「…………………で。」
ようやく海から上がって来たジャン、マルコ、エレン、ミカサを前にしてジョゼが口を開く。
「一体何があってこんなことに……」
そう言いながらそれぞれにタオルを渡してやる。
海に行くと言うので念のために持って来た物だが、まさか役に立つとは。
四人とも、腿上まで海水に浸かったらしく脚がぐっしょりとしていた。
「ジョゼ、砂や藻が沢山ついて拭くのが大変。……手伝って欲しい。」
浜に座り込みつつ自らの脚をジョゼに示すミカサに、マルコが「甘えるな」と軽くいなすように白いタオルを投げる。
ミカサはタオルをはっしと受け取り、表情を僅かに動かして忌々しそうな雰囲気を醸す。
「ミカサ、何ならオレが手伝って「必要ない」
そしてジャンの持ちかけは一蹴された。
落ち込む兄を励ます様にジョゼはジャンに「好きな飲み物選んで良いよ」と腕に抱えた缶たちを見せる。
ジャンはその中からココアをひったくるようにして取ると、冷えきった自らの脚をごしごしとタオルで拭いてはようやく靴と靴下を履いた。
*
「はあー………。」
溜め息を吐きながら、今一度六人は並んで海を眺めていた。
皆手の内にはジョゼが買って来た暖かい缶の飲み物を持って。
「沁みるなあ……。」
熱いココアを飲みつつそう言うジャンに少し苦笑して、「そりゃあこの季節に海に入れば身体は冷えるよ…」と隣に寄り沿ったジョゼが応える。
「皆海が好きなんだねえ…」
まさか見るだけに留まらないとは、とジョゼはつくづく感心したように言った。
そして掌の中のおしるこ缶に口をつけて、少しずつ飲む。
「…………ジョゼも好きじゃないか、海。」
それに応える様にしてはアルミンはコーンポタージュのプルタブを空けた。
ようやく少し冷めて飲み頃になったと思ったのだろう。
「夏にここ来たときは一番はしゃいでたし……。」
そして楽しそうに言う。
ジョゼはそうかな…と首を傾げながらまたおしるこを飲んだ。
「確かにジョゼのはしゃぎっぷりと言ったらなかったな。
浜辺に打ち上げられたクラゲってだけでも興奮して『どうしよう、宝物を見つけたかも知れない…』ってすごいときめいた表情で僕に報告してきたり。」
マルコはその時を思い出しておかしそうにする。
今目に映るのは灰色の冬の海だが、最早懐かしくも感じる夏のここは……空と海の二色の澄んだ青がそれは美しかったっけ。
「そ、そのことは忘れて良いよ……。だって透き通ってて綺麗だったから……ちょっと勘違いしただけだし…」
ジョゼは非常にばつが悪そうにしながら頬を軽く染める。
そのことは、兄のジャンによって散々からかわれつくされたので…思い出したく無い恥ずかしい出来事だったのだ。
「まあ確かに初めて見たら驚くよね、あれは。何にせよときめきついでに触ったりしなくて良かったよ。」
刺されたりしたら大変だから…と、笑いながらマルコは言う。
それからコーヒーを実に美味しそうに飲んだ。大層愉快な気分のようである。
「………また来年の夏も行こうな、海。」
冬も悪くはねえけど泳げないのはつまらねえ、と零すエレンの鼻の頭は少し赤かった。
そして隣のミカサが飲むミルクティーを指で差し…それ美味そうだな、一口くれよ、と言う。
何の抵抗も無くエレンのカフェオレと自分の缶を交換するミカサ。
その行為を見てジャンは自分のココアを思わず取り落とした。
ジョゼは……エレンの言葉に同調するように首を縦に振る。
…………どうやら彼女はアルミンの言う通りやはり海が好きらしい。
今夏念願適って皆で訪れたここでの思い出は、掛け替えの無いものとしてその胸中に残っていた。
「なんならまた春に来ても良いんじゃないのか。海。」
流石にまだ泳げないだろうけど、とマルコは穏やかな表情となったジョゼに優しく話かける。
「また海かよ…。海はもう良い、海は。」
