「おい、マルコ!聞こえてねぇのか....!」
「えぇ....?あぁ、ごめん、ぼーっとしていて....」
「....しっかりしろよ全く」
近頃マルコの様子が変だ。ぼんやりと熱に浮かされた様にどこかを見つめている事が増えた。
そして....これは本当に最近気付いたんだが....その視線の先にあるのは...
*
「あれ.....」
兵法講義の授業が終わり、やれやれと溜め息をついていると隣からジョゼの不思議そうな声がした。
視線をそちらに向けると彼女は自分の教本の1ページを訝しげに見つめていた。
いや、ページではない....見つめている物はその中に挟まれていた白い封筒だ。
その表情から察するに覚えの無いものなのだろう。
「なんだぁ?果たし状か?」
横からそれをひょいとつまみ上げて裏、表と観察する。
差出人名は無く、清潔そうな白い紙の表面が見えるばかりだ。
「.....そんな、兄さんじゃあるまいし果たし状を貰う様な覚えは....」
ジョゼは返してくれ、という様に手を伸ばす。
「じゃあ不幸の手紙だな。明日までに同じ物を100人に回さないと不幸になるという....」
しかし何だか面白そうな気配を感じたオレはその仕草を無視して封筒の観察を続けた。
「えぇ!?な、何て理不尽な手紙なの....」
「あぁ、でもお前の字じゃチェーンメールの役割果たさねえからな....それは違うか」
「ジャン、返してあげなよ....それはジョゼのものだ....。全く、君は本当に大人気ないね」
ジョゼとは逆の隣側にいたマルコも呆れた様に口を出す。
しかしこれ以上推察を重ねても何の情報を得られそうに無いと判断したオレは、躊躇無くその手紙の封を切った。
「なっ....」
マルコが吃驚した様に声を上げる。
「...ちょっと兄さん...それは恐らく私に来たもので....」
流石のジョゼの表情にも焦りが浮き上がった。
「うるせえよ....。お前の物はオレの物だ。」
二人の反応を無視して中身の数枚の紙片を広げた。
両隣の二人がそれを覗き込む。....何だマルコ、お前も何だかんだ言って気になっているみたいだな...
えーと、なになに.....割と小綺麗な字面だな......
.......。
読み進めるうちに、オレ達三人の顔色は三者三様にみるみる変化して行く。
左から順に、ジョゼの頬はほんのりと朱に色付き、オレの顔色はショックやら怒りやらで真っ白に色を失い、マルコの顔面はサァっと血の気が引いた様に青くなった。
ぐしゃ
「!?」
手紙の内容を大体読み終わった瞬間、それはオレの手の中でくしゃくしゃに丸められた。
ジョゼは全く状況についていけないらしく、すっかり固まってしまっている。
「!?兄さん?な、なにを.....」
ようやく我に戻ったジョゼに尋ねられた。
声色から、手紙を握りつぶされた事について怒りよりも驚きが先行しているらしい事が分かる。
.....こいつは本当に何しても怒らないな...。オレが言うのも変だが少し心配になった。
「おいマルコ!このゴミくずを今すぐどっかに捨てて来い」
ジョゼを無視して今にも戻しそうな顔色のマルコに哀れな紙片と化したそれを手渡す。
.....しかし全く反応が無い。どうやらショックで思考が現実に追いついていないらしい。
「チッ....」
そんなマルコの様子に軽く舌打ちをした後、椅子から立ち上がったオレは、それはもう今までに無い位抜群のコントロールで教室の前方にあるゴミ箱に忌まわしき紙片を投げ入れた。
小気味の良い音を立ててそれは汚い箱の中に吸い込まれて行く。
その光景を眺めてやっとオレの心は晴れやかになった。
「ちょ、ちょっと兄さん....!そんな事しちゃ駄目だよ....!」
しかしジョゼはオレに続いてがたりと席を立ち、ゴミ箱の方へと駆け寄って行ってしまった。
そうしてその前に屈んで中身をしばらくごそごそとあさっていたが、ようやく例の手紙を発見してほっとした様に息をついた。
「おい、そんなにそれが大事なのか」
そんなジョゼの行動はオレの胸の内を非常に不愉快にした。思わず自分と似たその顔を睨みつける。
「....大事とか...そういうのでは無いよ....でもわざわざ私に手紙を書いてくれたんだから...」
ジョゼ自身も自分の思考をうまく整理できていないらしい。
語尾は段々と消えていき、目は中空を不安定に泳いでしまっている。
「.....おい!お前からも何か言ってやれよ!」
未だに呆然と座席に座っているマルコの背中をばしんと叩いく。
ようやくマルコは我に返ったらしく、曖昧に微笑んで見せた。
「え、えーっと....そういうの僕は良く分からないから....ジョゼの好きな様にしたら....良いと思う....うん。」
そう言ってへらりと表情を崩す。.......このヘタレが....!
心にも無い事を言っているのが丸分かりだ。
........これは面倒な事になってきたぞ.....。
*
「どうしよう......」
その日の訓練が終わると、夕食までは自由時間となる。
いつもなら開放感溢れる楽しい時間なのだが....目の前の陰気100%の男の所為でこっちまで気持ちが塞いでしまう。
「......どうしようって....お前が好きにすりゃ良いって言ったんじゃねぇか....」
マルコは頭を抱えてうずくまっていた。.....こいつ本当に駄目な奴だな....
「だってそれは....僕には何も口出しする権利は無いじゃないか....」
「......まぁ、しかし物好きもいるもんだよな.....」
例の手紙に綴られたとある訓練兵のジョゼへの想いは.....それはもう読んでいるこっちが恥ずかしくなってしまう程純なものだった。
ジョゼは第一印象が近寄り難い分、どうも一度好かれると深く惚れ込ませてしまう性質の人間らしい.....
そいつも最初は貴方が少し怖かった、しかし....という下りで手紙を始めている。
そして.....今日の夕食後に訓練場近くの一本杉で待っている.....という結びだった。
.....時間は刻一刻と迫っている。
オレとしてはどこの馬の骨とも分からない奴に妹を渡すなんて言語道断なのだが......
「.....口出しする権利は無いとか言っておきながら何でそんなに不満げなんだよ?お前は....」
そう言いながらマルコに詰め寄る。
彼は少し視線を泳がせたあと、机の上に描かれた誰かの落書きを指でなぞり始めた。
「......不満げなのは君だって同じじゃないか....」
「オレは兄貴だから良いんだよ....お前はジョゼに一体どうして欲しいんだよ」
「僕だって君と似た様な気持ちだよきっと....」
(........。)
いや、きっとオレとお前とでは少し違う。.....それに気付けないとか本物のヘタレだな、こいつは....
「でも....」
マルコが落書きから指をようやく離して頬杖をつく。
「ジョゼの隣に君以外の男がいるのは嫌だな....すごく....。」
そう言う奴の目は...時々見せるあの視線と同じで、どこか熱に浮かされた様なものだった....。
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