いつか見る空 | ナノ
「おぉおお......?」

朝、鏡を見ながらジョゼは何とも言えない声を上げた。

「えぇえ....?本当....どういう事.....?」


ジョゼの大きな身体的特徴のひとつとして、その凶悪な顔が上げられる。

その悪人面の所為で今まで数多の誤解と災難に苦しまされたのだが.....

昨日までは確かに馴染みの鋭い目付きを有した顔だった。しかし朝、目覚めると.....


「......顔が怖く無い.....」

つり上がっていた目が穏やかな曲線を描いており、ジャンに似てやや三白眼気味だった瞳も大きくなっていたのだ。その他のパーツも緩やかな雰囲気を持ったものに多少変化している。


(......どうしちゃったんだろう....)

(まぁ.....こういう事はあまり深く考えちゃ駄目だ....。気にしないでおくのが正解かな....)


ジョゼにとっては悩みの種の顔だったが、無くしてしまうと少し寂しいものがある。

しかし当の本人は割と呑気に構えており、いつもの様に朝の身支度を整えて朝食を摂りに食堂へ向かって行った。







「コニー、おはよう。」

「おうおは......お前誰だ....?」

「ジョゼだけど....」

「嘘付け。そんな可愛い顔のジョゼがいるか。」

「.......。」



「ベルトルト、おはよう。」

「........。」

(.....無視された....)



「ライナー、おはよう。」

「.....?おはよう(.........。)」

(何か良からぬ気配を感じる.....そして明らかに私が誰だか分かっていない....)



「アルミン、おはよう。」

「え、えーっと、おはよう.....」

「ア、アルミンまで私の事が分からないのか....」

「へ?」

「ジョゼだよ....。私はジョゼなんだよ.....」

「えー.....」

(うわ、どん引きしている.....)


ジョゼは胸ポケットに入っていたメモ帳を取り出して出来るだけ丁寧に自分の名前を書いた。

.....認めたくは無いがこれが唯一の自身を証明する方法だろう。



「こ、この難解な文字の羅列は....!」

メモ帳に書かれた文字を見せた瞬間、アルミンの表情に戦慄が走った。そして顔を三度見、四度見される。

「も、もしかして.....君は....本当に」

「だからジョゼなんだってば.....」

「.....なんだってそんな顔に.....」

「......分かんない....」

「.....駄目だよ!顔が怖いのはジョゼの魅力のひとつだったんだから.....!」

(.....そんな魅力いらない....)



「おうジョゼ、おはよーさん」

「ぐえ」

後ろから突然首に手を回されて変な声が出た。....あぁ、この声は....

「おはよう、兄さん」

「......す、すいません....人違いでした....」

ジョゼの顔を確認するとジャンは罰が悪そうに手を引っ込めた。....何で敬語なの....

「ジャン、大丈夫。人違いじゃないよ...それ、ジョゼなんだよ....」
アルミンがまだ信じられないという風にジャンに説明した。

「.....は?」

ジャンがまじまじとジョゼの顔を見つめる。しばらくそうしていると仄かに頬が朱に染まっていった。


「アルミン.....四月一日は大分前に過ぎたぞ.....」

「いや、四月馬鹿でも何でも無くて.....本当なんだってば....」

「嘘だろ.....オレの妹はもっとこう.....ガキが見たら泣き出す様な....地獄の使いの様な顔をしていた筈だぜ....」

(えー....)

「まぁそれは事実だけれど.....」

(ひどい......)

「でもこの字を見てよ....さっき彼女が書いてくれたんだけど....これが書けるのはジョゼだけだし...」

「うえぇぇ!?どういう事だよ.....!まさか....お前....遂に悪魔に魂を売り渡したか....!」

「ひどいよ.....」

ジョゼは若干涙目になった。



「おいアホ兄妹にガリ勉、食堂の入口で何騒いでんだ。邪魔だからどけ。」

半ばパニックに陥っていた三人の耳に少し低めの女性の声が響いた。

声がした方向に恐る恐る振り向くと、声の主の不機嫌そうなユミルと朝から可愛らしいクリスタが立っていた。


「み、みんな...ユミルがごめんね....」

クリスタが申し訳無さそうに謝る。

「こんな奴らに謝る必要なんて無えよ。行こうぜ、クリスタ」

ユミルが三人に見向きもせずにクリスタを連れてその脇を通り過ぎようとした....が、その時にぱちりとジョゼと目が合う。

「..........。」

ユミルの動きは一時停止した。食堂の入口で二人はしばらく見つめ合う。

その間、ユミルはジョゼの頭から爪先まで嘗める様に観察した。ジョゼの背中に冷や汗が伝う。

......自分は何かユミルを怒らせる様な粗そうをしてしまったのではないか......


