「………………。無理!!!!!」
マルコの悲鳴に似た絶叫が、憲兵団の宿舎の中…彼に与えられた部屋の中で響いた。
ジョゼは…ふうむ、と相槌を打っては、どうしたもんかねえ…と呟く。
「いや、どうしたもんかねえじゃなくて!!」
「お…うん、そうだね。」
「反応に困ったからって適当に相槌するなよ!!」
「あー…ふむ。」
「ていうかお前もお前だよ!!なんて格好してるんだ!!」
「いや、この格好にさせたのはそもそも君が」
「せいっ!!」
「ぎゃふん」
ジョゼの額に素早い手刀が打ち込まれた。
……理不尽な仕打ちには某兄のお陰で慣れているので…彼女はひとつ溜め息を漏らすに留まる。
「そんなに…大変なら、無理しなくても良いのに。」
「別に…無理なんかしてないよ。」
「そう……。」
「僕からしたら…ジョゼの方が不思議だよ。なんでそんなに落ち着いてるのさ……」
先程のジョゼ以上に深い溜め息を吐いて、マルコは半身を起こす。
自身に覆い被さるようにしていた彼の身体がどいてくれたので…ジョゼもまた起き上がって居住まいを正した。
隣に腰掛けた彼女のことを横目でちら、と眺めたマルコは、無言で白いシャツの釦を留めてやる。
顔に似合わず豊かな乳房がゆっくりと布に包まれ、形を隠していった。
「落ち着いてるわけじゃないんだけどね。……私だって」
「うん……。」
「まあ、慣れもあるんじゃないかな?」
「なっ慣れてる!!??いつ、どこでっっ!!???」
「い、いやいや違うよ。そういうことじゃなくて……君とはさ、ほら何回か未遂を」
「未遂とか言うなああああ!!!!」
ジョゼは身体の前で掌をひらひらとしながら急いで否定をするが、それはマルコの絶叫によって遮られる。
そうして彼はああ、だとかうう、だとかいう言葉を繰り返して自身の頭髪をぐしゃぐしゃとかきまわした。
「………………。何が、そんなに気に掛かるの?」
もしかして嫌なのかなあ……と思いながら、ジョゼはマルコの顔を覗き込む。
反射的にマルコはそれから視線を逸らした。
「気に掛かるっていうか……!」
耳元まで赤くなったマルコは、掌で顔面を覆いつつも指の隙間からジョゼのことを再び覗き見た。
彼女はすっかりと落ち着いていて、マルコが直してやった襟元をちょいちょいと弄って整えている。
「考えてもみろよ………。僕は12才の頃から君を知ってるんだぞ…」
「うん………。そうだね、もうそんなになるんだ。長いね、私たちも」
「それなのに僕はジョゼにこんなことを……!12才のときの君にどう謝れば良いのか……!!」
「う、ん………?それなら私も13才のときの君に謝った方が良い?」
「その必要は無い!むしろ13才の時の方がよっぽどそういう煩悩にはまみれてふわあああああ!!!!」
「!!???」
自身の発言によって自爆したマルコは、頭を抱えて膝元に突っ伏す。
ジョゼは「おお…」と驚いたような、けれど非常に間抜けな声をあげてその様を眺めていた。
「………………。まあ、そう焦らなくても良いんじゃないかな。」
ジョゼは顎の辺りに指先をやりながら、ふうと息を吐いた。
そうしてもぞもぞと再びベッドの中に戻り、潜った毛布の片側を上げてマルコも中に誘う。
マルコは言葉にならない唸り声を上げながらそれに従った。
*
ジョゼは、ベッドの中でまんじりともせずに起きていた。
………隣のマルコはもう寝ているようである。
はあ、と溜め息を吐いてからそーっと毛布の中で彼の手を探し出し、握ってみた。
大きな掌だな、とよくよく思う。ジョゼはマルコの手が好きだった。
起きないことを確かめてからそれを引き寄せ、指先を自身の頬に触れさせてみる。
(私は……。ぜんぜん、そういうこと嫌じゃないんだけど。)
マルコは嫌なのかなあ……ともう一度考えた。
(き、嫌われてることは……ない、と思うんだけど。)
些か自信無くではあったが、ジョゼは自分とマルコの関係をもう一度整理する。
だが、不安な気持ちは少しずつではあるが確実に彼女の胸の内を蝕んでいった。
「…………どうしたの」
マルコはジョゼが起きていることに気が付いたらしい。
