いつか見る空 | ナノ
ジョゼとの出会いは、初めてジャンとのいざこざがあった夜から数日後の技巧術の授業だった。



「えっと.....エレン...でいいのかな?今日の演習のペアは私とだから....」

そう話しかけて来るそいつは間違いなくオレが大嫌いなジャンだった。
しかし何故か態度がしおらしい上にカマくさい.....。

.....物凄く気持ち悪い。

訝しげな視線をじとりと向けていると奴は考え込む様な仕草をした。
おぉ、顔が邪悪だ。良からぬ事を考えているに違いない。

「.....勘違いしている様だけれど.....。私はジャンではないよ。」
こちらに視線を寄越しながら言う。睨んでくる様な鋭い瞳は間違いなくあいつと同じ物だ。

......何言ってるんだ?こいつ....。頭がおかしくなったのか....?それとも二重人格なのか....

「私は....彼の双子の妹のジョゼ。似ているけれど違うんだ....」

その言葉にオレは正直ぎょっとした。


え....だって.....

急いで胸元に視線をやって、ようやくそいつが女だと認識した。

あぁ、よく見ると顔もちゃんと女っぽいな....


「あいつ....妹なんていたのか.....。」
ぽつりと呟く。

正直性悪なあのジャンが妹と戯れている姿が全く想像できない。
......むしろ虐めまくっている姿の方が容易に思い浮かぶ。

「......お前も苦労してそうだな....」
なんとなく労いの言葉をかけてやった。

「おや...分かってくれる....?」
ジョゼが微かに苦笑する気配を感じる。あくまで気配で、実際の顔は相変わらず仏頂面なままだ。

.....こいつ....表情筋死んでんのか?


しかし話をした感じから悪い奴では無い事が分かった。

....ジャンみたいな奴が二人も居たらたまったもんじゃない。オレはほっと小さく息をついた。





「お前....ど器用だな....」

技巧術の演習中に分かったことだが、ジョゼの器用さは普通じゃない。

ピンセット無しでここまで作業が出来る奴は初めて見た。
恐らく技巧術だけなら今期トップクラスなんじゃ無かろうか。


「.....ありがとう。」
噛み合った歯車から眼を離さずにジョゼは答えた。

.....そして集中すると顔の怖さが更にヤバくなる。多分アルミンがこの場に居たら泣いてる。


対して少し離れたところにいるジョゼの兄貴のジャンは、血が繋がっているとは思えないレベルで苦労している様だ。

.....最初はそっくりだと思っていたこの兄妹、実は全然違う事に気付いてきた。


「しかし凄えな。別に家で予習とかしてきた訳じゃ無いんだろ?」

正確にかちりかちりと合わさるジョゼの手元の装置を眺めながら質問する。

「....うん、でも昔から機械は好きで....。時計屋さんに入り浸ってたりしたから.....。
あ、あとこういう細かくて面倒な作業は以前から兄さんによく押し付けられてて....得意になったのはそのお陰かも....。」
感謝しないと、とジョゼが微かに笑う。どこか悪戯っぽい微笑みだ。


......ふとジャンの方に視線を寄越すと、過去にジョゼに面倒事を押し付けていた皺寄せか、手元の歯車はまたしてもガラガラと音を立ててバラけてしまっていた。

その光景を眺めた後、なんとなくオレ達は顔を見合わせて笑った。



「ねえエレン.....」

今度はジョゼが歯車と格闘しているオレの脇から話しかけて来た。

「なんだ?」

「......兄さんとこの前揉めていたけれど....大丈夫だった....?」

「ん?あんなのどうって事ねーよ。」

「....そう、良かった....。あまり気にしないでね....。
なんというか...ナイフの様にとんがっているだけで本当は優しい人だから.....」

「......ナイフみたいな時点で優しい奴とは言わねえよ....」

「できれば....兄さんと仲良くしてあげて欲しいな....」

「はぁ!?」

ジョゼの言葉に思わず大きな声を出してしまった。
手の中の歯車がバラけ、周りの訓練兵が振り返ってこちらを見て来る。

「ご、ごめん。驚かすつもりは無かったんだ」
机の四方八方に転がって行くオレの機材の部品を大急ぎで拾い上げながらジョゼが謝る。

いや、別に謝らなくても良い...
そ、それよりも......オレが?ジャンと?....勘弁してくれ...!!


