入学式を終えると早速自分のクラスへと向かう事になった。
ジョゼはジャンと一緒にいたかったが、双子なのでどうしてもクラスは別れてしまう。
少し不安になりながらもジョゼは慣れない校舎を人の流れに紛れながら歩き始めた。
(うわあ、あの人たち大きいなぁ....)
前方から二人の男性がのんびりと歩いて来る。
普通なら何も考えずに通り過ぎるのだが、彼等の高校生とは思えない規格外の身長の高さにまじまじと見入ってしまった。
その時、黒髪の方の男性とばっちりと目が合ってしまう。
(.....いけない....ジロジロ見てしまった....!失礼だったな....)
見つめていたのがバレてしまった事に気まずさを覚えて、ジョゼは思わず目をそらした。
そして何事も無い風を装ってその場を去ろうとした......が、
「何で無視するの」
がっちりと黒髪の彼に手を掴まれてしまってその場を動けなかった。
「.....?む、無視....?」
話が全く見えない。そもそも話しかけられていない。
「ベルトルト、離してやれ。久しぶりなんだから仕方無いだろう。」
金髪の男性が仲裁に入ってくれた。.....しかしその発言内容が気になる。
「久しぶり.....?申し訳ありません....。どこかでお会いした事がありましたか....」
ジョゼは失言が無い様に恐る恐る尋ねた。
何しろ二人とも身長が180cmを越えているんじゃないかと思う程大きい。
普通より背が高いジョゼにとってはこんなに高くから見下ろされる経験というのはあまり無く、それだけでもう萎縮してしまう。
その.....何と言うか....怖い。
ジョゼの発言を受けて、二人はとても驚いた様子で何やら目配せをし合う。
黒髪のベル....ト....?とにかく黒髪さんに至っては穴があく程こちらを見つめたあと、やや屈んで目線を合わせて来た。
しばらく見つめ合った後、何を思ったのか彼はジョゼの頬を勢いよく左右に引っ張った。
「!?」
驚きのあまり声が出ない。
「何?ジョゼの癖に冗談でも言ってるの?でも残念、それすごくつまらないよ」
「じょ、冗談なんて一言も」
「それとも忘れてるのかな?相変わらず物忘れが激しいね。
僕がどれだけ君の頭に兵法講義を叩き込むのに苦労したのか思い出したよ」
「あ、謝りますから離して下さい...!ごめんなさい.....」
「いや、許さないね。僕の事忘れるなんて万死に値するよ。百万年禁固刑」
「ど、どこに?」
「僕の家」
「!?」
「やめてやりな」
大きな二人の背後から凛とした声が響いた。
黒髪の彼の手を顔から振り払って体の位置をずらすと、見目麗しい金髪の少女がすっくと立っているのが見えた。
ただ、やや小柄な為二人の体が邪魔でその姿がよく見えない。
「本当に....覚えていないのか....」
男性二人をかき分けながら彼女はこちらにやってくる。
細い金髪、青い瞳、白い肌、全てが透き通っていてガラス細工の様な繊細さを感じさせる顔立ちだ。
「.....貴方の様な美しい人、出会ったことがあるのなら忘れるはずありません....」
ジョゼは思わず彼女に見とれながら答えた。
その返答に女性は眉根を寄せて溜め息を吐く。
「いや、あんたは忘れている。.....何であんただけが忘れているのかは分からないが....
ベルトルト、気持ちは分かるが今はやめてやりな。彼女は本当に覚えていない。」
この子はこういう嘘を吐くタイプでは無いとあんたも知っている筈だ、とその腕を軽く叩きながら諌める。
「でも.....」しかし彼はまだ諦め切れない様子だ。
「ジョゼを大事に思うならやめてやりな。あんたの行動はこの子を混乱させるだけだ。」
女性は有無を言わさない口調でそう言い放つ。
黒髪の男性はようやく渋々とジョゼから体を離した。
「....改めて自己紹介すると....私はアニ・レオンハート。ここの2年生だ。」
ジョゼに向き直ったアニが手を差し伸べてくる。ジョゼは恐る恐るそれを握り返した。
「このデカい方が....とは言っても両方ともデカいが....黒髪の方がベルトルト。私と同じ2年生。」
ベルトルトが黒い瞳をちらとこちらに向ける。何だか全く納得が行っていない様な目付きだ。
「......で、金髪がライナー。彼は3年生だ。」
ライナーはまだ戸惑っている様子だったが、紹介されると安心させる様に笑って手を差し出してきてくれた。
握り返した時の分厚い皮膚の感触が、彼の男性らしさを物語っている様に感じる。
「あ、私は「ジョゼだろ。知ってる。」
ジョゼも自己紹介をしようと思ったが、それは遮られてしまう。
「どうして....私の名前を...」
「....状況はよく飲み込めないとは思うけれど....私たちはみんなあんたを知っていて、良く思っているから安心すると良い....。
....何かあったら頼りな。」
引き止めて悪かったね、とアニは男性二人を促して立ち去ろうとした。
しかしベルトルトが根が生えた様に頑として動こうとしなかったので、業を煮やしたアニは彼の足を思いっきり蹴飛ばした。
彼は口から形容し難い声を出してうずくまる。その隙にアニに指示されたライナーがその体を担ぎ上げた。
.....何と見事な連携プレイ.....
「ジョゼ」
去り際にライナーがジョゼの頭を軽く叩いた。そちらを見上げると優しく笑う彼と目が合う。
「お前が俺達を覚えていなくても....俺はジョゼにもう一度会えて嬉しい。
迷惑で無かったらまた会いに来ても構わないか?」
ジョゼは驚いた。
(私に....会いに.....)
そんな事を言ってもらえたのは初めてだった。
家族以外で初めて好意を示してもらえた瞬間かもしれない。
「わ、私なんかでよければ.....」
少し照れて俯きながらジョゼは答えた。物凄く嬉しかったのだ。
「随分自信無さげだな....俺の中のお前のイメージはもっとマイペースで適当だったんだが.....
ま、これ以上は言っても栓の無い事だ....。またな」
ごつごつした手でもう一度ジョゼの頭を撫でると、ライナーは瀕死のベルトルトを担ぎ直してアニと共に廊下の雑踏の中へと消えて行った。
ジョゼはしばらくぼんやりとしてその目立つ背中を見送った。
(兄さん以外の男の人に頭を撫でられたのは初めてかも....)
(も、もしかしたら....これって....友達になった...のかな?)
(だったら...嬉しいな....)
よく分からない出会い方だったが、彼等はどうやらジョゼに好意を持ってくれている様だ。
(人から好かれるって....温かいものなんだ....)
同学年を飛ばして先輩たちとまず友達になってしまった不思議な初日だったが、ジョゼの心はとても晴れやかだった。
自分のクラスへの道を思わず小さくスキップをしていくジョゼを、すれ違う人々は不思議そうに眺めた。
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