いつか見る空 | ナノ
「はい返すよ、これ」
内地のとある喫茶店でマルコが笑顔で本を差し出した。

「はいはい....」
ジョゼが少し呆れた様にそれを受け取る。

マルコが憲兵団に、ジョゼが調査兵団へ入団して7年が経過した。
7年の歳月でマルコは凛々しい男性に、ジョゼは美しい女性に成長したが、二人の関係は相変わらず続いている。

少し違う事と言えば友人とはまた異なる関係となった事か。

現在二人は付き合っている。
そして互いの休日が重なった時はこうして会う事にしているのだ。


「マルコ.....君はいつまで私の私物を人質に取り続けるつもりだい....」
ジョゼが本を鞄に仕舞いながら言う。

マルコは別れ際にいつもジョゼの私物をひとつ借りていく。
平たく言えばこれを返して欲しければまた会え、と言う事だ。
そんな事をしなくてもジョゼは喜んで彼に会いに行くのに、何故か彼はこの7年間頑としてそのスタイルを崩さなかった。

「いいじゃないか、ちゃんと返すんだし。」
マルコが運ばれて来た自分のコーヒーにミルクを入れながら答えた。

「だからそんな事しなくても君と会う約束を反古にしたりしないと言っているんだよ....」
ジョゼはマルコからミルクピッチャーを受け取ると同様に自らのコーヒーにそれを注いだ。
彼と付き合うまではブラックで飲む事が多かったが、今では影響されてミルクを入れる事がほとんどだ。

「だって.....ジョゼは調査兵団じゃないか....」
マルコの声は弱々しい。

「なんだ....君は私の腕を信用していないのかな....?そんな簡単には死なないよ。」
ジョゼが彼の言葉を先読みして言った。その顔には穏やかな笑みが浮かべられている。

「.....なんでジョゼは調査兵団なんかに入ってしまったのさ....」

「その質問....もう何回目かな...」

「結局僕よりジャンの方が大事なんだろう?」

「その質問も百辺位聞いたよ....」
ジョゼが若干うんざりしながら言う。

「もう僕はジャンが知らない様なジョゼを色々と知って「それ以上はやめてよ.....」
コーヒーカップを持つジョゼの手がぴくりと震える。

ジョゼは相変わらず表情の変化が少ないが、こういう時はすごく分かりやすい。
何しろ耳が赤くなってしまうのだ。

マルコはそんな彼女が可愛らしくてたまらない。だから時々いじめてしまいたくなる。

「第一....この7年間で粗方のものは君に貸してしまったよ。もうこれ以上貸すものは無い....
今度は机でも持って来るかい?」
仕切り直す様にジョゼが言った。その耳はまだ赤い。

「そうだね....どうしようか....」
マルコが少し考え込む。

「.....というかそろそろもう物を借りなくてもいいかもしれないね.....」
そしてコーヒーを飲みながら穏やかに言った。

「....?だからこの7年間ずっとそう言い続けているじゃない....」
ジョゼが訝しげに言う。

「いや、今だからそう思えるんだよ.....君も、僕も、成人して身を立てられる様になった....
一緒になっても、僕は君を困らせたりしないって自信が今ならあるから.....」

「え.....?何の話をしているの....?」

「だから、離れて暮らしているから約束をきちんとしないと不安になる.....
一緒に暮らしてしまえばもう大丈夫だろ?」

「一緒に....暮らす....?」

尚もよく理解できない表情をするジョゼに業を煮やしたマルコが盛大に溜め息を吐いた。

「君の女の勘というものはこの7年間でまるで成長してないじゃないか.....!
........だから.....」

マルコは何かを決心したかの様にジョゼへ向き直る。今度は彼の耳が赤くなっている。

「僕と.....結婚して下さい.....」


カラン


ジョゼが空になったカップをソーサーに取り落とした。

その目はこれでもかという位見開かれている。

そしてじわじわと白い肌が朱に蝕まれて行った。

「き.....君という人は......何もこ、こんな所で......」

額に手を当て首を振る。軽いパニックに陥っている様だ。

「ご...ごめん、確かに...そうだよね....。でも今伝えなかったら次がいつになるか分からないし....」

「あ、謝らなくていい......!」
ジョゼががばりと顔をあげる。

「本当は.....どこで言われたって嬉しい.....。
でも、私は調査兵団で....いつ死ぬか分からない.......。私なんかが君と結婚しても良いのだろうか...。」
その語尾は不安げに消えて行った。

「ジョゼが良い。ジョゼじゃないと嫌だ。」

マルコがきっぱりと言い放つ。その言葉にジョゼの顔の朱色は首まで達した。

「大丈夫だよ。君は強い。ジョゼの腕を信用してるよ....。
どうかそんな事言わないで....僕と結婚してくれないか.....。」
そう言ってジョゼの手をそっと握った。

「マルコは....ずるい...」
ジョゼがごく小さな声で言う。

「私が....断る訳....無いじゃないか.....。私だってマルコが良い。
いつだって私ばかりがドキドキしている様でずるいよ.....。」

「そんな事無い.....僕の方がよっぽど君に夢中だよ....。
いつだって一杯一杯で格好悪くて.....君と居るとどうにも我慢ができなくなる.....」
マルコの手に力がこもる。

「もう一度言うよジョゼ......。結婚して下さい......幸せにします......。」
その目は真っ直ぐにジョゼへと向けられていた。


ある日の夕食後の帰り道、解散式の夜の星空の下、防衛戦のガス補給室、様々な彼の顔がジョゼの頭をよぎる。
いつだって彼の目は優しくて、その温もりは自分を支えてくれた。

彼とならこの世界でも絶対に幸せになれる――。握られた手の温もりから、そう確信した。


「.......よろこんで」
ジョゼもマルコの目をしっかりと見ながら言う。

そうして二人は顔を見合わせて笑い合った。


二人でいると、楽しくてとても幸せだ。
長い歳月の中で変わってしまったもの、失ってしまったものも沢山あるけれど、これだけはずっと変わらない。

世界がどんなに残酷でも、二人で歩いて行けば未来を目指すことができるはずだ―――。





「まぁでも最初の難関は.....ジャンかな.....?」

「兄さんが....?何故?」

「だってあいつ絶対反対するだろ」

「そうかな.....?」

「ジョゼが思ってる以上にジャンはシスコンなんだよ....」

「そういうものかな.....」

「はぁ、それにしてもジャンが兄貴かぁ....なんか複雑だなぁ....」

「義兄さんと呼ばないとね....」

「うわぁ嫌だ」



マルコ救済リクエストより。


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