(酷い目に合った.....)
教員室で入学早々こってり絞られたジャンはげんなりとしながら家路に付いていた。
(ん....?)
家の前に辿り着くと、ふと違和感を感じた。
辺りはもう薄暗いというのに、先に帰っている筈のジョゼの部屋に灯りが点いていないのだ。
(どっか出掛けてんのか...?)
ジャンはジョゼの行動を大体予想できるが、今回のパターンは全くもって謎だった。
(まぁ.....コンビニでも行ってんのかな)
あまり深く考えずに鍵を差し込んでドアを開けようとする....が、
(開いてる.....?)
鍵を回さなくても自宅のドアはがちゃりと乾いた音を立てて小さく開いた。
(......?ますます訳が分からねぇ)
ジョゼは用心深い性格の為、鍵の掛け忘れ等今までした事が無い。
怪しく思いながらもとりあえず家に入る事にした。ドアを思い切って大きく開け放つ。
「おいジョゼいるんなら鍵くらいぶっへぉ!」
その瞬間、ジャンの胸に凄まじい勢いで何かが飛び込んで来た。
突然の事にジャンは咳き込み、更にバランスを崩してドアを背にしてへたり込んでしまった。
「ジョゼ......!?」
胸に飛び込んで来た物体はジョゼだった。
玄関に座り込んでしまった自身の足の間にコンパクトに収まって胸の内に頭を寄せている。
更に制服を掴むその両手は震えていた。
.....ただ事では無い様子にジャンは少し焦りを感じる。
「おいジョゼ.....どうした?」
「.......。」
返事は無い。
「言ってくれなきゃ分かんねーよ....」
「........。」
石の様に口を閉ざす妹にジャンはやれやれとひとつ溜め息を吐いた。
「帰る時に何かあったのか.....?」
「.....も無い....」
「あ?」
「何も.....無かった.....」
ジョゼは精一杯声を絞り出してそう言った。
しかしその発言に反比例して制服を掴む手の力は強さを増し、声は震えていた。
「そうは見えねーけどな」
ジャンはジョゼの両肩を掴むとその体を起こさせて自分と目線を合わせた。
その目は涙こそ滲んでは居ないが、不安と焦りで一杯一杯になってしまっている。
「話してみろよ....聞いてやるから」
できるだけ優しく言ってみる。
ジョゼにこういう顔をされると、ジャンの胸もひどく痛むのだ。
もうジョゼも自分も.....向こうの世界で充分苦しんだ。だから....せめてここでは二人幸せに過ごしたい....
その為に、できるだけ自分が....こいつの不安を取り除いてやらなければ....
「ごめんなさい兄さん.....こんな事.....でも...本当に何も無かったの....」
ジョゼが消え入りそうな声で呟いた。
ジャンは黙ってそれに耳を傾ける。
「ただ.....マルコ君と一緒に帰って....そうしたら....理由は無いけれどとても悲しくなって....」
そこまで言うとジョゼはジャンの首筋にゆっくりと顔を埋めた。
肩にじんわりとした熱を感じる。恐らくジョゼが涙を流しているのだろう。
「マルコ君といると....すごく切なくて苦しい.....もうこんな思いはしたくないよ....
だから明日は.....兄さんと帰る.....。兄さんと帰るんだ.....」
(........。)
恐らくジョゼは記憶を取り戻す一歩手前だ。
しかし、以前と比べて少し臆病になってしまっているこいつはマルコを失った苦しみをもう一度思い出すのを怖がってあと一歩を踏み出せずにいるらしい。
こいつが記憶を取り戻せば.....マルコは勿論エレン、ミカサ、アルミン...更には上級生3人もとても喜ぶだろう....。
でもオレは....自分と一緒に帰ると言って泣くこの内向的な妹が....また外の世界に旅立って行ってしまうのを少し寂しく感じてしまう....
だが.....思い出せない記憶に苦しむこいつの姿を見るのはもっと辛い......
「そんな事言うな.....じゃあ明日は三人で...いや、エレン達も誘って皆で帰ろうぜ...」
未だに自分の首に顔を埋めるジョゼの背中に手を回して軽くさすってやる。
ジョゼは少し落ち着いたのか強張らせていた体の力を少し緩めた。
「兄さん....私はとても不安だよ....」
ジョゼも制服を掴んでいた手を離してジャンの体にそろそろと手を回した。
その手はまだ少し震えている。
「そうか.....。大丈夫だ...。オレも居るし....皆お前の味方だから....
もう....ここにはお前を苦しませるものは何も無いんだから.....」
ジャンはゆっくりと自分にも言い聞かせる様に言った。
「兄さん.....ごめんなさい....ありがとう.....」
ジョゼは吐息を吐く様に呟くとゆっくりと目を閉じた。
*
「アンタ達.....玄関で抱き合って何やってんの.....?」
「こいつが寝ちまって動けねーんだよ....」
「抱えて運んであげる位の甲斐性を見せなさいよ.....本当にアンタはもう.....!」
「..........。」
(抱きつかれたのが満更でもなくて動けなかったとは言えない.....)
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