ジャンとマルコが話す
木々が生い茂る森の中、104期訓練兵たちが凄まじい立体起動のスピードで駆け抜けて行く。
ジョゼの姿もその中に発見する事ができた。
今回の訓練は採点されている。ここで高得点を獲得できれば上位入りの切符が手に入るのだ。
(恐らく兄さんは上位10名に入るだろう...)
優秀な兄について憲兵団へ入る為、ジョゼにとってこの訓練は非常に大きな意味を持っていた。
(スピードでは他の訓練兵に太刀打ちできない...
...それにしてもこの道、全くと言っていい程巨人の書き割りが置かれていない....
定められた進路を外れている訳でもないのに....)
注意深く辺りを見回すと、木々の間にちらと書き割りが隠れているのが見えた。
(やはり....!進路をただ真っ直ぐに進む過程では見落としてしまう位置に書き割りが数体隠されている...
死角からの不意打ちを想定した配置か....!)
まだ誰にも削がれていなかった書き割りの巨人のうなじを一体ずつ確実に削ぐ。
狙いが定まってしまえばジョゼは絶対に攻撃を外さない。
それは5年間の努力と知識に裏打ちされたジョゼ特有の技術だった。
『ジョゼ・キルシュタイン』
優れた観察眼を持つ。
力、スピードの面においてやや劣るものの、作業の正確さで高い評価を得る。
*
(疲れた....)
訓練の採点が無事終わった。
よろよろと木々の間を抜けて開けた場所に出ると、何やら見知った顔がたむろをしていた。
「お、ジョゼじゃねーか」
気が付いたエレンが手を挙げる。
「やあジョゼ、お疲れ。」
マルコも笑顔でジョゼを迎えた。
「うん、皆お疲れ様...。
?ところで兄さんはどうしたんだ...何やら疲れている様だけれど...」
「なんでもねーよ....くそ、狩猟で食ってきた奴らの理屈はわからん!」
コニーとサシャの悪びれない顔とジャンの発言でジョゼはなんとなく状況を理解した。
「.....まぁ、元気出してよ兄さん...」
ジャンの肩にぽんと手を置いて言った。
「うるせーよ....それよりジョゼ、お前今回どうだったんだ?
....兄貴より良い成績取るとか許さねーからなクソ」
「ジャン、それはあまりにも理不尽だよ....」
マルコがジャンをなだめる様に言う。
「.....」
そんなマルコをエレンが少し訝しげに見つめた。
「なあマルコ?お前は一番に目標を見つけても他に譲ってるように見えたんだが.....
憲兵団になりたいんだろ?得点が欲しくないのか?」
「うーん....」
マルコは少し考え込む。
「技術を高め合うために競走は必要だと思うけど、どうしても...実戦のことを考えてしまうんだ。
一番遅い僕が注意を引いて他の皆に巨人の後ろを取らせるべきだとか、今回の殺傷能力を見る試験じゃ意味ないのに...
憲兵団にはなりたいのにな。ずっと憧れてたから」
「なるほどな...つまりお前は根っからの指揮役なんだよ」
エレンが言う。
「え?」
「適役だと思うぞ?そういう効率的な考えとか、よく気が回る所とか...
オレならお前が指揮する班に入りたいね。」
「私もマルコの班がいいです。生き残れそうな気がします。」
サシャが朗らかに言った。
「その際は是非私も参加したいよ...。マルコなら信頼できる。」
ジョゼもそう言う。
相変わらず人を寄せ付けない鋭い目付きだが、彼女の穏やかな人柄は大体の訓練兵が知る所となった。
「そ...そうかな....」
マルコは思わぬ賛辞を受けて少し照れてしまっている。
「トロスト区の襲撃想定訓練の班か?それならオレもマルコにあやかりたいな。」
更にジャンもそれに重ねて発言した。
「間違っても死に急ぎ野郎の班には入れられたくないな。10秒も生きていられる気がしねぇ...」
「ちょっと待て...それは誰のことを言ってんだ?」
「心当たりがあるならそれで当たってるよ」
「まぁまぁ二人とも」
「また始まっちゃいましたよジャンの遠回しな愛情表現が...」
「黙ってろよ芋女...」
「!?....もう皆忘れたと思ったのに」
「なぁジャン?『死に急ぎ野郎』なんて名前の奴はいないと思うんだが...」
「それはねコニー、君が知らないだけでいるんだよ...私は今朝彼と話したもの」
「なっ....マジかよ....」
「ジョゼ、適当な事を言うんじゃねぇ...」
ぞろぞろと腰を上げて皆森から引き上げて行く。
前方に遠ざかって行くエレン、コニー、サシャ、ジョゼの背中を見ながらジャンは「あぁ疲れた....」と漏らした。
「僕はジャンの方が指揮役に向いてると思うな」
マルコがジャンに声をかける。
「オレが?冗談だろ?勇ましくなんかねぇぞ。何でそう思うんだ?」
「怒らずに聞いてほしいんだけど...ジャンは...強い人ではないから弱い人の気持ちが良く理解できる。」
「...何だそりゃ」
「それでいて現状を正しく認識する事に長けているから、今何をすべきか明確にわかるだろ?
まぁ...僕もそうだし大半の人間は弱いと言えるけどさ...それと同じ目線から放たれた指示なら、
どんなに困難であっても、切実に届くと思うんだ。」
「.....」
「...それに、もしジャンが指示を出す立場に立たされた時、きっとジョゼが力になってくれる。」
「ジョゼが?....オレの力に?」
「彼女は、すごく優れた能力がある訳じゃないけれど、一度目標を定めたら絶対にはずさない。
立体起動時の斬撃も多くを仕留めるよりも一体を確実に仕留める事に重きを置いてるよね。
自分の強みと弱みを的確に理解しているんだ。
ジャンが指示して、ジョゼが狙う。君等双子が協力すれば、必ず大きな戦果が得られるはずだ。」
その発言を受け、ジャンは少し考え込む。そしてひとつ溜め息をついた。
「....ジョゼは見ていて危なっかしいんだよ....そんな事任せられねーよ...
....それに、できれば戦ってほしくなんかねーんだ.....」
そう言って口をつぐんでしまった。
そもそも5年前に、無理にでも家に置いて来るべきだったんじゃないのか?
危険な目に合わす位なら、泣かれても、嫌われてもあいつを兵士になんかするべきじゃ無かったんじゃないのか?
「ジャン、君って変なところで兄貴面するなぁ。」
マルコが呆れた様に言った。
「は?」
「ジョゼがどれだけ努力してきたかは君が一番知ってるはずだろ?
少しはその力を信頼してやったらどうだい。」
ふと、黄昏れる空を背にして立体起動装置を身につけたジョゼの姿がジャンの頭の中によぎった。
「あ、あぁ....」
マルコはまだ納得のいかなさそうなジャンを見て少し笑う。
「いずれ理解できるさ。......僕には、君たち双子が羨ましい。」
「そうか?なんならやるぞ。」
「....その言葉、覚えておくよ。」
風は凪ぎ、大気はゆるやかな心地よい空気を運んでくる。
その穏やかさは、まるでこれから訪れる嵐を予感させる様に、どこまでも優しかった。
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