夕食、入浴が終わった後の寝るまでのゆったりとした時間、ジョゼはベットに腰掛けて技巧術の教本をふむふむと読んでいた。
兵法講義は大嫌いだが技巧術は大好きだ。こうして教本を眺めているだけで楽しい。
周りの喧噪も構わずジョゼは本の中の世界に集中していたが、しばらくすると背中にそっとした熱が触れるのを感じた。
それはお腹の方まで回り込んで来て、やがてジョゼの体全体をすっぽりと包み込む。
「ジョゼ.....」
熱っぽい声が肩の後ろから聞こえる。
いつもの事なのでジョゼはあまり気にした様子はなく、「どうしたの、ミカサ」と教本に視線を落としたまま答えた。
「まだ髪が濡れている....。ちゃんと拭いたの?」
ジョゼの体を後ろからしっかりと抱き締めながらミカサが囁く。
「そうかな....拭いたつもりなんだけれど....」
言われて頭部を触ってみると確かにまだそれは軽く湿っていた。
「ちゃんと乾かさないと....風邪を引いてしまう....」
「ん....そうだね、気をつけるよ...。ありがとう。」
礼を述べながら後ろのミカサに少しだけ体重を預ける。
自分より少し高い彼女の体温が心地良かった。
ジョゼの体が自分に寄り添ってくるのを感じたミカサはお腹に回した手の力を少しだけ強める。
しばらく二人はそうやって互いの体温を分け合いながら静かに過ごしていた。
「お前等....付き合ってんのかよ.....」
そんなミカサとジョゼの様子を呆れた様に眺めながらユミルが言う。
「....?女と女は付き合えないよ....」
ジョゼが顔だけユミルの方に向けながら答えた。
「馬鹿、そりゃ一般論だ。しようと思えばやる事はやれるんだよ....」
「ユミル、ジョゼに変な事吹き込まないで」
さっきまで穏やかだったミカサを取り巻く空気が少し不穏なものに変化する。
「....第一お前はさ、エレンが一番なんじゃねえのかよ。アホ妹なんかにうつつを抜かしてて良いのか?」
ユミルがにやにやしながらミカサに尋ねる。どうやら反応を面白がっている様だ。
「エレンは勿論大事。家族だから....。でも、エレンはこういう事、させてくれないもの...」
ミカサは少し照れた様にジョゼの体をぎゅうっと抱き直した。
「へぇ....じゃあそういう事をさせてくれればエレンの方が良いのか.....。
おいジョゼ、残念だったな。お前はどうやらエレンの変わりの二番手だったらしいぞ」
「.....!...何言ってるの....?」
ミカサが鋭い目付きでユミルを睨みつけた。
「だってそうだろ?お前はエレンから得られない人肌の温もりをジョゼで代用してんだよ。
浮気者だなぁ、ミカサ。」
「違う.....」
「へー、じゃあエレンとジョゼ、どっちが大事なんだよ」
「そ、それは.....」
「ユミル!!」
「へぼあっ!」
その瞬間、クリスタの頭突きがユミルの体に炸裂した。
どうやらユミルは小柄な彼女が後ろから近付いて来る気配に気付く事ができなかった様だ。
「もう!またそんな事言って人の事困らせて!ちゃんと謝らないと駄目だよ!」
「なんだよクリスタ。さては私に構ってもらえなかったから拗ねてんだな?」
「ふざけないの!ほら、謝って!!」
「.......はいはい。あー、ゴメンナサイ。」
クリスタに迫られてユミルは渋々と心のこもっていない謝罪をした。
「まぁお前等が誰とイチャつこうが私には関係無えからな....。邪魔して悪かったなー。行こうぜ、クリスタ。」
そして全く悪びれる様子もなく、クリスタの手を引いて二人がいるベットから遠ざかって行ってしまう。
ミカサはそんな彼女の後ろ姿をいつまでも睨みつけていた。
「......ミカサ、大丈夫?」
ジョゼの声にミカサははっと我に返る。
自分の腕の中ではジョゼが首を傾けてこちらを見つめている。
(.......可愛い....。)
......ミカサはジョゼの事がとても好きだった。
けれど先程のユミルの様にエレンとどちらが大事かと問われると.....どうしようもなく迷ってしまう。
どちらも同じ様にかけがえの無いものであるから.....
「.....ジョゼ、ごめんなさい....」
ミカサはジョゼの首筋に顔を埋めながら呟く。.....どちらかなんて、私には決められない....
「でもジョゼ.....、私はジョゼの事をエレンの変わりだなんて思った事は一度も無い....。
貴方だから好きなの.....。これだけは本当の事.....」
ミカサは心の中でユミルの言葉を恨んだ。
そしてそれに動揺してしまった自分を恥じた。
きっとジョゼは傷付いたに違いない....。
「大丈夫。分かっているよミカサ......」
しかしジョゼの声は殊の外明るかった。
ミカサが少し驚いていると彼女は教本を脇に置いてその体を反転させてきたので、二人は向かい合って互いを抱く体勢になった。
「どっちが好きとか....そんな順位、決めなくても大丈夫だよ。
私だって兄さんとミカサのどちらが好きかなんて決められない......。」
ジョゼがその頭をそっとミカサの胸によせた。
眼下にまだしっとりとしている彼女の髪のグレーが広がる。
「それにミカサ、私が君の事をとても好きになったのは....君がいつもエレンの為に一生懸命だからなんだよ...
私はエレンの事が大好きなミカサが大好きだから.....」
だから、どうか謝らないで.....とジョゼが自分の胸の中で柔らかく笑う気配がする。
(......可愛い....!)
ミカサはたまらなくなってジョゼの体を掻き抱いた。
.....ジョゼの体は自分より少し細い。それでもやはり女性らしい柔らかさがある。
ミカサは彼女を抱いた時に感じるその感触がとても好きだった。
......初めて出来た、女の子の友達。
一緒に居ると安心できて....話すと楽しくて....ただ、ただ好きで.....。
それで明日も明後日も、ずっと一緒に.....
*
「やっぱりあいつ等できてるよな....」
「あ、あんまり見ちゃ駄目だよ....」
「なんだよ、クリスタだって興味津々じゃねえか」
「だ、だって...何かどきどきする.....」
「まぁ二人共内面はさておき美形だからな....絵にはなるが....しかし....」
(ジャン....お前の一番のライバルは妹かもしれねえぞ.....)
ユミルの憂慮は誰も知る由が無い....
しろくま。様のリクエストより。
エレンとの間で揺れるミカサを書かせて頂きました。
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