いつか見る空 | ナノ
ジャンの頭をなでる


「兄さん、疲れたでしょう....これを飲むと良い」


沈痛な面持ちで燃え盛る炎の前に座っていたジャンの隣にジョゼが腰を下ろした。
その手には琺瑯製のマグが二つ握られている。どこかで配られていた物だろう。
中身は温くて苦いコーヒーだった。


「......マルコが、死んだよ....」ジャンがぽつりと言った。

「うん.....さっき....聞いた」
ジョゼは両手に持っていたマグに目を落とす。
真っ黒な液体の中に、炎に照らされた自分の顔がぼんやりと映り込んだ。


ジャンにとっても、ジョゼにとってもマルコはかけがえの無い大事な人だった。
二人の胸に空いてしまった空虚な穴は一生塞がる事はないだろう。


「お前は強くなったよ.....こんな時、昔ならすぐ泣いてたのにな......
成長してないのはオレだけだ....」

「兄さんはそのままで良いよ....変わらない兄さんが私は今も昔も好きだから....」


ジョゼはコーヒーの水面から夜空へ燃え上がる篝火に視線を映した。


燃え立つ炎の中、舞い上がる灰の中、吹き上がる熱の中、この何処かにマルコがいる....

必死にその姿を見つけようと目を凝らした。

しかしそんなものが見えるはずはなく、赤い炎が不気味な程美しく夜空を嘗めているだけだった。



「.......結局、ハンカチは返ってこなかったな....。」

「....何の話だ...?」

「約束の印の様なものだよ....」

「....そうか」

ジャンはそれ以上は追求せず口を噤んだ。



駄目じゃないかマルコ....君は約束を破る様な人じゃ無かった筈だろう.....?



「兄さん.....私はね....悲しくない訳じゃない.....でも何故だか涙が出ないんだ....」

ジョゼの瞳に炎が赤く映り込む。

「きっと....それ以上に私は怒っている...」

炎に照らされたその顔は相変わらず表情が読めない。

「色んな物が許せないけれど.....やっぱり巨人が許せないなぁ.....
あの腐れ野郎の蛆虫どもめ....よくも私たちの、私の大切な人を.....」

あまりにも静かな口調で告げられた怒りの言葉にジャンは驚いた。

ジョゼは顔こそ怖いが性格は非常に穏やかで、滅多に怒る事はない。
彼女が汚い言葉を使うのも15年間一緒にいて初めて聞いた。

目の前で盛大に燃え上がる赤い炎とは対照的に、
彼女の中では青い怒りの炎が静かに、けれど凄まじい熱を持って燃えているのだ。



しばらく二人は無言で炎を見つめていた。

ばちん、ばちんと薪が、死体が燃え落ちる音がする。

互いに触れる肩の温もりが妙に優しくて、涙が出そうになった。




「なぁジョゼ.....」

ジャンが視線を炎に向けたままジョゼに呼びかけた。

「どうしたの兄さん」

「オレは......調査兵団に入る.....」

「.....そう」

「それを前提に.....お前に頼みたい事がある.....。」

そう言うジャンの体は微かに震えていた。ジョゼは無言でジャンの手を握る。

「もしお前が今から言うオレの頼みを断っても、オレはお前を絶対に恨まないし、お前は何も悪くない.....」

ジャンがジョゼの手を握り返した。


「オレに.....着いてきてくれないか.....」


ようやく一言絞り出すとジャンは地面に視線を落とした。

ジョゼには憲兵団に入団する権利がある。それを放棄させてまで自分に従わせる事はできない。

ただ、何度も命の危険に晒されたこの防衛戦で、ジョゼは何より自分を奮い立たせる存在だった。

できる事なら離れたくない。残酷なこの世界でも、彼女が隣にいてくれれば迷わず進む事ができる筈だ。




ゴッ




ジャンの頭部を唐突な痛みが襲った。

「いっ...?」

ジョゼが項垂れるジャンに頭突きを食らわしたのだ。

「????な、なんだ?お前??今日アクティブ過ぎんだろ.....!」

頭を押さえて狼狽えるジャンにジョゼが真っ直ぐ向き直る。
その双眸はいつもより三倍鋭かった。......怖い。

「......兄さんは勝手だ....!」
ジョゼはジャンに詰め寄る。

「私から....ノートやプリンを掻っ攫う時は全く悪びれない癖してこんな時だけ変に畏まる.......!
私が...、私が今までどれだけ兄さんからの理不尽で横暴で外道な行為に振り回されたと思ってる....
今更、調査兵団に入る事くらい屁でもない.....!」

一口でそう言うと肩で浅く息をした。

しばらくして少し落ち着いたらしく、はっとしてジャンの頭を撫でながら「ごめん....痛かったね」と言った。


.....そうだよな....こいつはオレの事を、いつだって変わらず愛してくれているんだ........


ジャンの胸に、感謝と愛しさがない交ぜになった感情が去来した。

自分の頭を撫でていたジョゼの腕を掴み、そのまま自分の方へ引き寄せる。
そうして自分の胸に収まった妹の体をしっかりと強く抱きしめた。

愛しくて懐かくてたまらなかった。

ジョゼが隣にいてくれれば、自分はきっと強くなれる。

彼女がこの世に存在してくれている事を心から感謝した。



「兄さん....一緒に生き残ろう.....」


ジョゼの声が胸の中から聞こえる。


その言葉に、ジャンは何度も何度も繰り返し頷いた。


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