「ジョゼ......結婚なんかするなよ....」
「兄さん.....泣かないで.....」
「ジャンは気持ち悪いなぁ。もうジョゼは君の妹じゃなくて僕のお嫁さんなんだからさっさと離れてよ」
「マルコてんめぇぇぇえ殴らせろ」
「ジャン、うるさい」
「お、おうスマンなミカサ」
「ジャンの結婚はいつになるのかなぁ」
「おうお前やっぱり殴らせろ」
本日は大安吉日の快晴、絶好の結婚式日和である。
この度めでたくジョゼ・キルシュタインはマルコ・ボットと結婚し、ジョゼ・ボットとなった。
「すっごく綺麗だよジョゼ......!」
真っ白なウェディングドレスに身を包んだジョゼにアルミンが駆け寄る。
柔らかいグレーの髪も綺麗にアップされ、彼女にはいつもとは違う優雅な雰囲気が漂っていた。
「ありがとうアルミン.....でも多分アルミンの方が似合うよ....」
「そ、それは色々と複雑だけれど.....ありがとう.....」
「良かったなジョゼ、マルコならきっと幸せにしてくれると思うぞ?」
エレンも笑顔で寄って来た。グレーの礼服がピシッと決まっていていつもより大人っぽく感じる。
「そうだね.....私もそう思うよ....」
ジョゼが恥ずかしそうに言った。
「勿論幸せにするよ。ジャンよりずっとジョゼの事を幸せにできる自信がある」
「マルコ.....そろそろジャンが可哀想だ....やめてあげなよ....」
本日のマルコは実に上機嫌で口が良く回る。
その上品な顔立ちに白いタキシードがとても良く似合っていた。
「しっかしウェディングドレスってすげぇな。
お前の凶悪面もそれなりに美人に見えるぜ。馬面にも衣装だな。」
「コニー.....諺が間違ってる上に失礼だよ....」
「.....おい?ミカサ....いつまでもオレにくっついてんなよ.....」
皆が二人の周りに集まって祝辞を述べている中、ミカサは何故かエレンの背中にくっ付いて隠れる様に様子を伺っている。(全然隠れていないが)
「だってエレン.....何だかジョゼが違う人みたいで.....見れない....」
エレンの肩口でぼそぼそと喋る。その顔はほんのりと朱に色付いていた。
「ミカサ.....私はちゃんとジョゼだよ.....?」
ジョゼがエレンの背中に回り込んで隠れていたミカサの顔を覗く。
きちんと化粧されたジョゼの顔は想像以上に整っていて、ミカサは思わず目をそらしてしまう。
ジョゼはミカサの様子に苦笑するとその両頬に優しく手を添えて自分の方に向かした。
二人の視線が真っ直ぐにぶつかる。
「ねぇミカサ.....こっち向いて笑ってよ.....ミカサに祝福してもらえないと私、安心してお嫁にいけない...」
そう言ってジョゼは淡く微笑んだ。
「.......っ!」
ミカサはたまらなくなってジョゼをがばりと抱き締める。
ジョゼが誰かの物になってしまうのがとてつもなく寂しかったのだ。
「ミカサ、いくら君とはいえジョゼは僕の奥さんなんだからあんまりくっつかないでよ」
「駄目......渡さない.....っ」
「ミカサ、ジョゼはお前のもんじゃねぇ」
「ジャン、お前のものでも無いと思うぞ?」
「うるせーよ!」
*
「兄さん、またそんな所で一人でいる」
ジャンは騒ぎを抜け出して一人外で黄昏れていた。
........なんと言うか色々傷心だったのだ。
ジャンが会場から消えた事をジョゼは心配したらしく、自身も兄を探して会場を抜け出してきた様だ。
相変わらず無表情だが、少し心配そうな顔色をしている。
「......おい良いのかよ....主役がこんな所にいて....」
「宴もたけなわになってくると皆そんな事気にしなくなるよ......だから大丈夫」
ジョゼはジャンの隣に腰を下ろした。
純白のドレスを着て髪をアップにしているジョゼはいつもとは全然雰囲気が違い、とても女性らしい。
十何年前の泣き虫な妹と本当に同一人物なのか疑いたくなってしまう程だった。
「.......兄さん機嫌直してよ.....」
「別に機嫌悪くなんかねーよ」
「マルコも悪気は無かったんだよ.....多分...」
「いやあれ悪気の塊だろ」
「兄さんが笑っててくれないと....私は寂しいよ.....」
「......マルコにでも慰めてもらえよ」
