(……………あ)
次の日、どうにも穏やかにならない気持ちと怠さを覚える身体と共にジョゼは過ごしていたが……
昼休み。いつも共に昼食をするマルコが早々に用事があると言って消えてしまった。
そうして偶然なのか予感してなのか、ジョゼは見つける。
…………少女はこちらに背を向けている為に顔は見えないが、知っている。同じクラスなので。
ジョゼにも優しくしてくれる数少ない人で、彼女のことは好きだった。気だてよく愛らしい顔立ちで………
(駄目、まるで相手にならない)
足下からぞわぞわとしたものが這い上がってくる。
吐き気がした。………勿論マルコを信じているが、不安な気持ちは容赦無く心を蝕む。
どうしようも出来ずにその様をぼんやりと見守るが……ふいにマルコが、自身より頭ひとつ分低い少女へと向けていた視線を逸らした。
ジョゼとマルコは、双方互いを見つめて固まる。
暫時して、ようやくジョゼの方が動いた。
その場にいることが苦しくてどうしても出来なくなったので、背を向けて去る。
…………自然と歩みを速めて、次第に走り出した。
すぐに背後からマルコの声がする。何を言っているのかはよく聞き取れないが、追いかけられるのが気配で分かる。
今捕まるわけにはいけないと思った。この意地汚い心持ちを悟られたくないと真実に願った。
昨晩よりずっと浅い拍動が早く刻まれていくのを感じる。
目頭から始まった熱が脳内に廻ってじんと痛み、身体全体が火照った。嫌な温度だ。堪らなく不快で耐えきれず、ひとつ涙が零れた。
やはり、後ろからはマルコが追いかけてくるのだろう。
普段なら分からないが今は身体がとても重くて上手く走れない。
追い付かれるのは時間の問題だったらしい。
腕を強く掴まれて、ジョゼは止まらざるを得なかった。振り払うような力も今の彼女には無かった。
呼吸が乱れて胸が刺されるように痛いので、その場で膝を折って踞る。
…………マルコは何事かを訴えたあとに叫んでジョゼの名前を呼んだが、彼女の具合が異常だと分かると……同じように膝をついて、視線の高さを合わせた。
「ジョゼ………。お前、身体すごく熱………」
そこでマルコはひとつ息を呑む。
泣いていることを気付かれたのだと理解して、ジョゼはもう我慢ができずに次々と涙を零した。頭はぼんやりして仕様が無いのに、悲しいという感情だけはハッキリしている。
それを眺めて、マルコは弱く笑った。
彼女を少しでも落ち着かせてやれるように背中をそっと擦る。それでもジョゼの涙が一向に止みそうにないので、やがて身体を抱いた。頼むから安心して欲しいと願いながら。
「……………いやだよ」
顔を掌で覆って、ジョゼはマルコの温かい眼差しを避けるようにする。
か細く漏らされた言葉はひどい痛切さが入り交じっていた。
「ごめん、マルコ……。だけど私はとても嫌なんだ。
君が他の女の子を好きになってしまうのだけは……ごめんね、でも嫌なんだ。すごく悲しくなる。」
ジョゼはマルコを腕の中で途切れ途切れに心情を吐露した。
いつの間にか、彼女の指先はマルコの白いシャツを強く握っている。
マルコは「……うん。」と相槌を打った。
それから「誰がジョゼ以外の子を好きなるって言ったんだ」と穏やかに付け加える。
「僕はね、ずーっと昔からジョゼだけが好きなんだよ」
しっかりと愛しい少女を抱いて言えば、淡い吐息が漏れていくのが聞こえた。
…………そうして、もっと泣いてしまっているらしい。けれどマルコはどうしてか満足だった。
不安なのは自分ばかりでないことが分かって、愛されていることをしみじみと感じたからか。
いつもより幾分熱いジョゼの身体は、浅い鼓動と呼吸の度に弱々しく膨らんだ。
不器用な子で、本当にかわいい子と思う。
ずっとずっと想い続けて良かったと、これだけで充分に思うことができた。
*
「……………間違え。」
保健室のベッドに横たわったままで、ジョゼはマルコの言葉を繰り返した。
「そう。
気持ちを大いに揉んでくれたお前には悪いんだけれど、あの手紙は僕の靴箱の丁度上の奴へ宛てたものだったんだよ……」
マルコは傍らの椅子に腰掛けては肩をちょっと竦める。
…………ジョゼは一気に気持ちが緩んだらしく、言葉にならない呻き声を上げた。
「まあ……僕が躊躇してすぐに封筒を開けなかった所為で、少し事態がややこしくなっちゃったんだけれどね。
さっき手紙は彼女に返したよ。今度こそ、きちんと想い人のところに届く筈だ。」
「……………そう………。」
「ジョゼ、ご苦労様だったな」
「ほんとに………。」
でも……まあ。杞憂で良かったよ。とジョゼは呟いた。
僕も良かった、とマルコが微笑む。……なにが、と彼女が尋ねるがそれに対する答えは無かった。
「………ジョゼ。次の休みにどこか行こうか。」
少しの沈黙の後、まだ少しの温度を持った恋人の頬に掌で触れながらマルコが話かける。
ジョゼは迷うことなく頷いた。
「大分過ごしやすくなったからね……。どこか行きたいところはあるか」
「観覧車に乗りたいかも……」
「お前はほんと好きだなあ。」
「うん好きだよ。でもマルコといれたらどこだって楽しいから、どこでも」
「いや……。いいよ、観覧車に乗ろう。」
頬にやっていた掌を頭髪へとゆっくり移動させ、撫でた。こそばゆそうにされると、彼の気持ちもどこかくすぐったくなった。
「………六限終ったら迎えにくるよ。一緒に帰ろう。」
「うん…そうだね。」
ジョゼがそっと目を細めるのがマルコには堪らなかった。
ひどく我慢がならなくて、覆い被さるようにして距離を縮める。……何をされるか察した彼女が少々身構えるようにするが、抵抗を優しく去なして行為に至った。
マルコの心中にはやがて、もっと。という気持ちが起こる。
彼女が切なそうに自身の掌を握り返すので、より不思議な気分になっていった。
(でも……………)
離れて、またあとで。と笑う。
ジョゼは非常に情けない表情をしてそれに応えた。
保健室を後にして、扉を閉めると……マルコは色々な気持ちから思わず唸り声をあげた。
駄目だ、あれは。本当に………なんて。
(でも、良い。)
気持ちを抑える為に自身の両頬を軽く打って歩き出す。
今日も良い天気で、窓の外では青い空がゆっくりと雲を運んでいた。
(この気持ちは、大事にしていくって決めているから。)
それに時間は沢山ある。もう片思いじゃない。愛し合って、これからも生きていけるから。
しかし彼も健全な青少年であることは事実である。
マルコは心の片隅にある……少々惜しかったかもしれないという気持ちには気が付かないふりをして、歩みを少しだけ速めた。
結月様のリクエストより
マルコが女子からラブレターを貰う。ヤキモチを焼く。で書かせて頂きました。
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