……………マルコは、多少項垂れて自室のベッドに仰向けに身を預けていた。
もう夕方に差し掛かっていたので天井に吊るされた蛍光灯がやたらと眩しく感じる。
(忘れているのか…………?)
そんなことを考えた。
それならば…相変わらずそそっかしいなあで多少笑って済ませるものである。
しかしマルコが心配していたのは、ジョゼが今日という日が何を意味しているのか自覚をした上で自身にチョコを渡してくれていない可能性だった。
(確かに…とんだ茶番じみた行為だと言ってしまえばそれまでだけど)
所詮菓子メーカーのマーケティングに踊らされている行事である。
しかし…
(チョコを作るまでもない、そういう…そこまでの関係だと)
彼の考えは後ろ向きな方へと徐々に陥っていく。
思い返してみれば…ジョゼの方から積極的に愛情を求められた事は少なかった。
勿論大切にはされているのだろうが、いまいち……特別な、彼女にとってたった一人の相手なんだということを実感するまでには至っていない。
(……………。もしかして、僕と別れたいんじゃ)
そんなことがふうと胸の内に湧き上がって、「いやいやいやいやいや」と言いながら身体をがばりと起き上げた。
…………それは、無い。無い筈である。
嫌われるようなことはしていない。決して。
だが……『やっぱりマルコのことは友達としか思えなくて…』だとかなんだとか言う彼女はすぐに想像する事が出来た。
なんということだろう。ひどく焦燥して喉がやたらと乾く。
勿論彼女にそう切り出されたら引き止めるような未練がましいことはしたくは無い。
だが、積年とも言える想い人である。そう簡単に諦めがつくものでは………
(…………………。)
溜め息をひとつ吐く。ひどく情けない気分だった。
「僕は………」
誰に言うでもなく呟いてみる。声は少しだけ掠れていた。
「ジョゼと……一緒にいたいんだけど。」
彼女にとって、特別な人間として。
しんとした部屋の中で、時計の秒針の音だけがこちこちとせわしなく響いた。
半身を置き上げたまま、膝を抱える。嫌だなあと思った。いつも自分ばっかり好きみたいで。
しばらくそうしていると、携帯電話が鈍く震える音がした。
電話であったらとても取る気にはなれなかったが…どうやらメールらしいのでそれを手繰り寄せて、送られて来た文章を見る。
(ん…………。)
ジョゼからだった。
その名前が液晶の向こうに表示された途端、マルコは心臓が口からまろび出そうな気分になる。
…………落ち着かせるように深呼吸をしてから、メールを開いて中身を見た。
>お世話になっております。
貴方のクラスメイトのジョゼと申します。
(……………?いや、知ってるけど。)
>さて、唐突なお願いで恐縮でございますが、時節柄お忙しい折と存じますが、
何卒例の十字路にまでお出向きいただき、私と会って頂きたく存じ上げます。
(なんだこの文章…そういやあの子現文苦手だったな)
>ご繁忙の折からまことに恐縮ではございますが、ご都合がよろしければ、
ご承諾いただきたく、お願い申し上げます。
(句読点多いな)
そこで文章は終っていた。
ジョゼはあまりメールをしない。電話の方が多い。……恐らく文章を考えるのが苦手なのだろう。
それは知っていたが、今回のはいつにも増して珍妙な言葉の配列だった。
何かの暗号が隠れているか疑ってしまいたくなるレベルである。
(………ひとまず。十字路まで行けば良いんだな…?)
ここでマルコの胸の内には少しの希望が宿った。
…………もしかしたら、目当てのものをもらえるかもしれない…と。
しかし同時に更なる不安も起こる。……先程考えていたこと…つまり、別れ話を切り出されるのではと。
「どうすりゃ良いんだよ……」
彼は一人ごちながらも壁にかけていたコートを外し、身に付け始める。
………心の覚悟は全くと言って良いほどついていなかったが、ひとまず行かなければ何にもならない。
今のマルコはじっとしていることがとにかく出来なかった。
外に出掛ける準備を済ませてから、彼は携帯電話を再び手に取って返信を打つ。
>了解
と一言。
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