マルコと夕食から逃げる
「よくやったぞジョゼ!!!さっすがオレの妹だ!」
すこぶる上機嫌のジャンによってジョゼの頭髪はグシャグシャとかき回される。
柔らかい髪質のジョゼの頭部はまるで台風が通過した後の様になった。
訓練兵団解散式にて発表された成績でジョゼはジャンと同着6番となり、無事上位入りを果たす事ができた。
ジャンはエレンより下の順位である事に不満が残る様だが、今は出来上がってそんな事は忘れてしまっている。
「しかしてめえ等は本当仲良い双子だよなぁ、順位までお揃いかよ」
「いーよな、お前らは10番以内に入れてよ!どうせ憲兵団に入るんだろ?」
「ハァ?」
ジョゼの頭から手を離してジャンがその男を見た。
「当たり前だろ。何のために10番内を目指したと思ってんだ。」
ギシリと背もたれによりかかり睨みつける。何とも憎たらしい表情である。
「僕も憲兵団にするよ。」
ジャンの隣に着席していたマルコが発言した。
「王の近くで仕事ができるなんて...光栄だ!!」
「まだお利口さんをやってんのかマルコ...」
ジャンがマルコの頭部を掴んで、今まさに口を付けようとしていたゴブレットにそのまま叩き付ける。
「ぶッ!!」
並々と注がれていた液体がマルコの顔中を濡らした。
「言えよ本音を。内地に行けるからだろ?」
先ほどより更に憎たらしい顔だ。上機嫌になるあまり自分を牽制できないのだろう。
「やっとこのクッソ息苦しい最前線の街から脱出できるからだ!!内地での安全で快適な暮らしがオレ達を待ってっからだろうが!!」
顔を紅潮させながらテーブルをドンドンと叩く。それに合わせて食器がはねる。
食べ物が散らばるからやめてほしいものだ。
ジャンの発言からざわざわと不穏な波紋が広がった。
「なっ....お前.....は、恥を知れよ。少なくとも僕は――」
マルコがジャンを諌める様に言う。
「あ〜すまんオレが悪かった。お前は優等生だったな。しかしお前らならどうする?」
ガタッと席から立ち上がり、全員に聞こえる様にジャンは呼びかけた。
「オレ達が内地に住める機会なんてそうそうないぜ!?それでも『人類の砦』とかいう美名のためにここに残るのか?」
その言葉に辺りは静まり返ってしまった。誰しも、安全な内地に行きたいのだ。
「そりゃあ」「好きでこんな端っこに生まれたわけじゃないし...」「巨人の足音に怯えなくて済むんなら...」
気まずい雰囲気になってしまった。何とかしようとマルコは焦った。
その時、ふと袖口をひかれる。
その方向に振り向くと、ジョゼがマルコの服を引っ張っていた。
何?と聞こうとすると唇に指をあてられる。そして唇だけ動かして(逃げよう)とジョゼは言った。
*
「ごめんなさいマルコ...兄さんは最後まで君に迷惑をかけてばかりだ...」
ジョゼは白いハンカチを取り出してまだ濡れそぼっていたマルコの顔を拭いた。
「いや、大丈夫だよ....それにしても、逃げて良かったのかい?」
「ああなった兄さんはもう止まらないよ...付き合っていたら身が持たない。三十六計逃げるに如かずという奴だよ...」
ジョゼはくすりといたずらっぽく笑う。
出会った時に比べると、随分と表情が読める様になった。
「あ、そのハンカチ汚しちゃったね。洗って返すよ。」
「大丈夫だよ、これくらい。」
「返すから。」
「....そう?」
いつになく食い下がるマルコを珍しく思う。
「だから....もし憲兵団になって、配属先が違っても....会ってくれるかな...」
マルコがハンカチに目を落としながら言った。
「もちろんだよ....。そんな、私のハンカチを人質に取らなくても会いにいくよ。」
「いや、これは約束の印の様なものだから...」
「君は以外と頑固な所があるね...」
二人は顔を見合わせてくつくつと笑った。
しばらく二人は無人のテラスでとりとめの無い話をした。
「そういえば、この状況は私と君が初めて会った時と似ているね。」
「そうだね、あの時も星が綺麗な夜で...」
「兄さんが暴れていて...」
「ジャンが暴れるのはしょっちゅうだろ」
「それもそうだね。」
ジョゼが目を細める。
....こうやって冗談を言い合える関係が、いつまで続いてくれるのだろうか.....
大人になり、様々な世間の事情に揉まれても、こうして二人でまた同じ様に笑う事ができるのだろうか....
「マルコ、私は君に会えて本当に良かった....」
ジョゼがゆっくりと口を開く。
「え...」
「私は訓練兵としての生活が始まった当初、すごく不安だった....
兄さんの足手まといになってしまうかもしれないし、この顔のせいで人からも避けられてしまう....
でも君は私の顔を嫌がらずに話をしてくれたし、悩みも聞いてくれた...。
...君の優しさには本当に救われたんだ。
本当に、言葉では言い表せないよ.....ありがとう、マルコ。」
ジョゼの瞳がまっすぐにマルコをみつめた。
グレーの髪に灯りが反射して、まるで星の様にきらきらとしている。
それが深い藍色の空に栄え、とても綺麗だった。
「僕も...僕も、ジョゼに会えてよかったよ....」
マルコの胸に何かがぶわりと湧き上がった。
そうか、今、僕は彼女が愛しくて、愛しくて仕方が無いんだ.....
「......ジョゼ....僕は、僕はジョゼの事が好きだよ....」
震える声で、やっとそう言った。
「私も、マルコが好きだよ。」
「僕の好きと、ジョゼの好きは、きっと違う...」
「.....そうなのかな...分からない.....
でも、それなら私も、マルコの好きと同じになりたいよ.....」
ジョゼの手がマルコの手をそっと握った。星色の髪が眼前でサラリと揺れる。
「今は、まだそれでいいよ...時間は沢山あるんだから....
これから、同じになってくれればいい.....」
「そうだね....」
二人は手を繋いだまま星を見上げた。大勢の星達が、静かに光を地上へ投げかけている。
「ねえ、ジョゼ....」
マルコが静かにジョゼの瞳をみつめた。
「?なに」
「.....抱きしめても、いい、?」
「......、いいよ。」
ジョゼの背にゆっくりとマルコの腕がまわる。
その肩に顔を埋めると、先ほどのハンカチと同じ優しい香りがした。
この瞬間が、どれだけ幸せだったか.....
いつか大人になった時、もう一度こうする事ができたなら....
二人の頭上では、ジョゼの髪と同じ色をした星が、抱き合う二人を祝福する様に、けれどもとても悲しそうに瞬いていた。
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