ジャンに頭をなでられる
補給室の中にはやはり8体の巨人がいた。
気付かれぬ様に8人は天井の梁を伝って、アルミンに指示された各自の場所へ移動する。
(大丈夫....数は増えてない.....作戦を続行する!!)
残りの兵士たちを乗せたリフトが降下を始め、それに気付いた巨人が次々と近付いて行く。
(マルコ.....!)
リフトへ乗り込んだ彼の元へ巨人が一際近寄る。
ジョゼは気が気ではなかった。梁の上の足が震え、背中を脂汗が伝った。
(でも....これは兄さんが任せてくれたんだ.....やり遂げてみせる....!)
刃を握り直す。....いつもの様に....何度も何度も、繰り返し練習してきた様にすればいいだけだ....
「――用意....撃て!!!!」
その声と共にリフトから大量の散弾が発砲される。
(縦1m幅10cm)
ジョゼの思考は再び急速に冷却された。
鉄の梁を足で蹴り、正確な角度で巨人のうなじへと落下して行く。
(捉えた)
肉を斬る確かな手応えを感じて地面に着地する。
背後で巨人が倒れる音がした。
しかしほっとしたのも束の間、マルコの「サシャとコニーだ!!」という鋭い叫び声が辺りに響く。
サシャとコニーに視線を向けると、討伐し損ねた巨人がまさに今二人に襲いかかろうとしていた。
「急げ!!援護を!!」
(駄目だ....!標準を合わす時間がない....!!!)
思うが早いかジョゼは駆け出した。
恐らく、狙いを定める時間のない今の自分の斬撃では巨人を捉えられない。
(それならば....せめて....)
固まって動けなくなっていたコニーの身体に渾身のタックルを食らわし、
そのまま巨人から離れた壁側になだれ込んだ。その背中を巨人の拳が掠めとって行く。
コニーは痛そうなうめき声をあげていたが、今はそれを気にする余裕は無かった。
「全体仕留めたぞ!!補給作業に移行してくれ!」
一瞬の沈黙の後、ジャンの声が辺りに響いた。ミカサとアニが無事残りの巨人を始末したらしい。
(作戦は.....成功した.....!!)
ジョゼの胸の中に歓喜が湧き起こる。自分は任務を全うできたのだ。
「おいジョゼ.....いい加減どけよ.....重いし痛いし顔が怖えーんだよ!」
自分の身体の下から声がした。一瞬コニーを下敷きにしていた事を忘れてしまっていたのだ。
ごめん、と言いながら自分の身体を起こし、彼の身体を起こすのも手伝った。
「いや、謝んなよ....何だかお前には助けられてばっかだな....」
コニーが申し訳なさそうに言った。
「そんな事ないよ...私もコニーの優しさや明るさにはいつも助けられているもの...」
「そうかな....まぁお互い無事で何よりだ」
「本当にね...」
二人は顔を見合わせて笑った。
そのジョゼの表情は、訓練兵として過ごした3年間で随分と柔らかくなった様に感じる。
(それでもまだ怖いことに変わりはないが。)
「ジョゼ急げ!!とっとと補給作業に移るぞ!」
コニーと朗らかな空気を醸していると急に後ろから襟首を掴まれた。そのままずるずると引っ張られる。
「兄さん....自分で歩けるから....」
ジャンに手を離す様に促して隣を歩く。相変わらず横暴な兄だ。
「ジョゼ」
掴まれてぐしゃぐしゃになった襟を整えながら歩いていると、ジャンがふと足を止めた。
「どうしたの兄さん」
ジョゼが不思議そうに答えると、ジャンの手がおもむろに自分の頭に乗せられる。
そうしてゆっくりと髪をなでられた。
びっくりしてジャンを見つめると、いつもと違って温かな色をした瞳と視線が合う。
「よくやったぞジョゼ。流石オレの妹だ」
ジャンは照れくさそうにそう言った。
解散式の夜とされている事と言われてる事は同じだったが、その手つきは驚く程優しい。
(兄さん.....)
ジョゼの頬にひとつの涙が伝った。
(兄さん......!)
涙は後から後から流れ出て、あっという間に顔中を濡らしていく。
ジャンは久しぶりに見る妹の涙に最初は驚いていたが、やがて戸惑いながらも彼女の頭を自分の胸元にゆっくりと導いた。
そうして再び優しい手つきで頭をなでる。
ジョゼはジャンのジャケットを握りしめて静かに涙を流した。
嬉しかったのだ。
兄に認めてもらうこの瞬間の為にジョゼは生きてきた。
そうして、この瞬間の為にこれからも生きていけると感じた。
私の努力は、無駄なんかじゃなかった.....
辛いことは沢山あったけれど....頑張って本当に、本当に良かった.....!
兄さん....私は貴方の力になりたい.......
今までも、これからもずっと.........!
*
ガス補給室は喜びに沸き立っていた。
皆次々とガスを補充し、脱出の準備を進めている。
「ジョゼ!!!」
声がした方向に振り向くより早く、力強い抱擁を身体に受けた。
「おまっ....マルコ!?何やってんだ!」
ジャンの声が背後から聞こえる。どうやら自分はマルコに抱きしめられているらしい。
「ジョゼ....!姿が見えないから心配したよ....」
マルコの声が苦しそうだ。
人が簡単に死ぬのをあれだけ目の当たりにしたのだ。当たり前だろう。
「大丈夫だよマルコ....」
マルコの胸からようやく頭を引き離し、彼の顔を両手で包んで自分の方へ向かせた。
瞳と瞳の距離が近い。マルコの睫毛に淡く涙がにじんでいる。
この涙が自分の為に流されたものだと思うと、ジョゼの胸の中にただ、ただ彼を愛しく思う気持ちが溢れ出た。
「君からハンカチを返してもらうまで私は死ねないよ....
約束したじゃない....また会おうって」
触れ合う肌から伝わる熱が、確かにお互いが生きている事を感じさせた。
「ジョゼ.....絶対に生きて、また会おう.....」マルコの声はかすれていた。
「うん、また会おう.....。絶対に....」
ジョゼはマルコの顔から手を離して淡く笑う。
最後に手を強く握り合うと、二人は各々の作業に戻っていった。
自分の任務を全うする為に.......
「おいジョゼ!今の何なんだよ!ちゃんと説明しろ!!」
ジャンの声が後ろから聞こえるが都合良く耳が悪くなっておく事にしよう。
マルコ....次会う時にはもう一度、ちゃんと君に伝えよう....
私は、ようやく君と同じになれた気がするよ.....
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