ミカサに発破をかけられる
「僕達....訓練兵34班――トーマス・ワーグナー、ナック・ティアス、ミリウス・ゼルムスキー、ミーナ・カロライナ、エレン・イェーガー.....
以上5名は自分の使命を全うし....壮絶な戦死を遂げました.....」
アルミンの言葉は、その場に深い絶望の波紋を広げた。
状況は最悪だった。
トロスト区に超大型巨人が再び出現し、扉が破壊された。
その為、正式配属を待つばかりだった104期訓練兵も例外無く駐屯兵団と共に防衛作戦へ駆り出されていた。
初めての経験に皆戸惑い、恐怖した。
扉の施錠が完了し、ようやく一次撤退命令が出されて安心したのも束の間、
今度はガス切れのせいで壁を登れなくなってしまったのだ。
補給班の兵士達が戦意を喪失し、任務を放棄して本部に籠城してしまったらしい。
それに重ねて冒頭のアルミンの発言である。
そこにいた全員を絶望の淵へ追いやるには充分だった。
(いちかばちかで本部に群がる巨人を排除すれば助かるかもしれない.....
....しかし、それを行うには求心力の強い先導者が必要.....)
(.....仮に先導者が現れても、ここにいる全員が無事本部に到着するのは不可能だ......
.....それならば、いっそ.....)
そこでようやくジョゼの思考は現実へと戻った。
自分は、今、何を......
.....それが必要な事は分かっている。
しかし、人道的に行って良い事かどうかは....判断がつかなかった。
結局自分は3年間訓練して兵士となったにも関わらず、まだ甘えが捨て切れていないのだ。
「私は...強い...あなた達より強い...すごく強い!」
兄の隣に腰掛けて項垂れていたジョゼの耳にミカサの声が飛び込んできた。
「....ので私は...あそこの巨人共を蹴散らせることができる....例えば....一人でも....
あなた達は....腕が立たないばかりか...臆病で腰抜けだ....
とても....残念だ ここで....指をくわえたりしてればいい...くわえて見てろ」
色々と支離滅裂ではあるが、皆に発破をかけて先導しようとしているらしい。
「ちょっとミカサ?いきなり何を言い出すの!?」
「あの数の巨人を一人で相手する気か?そんなことできるわけが....」
ミカサの言葉を聞いていた兵士たちが口々に言う。
「....できなければ....死ぬだけ でも...勝てば生きる....
戦わなければ勝てない....」
そう言い残すと、ミカサは瞬く間に屋根の上を飛び去ってしまった。
(やはり......!ミカサはすごい......!!)
ミカサの言動により、場の空気が変わりつつあるのが分かった。
恐らく強い力を持つ彼女にしか成し得なかった事だろう。
「残念なのはお前の言語力だ....」
ジョゼの隣にいたジャンが呟いた。
「あれで発破かけたつもりでいやがる....てめぇのせいだぞ.....エレン....
オイ!!オレ達は仲間に一人で戦わせろと学んだか!?
お前ら!!本当に腰抜けになっちまうぞ!!」
屋根の上に立ち尽くしている兵士たちに呼びかけると、ジャンは自分によく馴染んだ立体起動装置のガスを吹かす。
ミカサに続いてあっと言う間に本部の方向へ移動して行ってしまった。
ジョゼもそれに続く。
友人と兄、二人の大切な人が戦っていると思うと不思議と勇気がわいてきた。
....全員生き残るのは不可能だろう。
だが、少しでも良いから彼等の命を長らえる力になりたい....。
*
「兄さん」
屋根を高速で移動しながらジョゼがジャンに呼びかけた。
「なんだ」
「...格好良かったよ」
「....無駄口叩いてると舌噛むぞ」
ジャンもまた、ジョゼが隣にいると何故か勇気が湧いてくるのが分かった。
殺伐としたこの環境でも、
互いにたった一人の血を分けた兄妹である事実が二人を奮い立たせていた。
← 目次 →