらえる可能性はあまり高く無い。
「.......秘密だよ」
とりあえずそう言って微笑んでみせた。
「.....何それ」
アニが再びこちらを軽く睨みながらそう言う。ジョゼはその鋭い視線をするりと交わした。
「でも私は....もっと早くにアニとこうして過ごしたかったな....君の傍は落ち着く...」
アニはその言葉に半ば呆れた様に溜め息を吐く。
「あんた、本当に誰なの....」
「.....それは内緒...でもアニがここにいるのを見つけたら...また来ても良い...?」
「良い、けど....」
「本当....?迷惑じゃない....?」
ジョゼはアニの目を真っ直ぐ見つめながら問う。
アニは澄んだその瞳を何故か直視する事ができなくなってしまい、思わず目を逸らした。
「......迷惑じゃない」
小さな声でそう告げるアニの声を聞いてジョゼはほっとした様に頷いた。
「.....じゃあ、また来るよアニ....それじゃあね....」
ジョゼはゆっくりと立ち上がってその場を後にする。
最後に呆然と自分を見送るアニにもう一度振り返って手を振る事を忘れずに....
*
「あれ、ジョゼじゃねえか。朝から見かけなかったからどうしたのかと思ったぜ」
「エレン....」
「寝坊したのか?朝食食べれてないんだろう....取っといてやったぞ、ほら」
「うわ」
パンを唐突にひょいと放り投げられてジョゼは驚きつつもそれを受け取った。
「あ、ありがとう....」
「いーって。それより訓練まであんまり時間無えぞ。早く食わねぇと....」
エレンは普段と何ら変わりなくジョゼに接してくれる。
顔が戻ったのか....?と思ったが窓ガラスに映った自分の顔を確認してそれは違うと分かった。
「エレン.....今日の私....いつもと違くない.....?」
不思議に思ってエレンに尋ねる。
エレンはジョゼの発言から、頭上に疑問符を浮かべながらジョゼの顔から始まり、頭から爪先までまじまじと見つめた。
あまりに熱心に見られたのでジョゼは顔に微かに熱が集まっていくのを感じてしまう。
「......あぁ!」
しばらくして漸くエレンが納得した様に手をぽんと打ち合わせた。
そしておもむろにジョゼの頭上に掌を持って行き、その柔らかい髪を撫で付けた。
「寝癖。結構ひどかったぞ」
最後に仕上げとばかりに頭髪全体をわしゃわしゃと掻き回す。
....それじゃあ直してくれた意味が無いじゃない....
(でも.....)
「エレンは....私の事が分かってくれるんだね....」
ジョゼは頭をエレンに撫でられながら嬉しそうに言った。
「....は?お前はお前だろう...?」
エレンは訳が分からない、という風に答える。
「ううん...。何でも無い....。ありがとう、エレン」
「.....?お、おう」
その後、パンを食べ終わったジョゼはエレンと二人で仲良く訓練場に向かった。
*
「......あれ本当にジョゼなの....?」
訓練の最中、ジョゼを見つめながらマルコがジャンに尋ねた。
「おう....。」
「....なんで...?」
「いや、オレも知らねーよ。....というかマルコ、お前なんか機嫌悪いな...どうした?」
「当たり前だよ....!あれじゃあ皆がジョゼが実は可愛いって事に気付いちゃうじゃないか!」
「......は?」
「ジョゼは顔が怖いだけがネックな女性だって君も知ってるだろう?」
「......あ、あぁ」
「彼女が可愛いってことを知ってるのは僕と君、その他少数だけで充分なんだ....
見ろよ、外見に騙された馬鹿がどんどん寄って来ている...」
「......お前....何かキャラ違うぞ...怖えよ...」
*
「だから、グレーの髪で目は大きめ....それで割と優しい感じの顔....分からない?」
その日の夜、あまり人目の付かない物置付近にアニはライナーとベルトルトを呼び出していた。
「.....知らないなぁ...」
ベルトルトが興味無さげに答えた。
「いや、俺も今朝その外見の特徴に共通する女性に声をかけられたんだが....
咄嗟の事だったんでな...何も分からずじまいだ。」
ライナーが腕を組んで考え込む仕草をする。
「大体何人訓練兵がいると思っているのさ....全員覚えている方が変だって....」
ベルトルトは溜め息を吐いた。.....早く寝たい....という心の声がだだ漏れである。
「....お前は覚えなさ過ぎだ....だが目立つ顔立ちではあったな。
あれは中々忘れられるものでは無いと思うんだが....」
「グレーの髪だったらジョゼもそうだよ....」
「....あんたは最近そればっかりだね....確かに雰囲気は似ていたけど。
でも顔が明らかに違った。あの女の凶悪な顔だったら絶対にそれだと分かるもの」
「....でもさ、君の隣で呑気に過ごすなんて図太い神経の持ち主はジョゼ位だと思うんだけどな」
「まぁあいつなら怖い顔は鏡で見慣れているからな。おっとすまん。アニ、お前の顔が怖いとは一言もぶへぁ!」
(.....確かに私はまだあまりジョゼとは話した事は無かった....もしかしたら近くで見てみると印象が違うのかも....いや...しかし....)
地面に沈み込んでいるライナーを尻目にアニは考え事を始めた。
「ねえアニ....僕もう眠いんだけどさ...帰って良い?」
ベルトルトが欠伸を噛み殺しながら言う。....本当にこいつは自分の興味を持った事以外はこれだ...
「良いけど.....これ持って帰ってね」
アニが顎でライナーを指す。
ベルトルトはいやだの三文字を浮き彫りにした様な顔をしたが、アニのひと睨みで大人しく瀕死のライナーを回収して男子寮への道を歩み始めた。
(ジョゼが.....?信じられない.....。でもまさか....本当に...?
しかし彼女はまたあの杉の木の下に訪れると言っていた.....あそこで待っていればあるいは....)
翌日から訓練場近くの杉の木に足繁く通うアニの姿が目撃される様になったという.....
苑様のリクエストより。
もしもクリスタなみに可愛かったらまわりの反応は?で書かせて頂きました。
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