「な....何だってオレとジャンが.....」

震える声でそう尋ねる。

「......何でかな....。エレンと兄さん、相性がそんなに悪いとは思えないのだけれど....」

部品を回収し終えたジョゼはそれ等をきちんと種類ごとに分けて机の上に置いていく。

.....マメな奴だな....。


「いや、お前ちゃんと目付いてんのか?頭が足りないコニーでさえそうは思わない筈だぞ。」

教室の遠くの方でコニーがくしゃみをする音が聞こえた。

「うん、今はそれで良いよ....いずれ、ね。
兄さんも良い人では無いけれど....悪い人じゃ無いんだよ。そんなに嫌わないであげて....」

「.....あいつが悪くなけりゃ世の中の人類はほぼ善人だ....。」

「.....そうかもね」

また微かに笑う気配がする。

.....本当に表情に現れる前の気配で消えてしまう。それが少し残念だ。


「.....お前さぁ....良い奴なのに何でジャンの妹なんかしてんだよ....。」
溜め息をつきながら尋ねた。

それ以前にお前ら本当に兄妹なのか?似てんの顔だけじゃねえか....

「それは....双子に生まれてしまったからには仕方がないもの....」

「.....真面目に答えんなよ....そん位分かってるっての....
オレが聞きたいのは何であんな馬面...悪い、お前も似た様な顔だったな...に献身的に妹してんだって話だよ。
だって見るからにあいつは良い兄貴じゃねえだろ?」

「.....まあ確かに....兄さんは褒められた人間では無いし...素敵なお兄さんというわけでも無いかもしれないけれど....」

ジョゼは顎に手を当てながら四苦八苦機材の組み立てに挑んでいる兄の事を眺めた。

「.....でも私は兄さんの事が好きなんだよ....。」


(あ....)


そういうジョゼの表情は穏やかな微笑みが浮かべられていた。

今日の中で一番表情に変化が現れた瞬間かもしれない。


「何だろうね....嫌な事されても、ひどい事言われても....無条件で許せてしまう...。
家族ってそういうものじゃないかな....」
ね、とジョゼが再びオレの方に視線を戻した時、ジャンの手元の歯車は再び崩壊した。







その日の夕飯時、ひとつ向こうのテーブルに座るジャンとジョゼをぼんやりと眺めた。

基本的にジャンが喋り、ジョゼは傍らで相槌を打っている。

....九割方自慢のあいつの話をよくあれだけ忍耐を持って聞けるものだ....。


でも....ジョゼは楽しそうだ。よほどジャンの事が好きなのだろう。


「なぁアルミン.....オレが思うにジョゼはジャンに騙されていると思うんだよ....」
パンを齧りながらオレは正面に座るアルミンに話しかける。

「ジョゼ.....?どうしたの急に」
匙を口に運ぶ手を止めてアルミンは不思議そうに尋ねる。

「いや、あいつがよ....何でまたあの性悪に入れ込むのかさっぱり分からねえんだよ....」

「ふーん....僕はまだあの二人と話した事無いから良く分からないけれど....
端から見た感じじゃ確かに不思議と仲が良いみたいだよね....」
アルミンも首だけ動かしてジャンとジョゼの方を見る。

......あ、ジョゼのパンがジャンにひったくられた....。

「.....ジョゼが可哀想だろ...あれ。」

「うんまぁ、ね....。でも中々良いコンビだと僕は思うよ。」

「はぁ?お前眼球の変わりにドングリでも詰めてんのか?どう見てもジョゼが虐められてるじゃねぇか....」

「.....でもジャンもジョゼと居る時は不思議と穏やかなんだよね。
何も似た者同士だから上手くいく訳じゃないんだよ。....君とジャンみたいに。」

「オレとジャンは全然似てねえよ」

「......まぁ、あれだけ性格が違うから気が合うんじゃないかなぁ、あの兄妹は。」

「.....よく分かんねえな...」

「そうかな...。僕達だって性格はバラバラだけれど仲は良いだろう?」

「.....そういうもんかね....」


.....確かに言われてみるとジョゼといる時のジャンはいつもの様にあまりイライラしていないし、どこか優しい気がする。


何だか釈然としない気持ちのまま、オレは楽しそうに話す二人を見つめ続けた。

ジャンといる時だけ見せる、ジョゼのあの柔らかい笑顔....それが何故か胸をひどく締め付ける。

.....理由は分からないけれど....。


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