一通り観察を終えたのか、ユミルが小さく溜め息を吐くとジョゼとの距離を一気に詰めた。


「これ、私のものな!」

そのままジョゼの体を勢い良く抱き込むと彼女は高らかに宣言した。


「は?」

「え?」


ジャンとアルミンは硬直する。


「何だよお前、アホ兄妹の妹の方かと思ったらめっちゃ可愛いじゃねえか!
見ない顔だけれど名前なんて言うんだ?」

「...ジョゼです......」
震える声で答える。まだ脳みそが状況に付いて行っていない。

「あっはっは、面白いなー。そういうユーモアのセンス嫌いじゃねえぞ?」

「いや、本当で....」

「本当に可愛い子だね...貴方みたいな人がいたら目立つ筈なんだけど.....
私はクリスタって言うの。貴方の本当の名前、教えてほしいな」
クリスタがこの上なく可愛らしい笑顔で言う。

ジョゼは助けを求める様にジャンとアルミンを見た。

しかし二人は硬直したままでとても力になってくれそうにない。


「えーっと.....」

偽名を使うべきなのだろうか.....真実を言っても信じてくれなさそうだし....



「ユミル、ジョゼから離れて」

窮地に立たされて困っていると馴染みの親友の声がしてジョゼの体はユミルから引っ剥がされた。
そして今度はミカサの胸に収まる。

「ミカサ.....」
ジョゼは半ば驚き、半ば感動を込めてその名を呼んだ。

「大丈夫。私はジョゼがどんな姿になっても貴方だと分かる」
ミカサは自分の腕の中のジョゼに優しく微笑む。


「.....ありがとう」
ジョゼは心底安心した様にその胸に頭を預けた。

.....私を解ってくれる人がいて良かった....


「何すんだミカサ。.....お前、こいつの何なんだ?
お前はいつもの様にアホ妹とエレンといちゃ付いてりゃ良いんだよ」
ユミルがミカサをじっと睨みつける。新しく見つけたお気に入りを取り上げられてご立腹の様だ。

「.....ジョゼの事、何にも解っていない貴方みたいな人には絶対に渡さない....」
ミカサも負けじとその瞳を睨み返した。二人の間に軽く火花が散る。

「はぁジョゼ....?何で今そいつの話が.....いや...待てよ....お前....少しその面影があるな....
.....それにグレーの髪はあの兄妹しか居なかった筈...」

ユミルがミカサに抱かれているジョゼに近付いてその顔を覗き込む。
ミカサは嫌そうにユミルから彼女を遠ざけた。

「......お前.....ジョゼ.....なの...か?」
ユミルが信じられないという風に尋ねる。その問いにジョゼはゆっくりと首を縦に振った。


ユミルはその反応を受けて弾かれた様にジャンを見る。ジャンの肩がびくりと震えた。

「お前....っ!どういう事だ!」
ジャンに掴み掛からんばかりの勢いでユミルは問う。

「えーっと、オレにも何が何やら....」

「違ぇよ!よくもあんな可愛い妹隠していやがったな!ずるいぞ!!」

「別に隠して無ぇよ!丸出しだったつーの!!」


(あ、これは面倒な事になったな.....)


最初は食堂の入口で始まったこの騒ぎも今やこの広い室内の全員が知る所となっていた。

「え....あの可愛い子ってジョゼだったんだ...」「嘘だろ...?」「ジョゼって....あの怖いジャンの妹の事?」「あの顔だったら話しかけられるかもな」「えぇ?ちょっとどういう事なの?」


(.......うーん...逃げよう...)

話題の中心になる気恥ずかしさからジョゼはここから逃げ出す決意をした。

ミカサの腕の中からするりと抜け、流れる様な動作で素早く食堂を飛び出す。

あまりにも滑らかな動きだった為皆唖然としてそれを見守るしかなかった。
この日を境にジョゼは字の難解さの他に逃げ足の速さで定評を得る事になるがそれはまた別のお話....。


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