二人の待ち合わせの定番となっている十字路にマルコがやってくると、ジョゼがベンチから立ち上がってそれを迎えた。
「………………。」
「………………。」
二人はしばし無言で相対していた。お互いの出方を伺っているようである。
「あ、あの…………。」
ようやく口を開いたのはジョゼの方だった。
マルコは期待と不安と焦りと、色々なものがない交ぜになった気分で彼女の言葉の続きを待つ。
「…………まっ、まことに申し訳ございませんでした……!」
しかし…次にその唇から漏れたのは丁重なる謝罪だった。
それと同時にジョゼの頭が深々と下がる。……下がり過ぎて額が膝小僧につきそうな勢いであった。
「え………、えっと……?」
状況が全く持って掴めないマルコは、とにかく頭を上げてくれと彼女の姿勢を元に戻してやる。
ジョゼは泣きそうな表情をしていた。そしてどういう訳かマルコとは目を合わせてくれない。
………彼の中で、一番に不安に思っていた可能性がずしりと存在感を持って浮かび上がる。
少し呼吸が乱れた。
やがてジョゼは……そろそろと何かをマルコへと差し出す。
見ると、非常にポピュラーなチョコレート菓子だった。
彼は無言で受け取る。色彩が失せた冬の景色の中、紙箱の赤さは際立って鮮やかである。
「………マルコが仰る通り…わ、忘れてました。今日がバレンタインデーだってこと……」
本当にごめんなさい、せめてものお詫びです。とジョゼはちぐはぐな敬語を使いながらまた謝ってくる。
………恐らく、本気で申し訳ないと思っているのだろう。
「…………。ああ。」
少しの間の後で、思わずマルコは声を漏らした。
それから…こちらを見ようとしないジョゼの顔を両掌で包んで、無理矢理自分の方へぐるりと向かせる。
「お前……お前ってやつは本当に……本当にもう……」
心無しか彼女の頬へと添えられた指が食い込むような。恐らくマルコは怒っている。しかもかなり。
それを理解したジョゼは小さく「ひええ」と漏らした。
「ご、ごめんってば。許して下さい。」
「許さない」
「ええ……。」
二人は顔の距離が近いままで見つめ合う。
ジョゼはどうしたものか…と、かなり困っていた。
「………じゃあ、どうすれば許してもらえる?」
「許して欲しいのか」
「そりゃあもう……」
なんでもするよ、とジョゼは必死に言った。
ようやくマルコは彼女を離してやると何かを考え込む様に掌を顎へと持っていく。
ジョゼはその様子を見守りながら…相当の力が加わっていた自身の頬を解す様に、軽く揉んだ。
「なんでもするのか……」
「ああ…火を飲み込むとか鉄の鎖を引き千切るとかそういう凄いことは無理だけど」
「何故お前はいつも僕の考えを斜め上に読む」
「痛い」
マルコはジョゼが湛然に解していた頬をぐにと抓った。正直な感想が彼女の口から漏れる。
「とにかく。僕の気を揉ませまくった罪は重いよ」
「うん……。ごめんね。」
「許さないって言ってるだろ」
「………困ったね。それは嫌だ。」
許してもらえる方法を懸命に思考しているらしいジョゼの耳にマルコは唇を寄せた。
…………実を言うと彼はそこまで怒っていない。ただひどく安堵しただけである。
そして今は…非常にベタであるが、これで良いだろう。等と愉快な気持ちさえ抱いていた。
ジョゼはマルコの短い要求を聞き終えて、ひとつ頷いた。
……頷いたまま、徐々に顔に熱が集まってくるらしく…数秒もしないうちに真っ赤といえる表情になる。
「うーん、恥ずかしいよ。」
ジョゼはちら、とマルコのことを見た。
「したくない?」
彼が穏やかに尋ねれば、「そんなことは…無いよ。けど」とはっきりしない返事をする。
「私…ちょっと身長が足りないような気がするんだけど」
「…………今年度の身体測定の結果は」
「ひゃくよんじゅうセンチメートル……?」
マルコは無言で再びジョゼの頬を抓った。「ごめんなさい。嘘です。」と端的に謝られる。
ゆっくりと彼がそこから指を離すのと、ジョゼがひたと視線を合わせてくれるのはほぼ同時だった。
その瞳を見たときにマルコは……そう言えば彼女には結婚を申し込んでいたんだっけ……といつかの日を思い出す。
……………なんだ。心配する必要は全然無かったのにな。
ジョゼは僕のことをずっと好きでいてくれることは、あの時にきちんと確認出来ていたのに……
少し伸びた彼女の柔らかい髪の毛が頬に当たってくすぐったい。
気持ちは落ち着いていたけれど…何だか彼女のひどい慌てようとか、取り乱して打ったらしい奇妙なメールの文章を思い出しておかしかった。
そうしてジョゼもきっと必死なんだろうと思って、改めてほっとする。
でも…寂しい気持ちになったのは事実だったので少し仕返しをすることにした。
彼女はどうやら驚いているらしい。
それはいつの間にか回していた腕の中で、その身体が少し震えたことから分かった。
「……………………。」
ジョゼは未だにしっかりとマルコに抱かれていた。
しかし、少し惑う様に自身の唇をなぞる。その指先までも薄紅に色付いているのは寒さだけの所為では無いのだろう。
やがてくったりとその頭はマルコの肩に預けられる。心地良い重みに、彼も優しく笑った。
「…………うん。許すね。」
安心させてやるようにジョゼの背中を撫でてやりながらマルコは機嫌良く言う。
「それは……良かった。」
か細く返答された。
「ああでも…色々させといてなんだけど、僕はやっぱりジョゼの手作りのチョコが欲しいなあ。」
「…………うん、そのつもりだよ。」
遅くなるけどごめんね、大好きだよ。と零してジョゼもマルコの身体に腕を回した。
少し、力がこもってぎゅっと抱かれる。同じ様に強く抱き返してやった。
「ジョゼはかわいいね……」
しみじみと心から言う。
「……。そんなこと言ってくれるのはマルコくらいだよ」
「うん、それで良いんだよ。僕だけが分かってれば…それで。」
「…………………。」
ジョゼは少し釈然としないようであったが、やがて「それもそうだね…」と零して溜め息をした。
マルコは今一度かわいいね、と最愛の人を褒めてやる。好きだよ、と付け加えて更に一度。
そうしてそれは…気恥ずかしくなったらしいジョゼが「も、もう良いよ…」と弱々しく音を上げるまで、何度でも続いた。
結月様のリクエストより
バレンタインデーなのにチョコをなかなか貰えず、不安がるマルコ。で書かせて頂きました。
←