ジャンはうんざりしたように首を振ってココア缶を拾う。
幸い柔らかい砂に垂直に落下した為に零れることは無かったようだ。
「春と言えば花見だろうが。辛気くさくてだだっ広い海よかずっと楽しいぜ。」
そう言ってからジャンはぐい、と缶の中身を飲む。その気分はヤケ呑みのようなものであった。
「お花見……いいね。すごく素敵。」
兄の提案に、ジョゼは少々興奮したように応える。
「そう言えば学校の近くの公園にちょうどでかい桜の樹があったよなあ。弁当持って皆で行こうぜ。」
エレンが珍しくジャンに意見に同調して……楽しそうに言った。
「それなら、ジョゼ。あれを作って欲しい。こう、…肉が丸くなってあれしたものを。」
「…………ミートローフのことかな。」
「強そうな名前のあれも良いけれど外で食べるのには向かないから」
「ビーフストロガノフね。……名前覚えた方が楽で良いと思うよ。」
私が覚えなくてもジョゼが大体察してくれるから良い…とミカサは素っ気なく言った。
マルコはそのやり取りが何だかおかしくて吹き出し、「確かにジョゼの料理は美味しいからな、…意外な特技だ。」と小さく零した。
「良いね…。皆といると今までもこれからも楽しいことが沢山あり過ぎて、私…こんな贅沢者で良いのかな。」
マルコの言葉に照れた様にしながら頬を軽くかいてそう言うジョゼの髪を、冷たい潮風に静かに揺らしていく。
「こんなもんで贅沢気分が味わえるとはなあ…安上がりでこっちも有り難いぜ」
ジャンはどこか嬉しそうにしながら、少し乱れた妹の髪を直す様に撫でてやった。
それは相変わらず細い髪質で、柔らかである。
「うん。今年も来年も再来年も……ずっと一緒だって思うだけで、私はすごく幸せだよ。」
くすぐったそうに兄の行為を甘受しながらのジョゼの言葉に、皆穏やかな心持ちになって再び海を眺める。
それは相変わらず冷たく、灰色に畝ってはこれから更に厳しくなっていく冬の寒さを連想させたが……不思議と心持ちを綺麗にさせる景色でもあった。
「そういえば」
その時。しばし訪れた沈黙を打ち破る様にミカサが口を開く。
…………皆、その方を見た。彼女は相変わらず無表情で自らのミルクティーを飲んでいる。
口を離した缶からは湯気が白く細く立っていた。
「確認するけれど、結局一番沖の近くまで行ったのは「さあ冷えるからそろそろ行こう」
ミカサが最後まで言葉を終える前に、マルコが切り替える様に一段声を大きくして言った。
それに続いてジャンも急に焦り出し、「お、おう。そうだな。これ以上こんなとこにいたら本格的に風邪引いちまう。」とやはり声を少々張って地面に置いていた自らのバッグを肩にかける。
「ほらジョゼ、行くぞ。」
そして隣できょとりとした表情をしていた妹の手を強く引いた。
ジョゼはよろめきつつもそれに従う。
……………ジョゼ、ジャン、マルコの三人が浜から引き上げてさっさとそこから去ろうとするので、エレン、ミカサ、アルミンの三人もそれに続いて歩いた。
「兄さん、マルコ。ミカサが何か言いかけていたみたいだけど」
「良いからさくさく歩け」
「そうだな。早く帰らないと日が暮れてしまう。」
そしてアルミンは……前を歩く三人のやり取りを聞きながら、ジョゼを巡るやり取りは桜の季節までには収束しているだろうか…いやしていないだろうな。ということを思って何とも困った気持ちになる。
だが……やはり、こうしてまた皆で巡り会って話して、遊ぶことが出来て本当に良かったんだと……前よりも幾分笑う回数の増えたジョゼを眺めながら、彼は一人悦に入っては頷くのだった。
理莉様のリクエストより
海へ遊びに行くで書かせて頂きました。
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