ベルトルトは思わず固まってしまった。
視線の先には非常に怖い顔をした女性が熱心に教本を眺めている。
常日頃からベルトルトはこの鋭い視線を有した女が苦手だった。加えて彼女はあのジャンの妹である。
関わらないに越した事は無いと思っていた。
しかし現在、視線の先の彼女の頭には....やや大振りな葉っぱが.....
ジョゼが教本を呼んでいるのは楓の木の下だ。様々なタイミングが重なってこの様なミラクルが起こったのだろう。
彼女の厳めしい顔と頭の上の葉っぱの組み合わせがひどく滑稽で、ベルトルトは吹き出すのをこらえるのが大変だった。
「そこの君」
声をかけられてハッとした。.......やばいな....例の彼女がこっちを見ている。
......そしてめちゃくちゃ睨まれている.....。何でこんなに顔が怖いんだ.....。
「質問があるんだけれど....ちょっとこっちに来てくれないかな......」
ええええええええええ。嫌だ。
あと頭に葉っぱ乗せた人間に質問されたくない。
しかしベルトルトに拒否等できる筈が無く、すごすごとジョゼの隣に腰を降ろした。
.......近付くと葉っぱが余計気になる......。
「今中間考査の為に兵法講義の復習をしているんだが....何とも一人じゃ難しくてね.....
教えてくれないかい......」
.......正直な所ベルトルトは限界だった。「ぶっふぉお」しまった吹き出してしまった。
「.......?」ジョゼが訝しげに眉をひそめる。すいません二度と笑いませんからその顔やめて下さい怖過ぎます
「いや....頭に葉っぱが....」
震える手でジョゼの頭から葉っぱを取り除いた。柔らかいグレーの髪の感触が心地良い。
「あぁ....悪いね....。......それはそうと君.....もしかして私の顔が怖いのかな....?」
図星を指された。
「そ、そんな事は.....」
「いや、良いんだよ別に....慣れているから」
あれ...もしかして表情程怒ってないのか......?
「でもこれじゃ教わりたい事も教えてもらえなさそうだ.......
....そうだ。君はアジアの言い伝えで頭に葉っぱを乗せると変身できる物の怪を知っているかい.....」
「??いや....初耳だけど.....」
「私も.....今はこういう怖い顔だけれど....変身を解いたら実は優しい顔をしている
.......そういう設定はどうだろう......」
「.......無理がないかな.....」
「......無理があるね.....」
どうやら彼女なりの冗談のつもりらしい。すげえ微妙。
.......なんだか拍子抜けする程呑気な性格をしている様だ。あれ.....あまり怖く感じなくなった。
「まぁ良いや.....嫌がる人を強制させるのも悪いしね.....
行って良いよ.....呼び止めてごめんね」
彼女が小さく溜め息を吐いて視線を教本に戻した。
....何だか可哀想になってくる。
「嫌じゃないよ......」思わず言葉が口を吐いて出た。
「本当......?」彼女が心底意外そうな顔をした。
.......恐らく今までこの顔の所為で色々と苦労をしてきたんだろうな.....
「じゃぁ.....私に勉強を教えてくれるの.....」
期待と不安の入り交じった表情でジャケットの裾を掴まれた。
いじらしい仕草に首を縦に振るしか無い。
頷くと、ほんの微かに彼女が微笑んだのが分かった。
(あ.....)
「で.....何処が分からないの?」動揺を隠す様に軽く咳払いして言った。
「平たく言うと......全部....」
「ぜっ.....」これには言葉を失った。
「君.....確か技巧は凄い良い成績だよね.....馬鹿ではない筈だよね....」
「.....そう思いたいけど.....。技巧と兵法講義は....何と言うか使う脳みその部位が違う...」
「いや違わないよ」
「まぁ...頼むよ....教えてくれ」
ちなみに中間考査まであと一ヶ月無い。なんでこんなにのんびりしてるんだ。
「はぁ....今全部教えるのは無理だなぁ....これから中間考査まで毎日区切りながら教えて行くのが良いかも....
ジョゼ、訓練後に時間作れるかな」
「私は良いけれど.....ベルトルトは大丈夫なのかい....
わざわざ時間割いてもらうのは悪いよ」
「人の心配してる場合かい?」
「いえ.....滅相もございません.....
.....君は背も器も大きい男性だね。ありがとう」
何と言うか.....彼女は噛めば噛む程味が出るタイプだ.....。
正直に言うともっと話がしたくなって毎日の約束を取り付けてしまった。
その日はとりあえず基礎中の基礎を教えた。
どうやらジョゼはここで盛大な初歩的ミスをして覚えていたらしい。
あぁ.....これは全部分からなくなる訳だ......。
でもここが理解できたという事は明日からはそんなに苦労をしないだろう.....
「よぉジョゼ.....い、良い天気だなぁ」
唐突に声をかけられたのでそちらに視線を送ると彼女の兄、ジャンが立っていた。その後ろにマルコもいる。
というか兄が妹に天気の話を普通振るものなのか.....?
「兄さん....今日は曇りだよ....あと手と足が同時に出てる」
「ジョゼ、天気なんてどうでも良いんだ。それよりお腹減ってない....?」
「マルコ.....昼食が終わってまだ数時間しか経ってない.....。大丈夫だよ」
「お前に用事があるんだが......ちょっと付き合ってくれないか?」
「今はベルトルトと勉強をしているんだ....後でも構わないかい....」
(ちょっとウザいな....)
恐らく彼女の過保護な兄と友人が今まで関わり合いの無かった男性と仲良くしているのが気に食わなくて連れ出しに来たのだろう。
特にジャンのジョゼへの過保護っぷりの噂は良く聞く。
だが今は自分が彼女と話をしていたのだ。邪魔される謂れは無い。
「ジョゼ、ちょっとごめん」
一言謝るとおもむろに座っていた彼女を抱き上げた。
「え」
ジョゼ、ジャン、マルコ、三者三様で固まってしまった。
「ごめん、ちょっと借りるね。」
固まってる彼等に爽やかに言い放つとそのまま走り出す。
体力には自信がある。恐らく彼等には追いつけないだろう。
*
「ベルトルト.....いつまで私は抱えられているのだろうか....」
「嫌なの?」
「嫌では無いけれど.....恥ずかしい」
ジョゼの白い肌に若干朱が混じっている。何だか可愛らしい。
「でも....こんなに高い目線で訓練場を走り抜けたのは初めてだったかな.....
背が高いと見晴らしが良くていいね......素敵だ」
目を真っ直ぐ見て言われた。.......本当に噛めば噛む程、だなぁ。
「もし良ければいつでも抱えるけど」
「嫌だよ....恥ずかしい.....あとそろそろ降ろしてくれないか....」
「駄目」
「なっ.....」
恥じらう彼女についつい嗜虐心をくすぐられてしまった。
「さっき教えた所、暗唱してごらん。できたら降ろしてあげるよ」
「えっ....そんなにすぐ覚えられる訳無いでしょう.....」
「じゃあずっとこのままだよ」
「...君って結構良い性格してるね......」
しばらくして這々の体で暗唱を終えたジョゼを残念そうにベルトルトは降ろした。
そしてこれからもこの手は使えるな、と一人思案に耽った。
同時刻、軽いパニックになりながらジョゼとベルトルトを探すマルコとジャンの姿を多くの訓練兵が目撃したという.....
訓練所は今日も平和です.....
しろくま。様のリクエストより。
ベルトルトと座学を教えあう距離の近さに勘違いして暴走するマルコとジャン、という事で書かせて頂きました。
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