「...........。」
ジャンの機嫌が直らない事にジョゼは困っている様だ。眉が下がってしまっている。
できればジャンも妹の結婚を祝ってやりたかったし、こんな顔はさせたくなかった。
しかし自分の中にいるどうにも子供な部分がそれを邪魔するのだ。
二人の間に優しい風がそよりと吹き抜ける。
本当に今日は泣きたくなる位良い天気だ。
「兄さん」
ジョゼがそっとジャンの手を握った。
彼女はいつだってジャンが泣きたくなるとこうして手を握ってくれるのだ。
「これをあげる」
そうしてもう片方の手に持っていた真っ白い花が集まったブーケをジャンに差し出した。
その花束はジョゼの淡いグレーの髪にとても良く似合っていた。
「ハァ?オレは女じゃねーぞ」
ジャンは訝しげにそれを見た。
「これは最初から兄さんにあげるつもりだったの.......私が一番幸せになって欲しい人に....」
ね....受け取って、とジョゼはジャンの顔を覗き込む。そこには穏やかな笑みが浮かべられていた。
その笑顔に逆らえず、ジャンはゆっくりとブーケを受け取った。
しばらく凝った作りのそれを眺めていたが、やがて盛大な溜め息を吐く。
「あぁ......なぁジョゼ.....やっぱ結婚なんかすんなよ.....」
ジャンはぽつりと呟いた。そして繋いだ手を少し強めに握り返す。
無理だという事は分かっているが、やはりジョゼが自分の元を去っていくのは胸が引き裂かれる様に寂しかった。
ジョゼは少し困った様に笑う。彼女が動く度に白いベールがさらりと揺れてとても綺麗だった。
「兄さん....私はマルコのお嫁さんになるけれど.....それでもずっと大好きな兄さんの妹である事は変わらないよ」
ジョゼはブーケを持っていた手をジャンの肩に乗せながら言った。
「危険がいっぱいの壁外で....兄さんの隣は私にしか務まらないでしょう.....?」
ずっと一緒だよ、とジョゼは微笑んだ。
「ジョゼ.....」
ジャンはそっとジョゼを抱き寄せる。
自分の事をいつも思ってくれるこの妹がいじらしく仕方が無く思えた。
結婚式の最中であるとか、彼女が人妻であるとか、そういう事はもうどうでも良かった。
ジョゼは自分の妹なのだ。抱き締めたって何ら問題は無いだろう......
というか抱き締めずにはいられなかったのだ。
「ジャン」
しかし幸せな時間はややドスの効いた声により終わりを告げられた。
「よ....よぉマルコ....」
「で、何で僕の奥さんに君は抱きついてるんだい」
マルコはジョゼを立たせて自分の方へ引き寄せた。非常に機嫌が悪い。
「はぁ?別に兄貴が妹に抱きついても何ら問題無えだろ」
それにつられてジャンの機嫌も徐々に悪くなっていく。
「問題大有りだね。彼女はもう僕の妻なんだよ。」
「だがオレの妹である事に変わりは無え」
「.......」
「.......」
「二人とも」
段々と雲行きが妖しくなっていた場にジョゼの声が響いた。
二人の諍いが止まった事を確認すると、ジョゼはマルコの元からゆっくりとジャンの方へ近付いた。
そして座っていたジャンの前で足を止めると、おもむろに膝を折ってその頬に自分の唇を落とした。
「「なっ.......!!」」
突然の事にジャンとマルコは固まってしまった。
「兄さん、ありがとう。」
ジャンから体を離す時、ジョゼは小さな声で囁いた。
「マルコ、式に戻ろう....。主役が二人も抜け出してしまってはいけない....」
ジョゼはマルコの元に戻るとその手を引いて式場に戻り始めた。
状況に付いていけないマルコはまだぼんやりしたままである。
「兄さんもまた、後で」
ジョゼは最後にジャンの方に振り返って手を軽く振る。その顔には淡い笑みが浮かべられていた。
二人が去ったあと、ジャンはマルコ同様ぼんやりとしたままだった。
そして状況を段々と脳が理解してくるにつれて顔に熱が集まるのが分かった。
「あんの野郎.....いつからあんなタラシ女にっ......!」
その場でジャンの体はへなへなと崩れ落ちる。
その手には白い花が束ねられたブーケがしっかりと握られていた。
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