不安げな表情で自分の手を握っている恋人に、少々眠たげな声をかける。
…………マルコはなんとはなしに、ジョゼが何らかの不安を感じていることを理解したらしい。
よしよし、と空いている方の手で頭を撫でてやるが……日中の厳しい訓練で疲れているのか、それに留まりすぐにまた寝息を立ててしまった。
(………………………。)
単純なもので、ジョゼの胸の内の不安はそれだけで消し飛んでしまう。
付き合いたての頃からまったく変わっていない。マルコに触れてもらえるだけで彼女はそこそこ満足してしまうし、幸せな気持ちになれるのだった。
だからこそ、マルコに求められればそのまま与えてやることになんの躊躇は無い。問題は彼に躊躇がありまくりなことなのだが………
(まあでも………)
ジョゼはマルコの胸元に顔を寄せながら考える。彼は寝ぼけているらしく、むにゃむにゃと口の中で何かを呟いてはジョゼを抱き寄せた。
腕の内は温かだった。ジョゼも自然と眠たくなってきて、瞼の重さを感じる。
(私も、子ども欲しいし。)
彼女は握っていたマルコの手を離して、自身からも抱き返す。愛しさを表すように、少し強めに。
(マルコとの子どもがね…)
…………なんだか、急に恥ずかしくなってくる。それを誤摩化すように、ジョゼはひとつ咳払いをした。
*
ジョゼに抱かれるのを感覚して、マルコはそっと瞼を開けた。少しして、規則正しい寝息が聞こえて来る。
………………ゆっくりと、マルコは彼女の腕の中から起き上がった。
薄闇の中で恋人の身体を見下ろすと、如何にも無防備に安心し切った寝姿が目に入る。
(あ……………)
ジョゼが何かを探すように、中空に掌を漂わすので、マルコはそれを受け止めて握ってやった。
彼女は安心したように深く息を吐いて、握り返して来る。
(参ったな…………)
マルコは頬の辺りをぽり、とかいた。
室内は静かだった。ジョゼの寝息だけが時折聞こえ、辺りは柔らかな空気に包まれている。
(ずーっと昔に夢見たことが今すぐに手に届くところにあるのにね。)
マルコはジョゼの頬を空いている指先でつん、と触る。
違和感に眉をしかめる彼女の顔は相変わらず恐ろしかった。けれどマルコにはその様すら微笑ましく思え、もう一度、二度、頬に降れて遊んだ。
(………………ジョゼは、かわいいよね。)
彼女に対してそんなことを思える人物は数少なく、自分がマイノリティであることがなんだかマルコには嬉しかった。
(ほんと………)
ふ、と視線をジョゼの胸元に落とす。先程整えていた釦の一番上が外れて白い肌が覗いてしまっていた。
ああもう、と思って留め直してやろうとする。その際に、どういう訳か緊張して指先が震えてしまうのが情けなかった。
(大事だからなあ……僕は。ジョゼが。)
一線を越えてしまいたい気持ちは勿論、充分過ぎるほどにある。しかしどうしても……緊張してしまうのだ。あんなに長く辛い片思いが、こんなにトントンと叶って望み通りに行って良いのだろうか………?とか、余計なことを考えてしまって。
(まあでも………焦らなくて良いって、ジョゼも言ってくれてるしなあ。)
頬をつついていた指先を髪の方に移動させ、彼女の柔らかな髪の毛を梳いてみる。さらさらとした髪は、簡単にマルコの指の間を通り抜けていった。
(これからもずっと一緒だし………。ゆっくりで、僕らのペースで……良いよね。)
再びベッドの中に身体を寝かせ、ジョゼの額に自らのものをこつん、と合わせた。もう一度髪を撫でてから、彼女の頭の後ろに掌を沿える。
(今はまだ……ここまでで………)
寝ている間にするキスに、マルコはいつも少しの背徳感を持っていた。けれど今夜はそういうこともなく、不思議と安らかな気持ちになることができた。
(好き……可愛いと思うし、愛してるし……大切で………)
どういう言葉も使い古してしまったようで、マルコの気持ちにしっくりとは来なかった。
ジョゼに対する今の想いをきちんと口に出来たときには、もう一歩先に進めるのかも知れない。
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