「おはよう」
朝、靴箱にて声をかけられてジョゼはおはようと応えた。
今日も今日とて……彼は爽やかかつ優しい笑顔の持ち主である。
一日の始まりにその姿を確認すると彼女はとても幸せな気持ちになった。そうしてつくづくマルコのことを好きだなあと感慨に浸るのであった。
「……………。なんだよ。」
ジョゼがしばし、じっとその顔を覗き込んでいたので……彼はやや照れたようにする。
「いや、今日もイケメンだね…と。」
「……………??なんだか今日は随分チャラいね。変な本でも読んだのか」
「チャラくないよ。私はいつだって大真面目」
「そう……?慣れないことをあまり言うなよ」
「いや、言わないと慣れないから」
「慣れなくていいだろ」
「なんで」
「うん………。単純に、照れる。」
二人は暫時眺め合った後、どちらともなくこそばゆくなって視線を逸らした。
しかしジョゼは顔を背けた先で何故か一発頭をはたかれる。「痛いよ」と正直な感想を漏らした。
「そりゃ痛くしたからな」
「痛くしないで欲しかったなあ……」
「うるせえ、爆ぜて滅びよ」
「………兄さん、また変な漫画読んだでしょう。」
そうして会話に加わってくるこれもまたジョゼにとっては大事な存在である兄。
世の中はまさにいつもの如く万事安寧であり、こうした平和な毎日が堪らなく幸せなのだなあと彼女は一人しみじみと思うのであった。
「お前もなあ、靴変えんのにどれだけ時間食ってるんだよ。人の妹にちょっかい出す暇あったらさくさく履かねえか」
しかしそんなジョゼに反してジャンはやや不機嫌なようであった。
苛立った様子でマルコへと声をかけるが……どういう訳か親友が靴箱の前で固まってしまっているので、「おいどうした」と更に言葉を重ねる。
「……………。」
しかしマルコは無反応である。訝しく思ったジャンは傍まで行って、彼が眺めている一点……靴箱の中を覗き込んだ。
「なっ」
そうしてマルコの上履き以外に、とあるものが収まっているのを確認すると思わず声を上げる。
…………ジョゼも、彼らの近くまでやってきてそれを見た。
「「「………………。」」」
三者三様で黙りこくる。
ジャンがちら、とジョゼの方へと視線を移した。彼女も兄を見つめ返す。
………キルシュタイン兄妹が揃ってマルコの方へと向き直った。
そうして、靴箱の中に手紙を忍ばされた張本人はなんともいたたまれない気持ちになる。
はっと我に返ってなんだかやたらと可愛らしい封筒を引ったくるように鞄にしまい、走ってその場を後にしてしまう。
「………。マルコ、靴変えないと」
その後ろ姿を見送りながらジョゼが呟く。
「お前…言うことはそれだけかよ。」
ジャンは少々呆れながら、妹の頭を再び小突いた。
*
「……………で?」
そうしてその日の休み時間、自身のクラスまでやってきて頭を抱えているマルコへとジャンは気の無い呼びかけをした。
「で、じゃないよ……!」
「で、しか言いようがねえだろ。………まあとにかく教えろよ、どこの誰からの不幸の手紙だ。」
「いつの時代だ!!手紙の様子からあらかた内容は想像つくだろ」
「………恋文ってのも相当時代錯誤と思うがな」
ジャンはマルコの言葉を真剣に聞くつもりは無いらしく、引き続き分厚い漫画雑誌のページをぱらと捲る。
読んでる場合か!!とマルコは非難がましく言った。どうやら相当切羽詰まってるらしい。
そうして……小声で差出人の名前を友人へと耳打ちする。ジャンはほお、と相変わらず適当な返事をした。
中々かわいい奴じゃねえかと付け加えて。
「それで……お前はまんまと顔に騙されてその女に乗り換える訳か。
まあうちの妹はお世辞にもかわいい顔はしてねえもんなあ、しかし薄情な野郎だ」
「そんなことするもんか!!冗談でも怒るぞ」
「へいへい、大きな声出すなよ。……そうとまで言い切るならお前は一体何を悩んでるんだ」
ジャンはようやく雑誌を閉じてマルコの方を向く。
………しかし、反対に彼は顔を背けてしまう。正直ジャンは(こいつめんどくせー…)と思った。
「………………ジョゼが。」
「おう、顔が怖いばかりに恋人に捨てられる可哀想なうちの妹がどうした」
「だからなんでそうなるんだ……!」
「まあ……オレの願望?慰めてやらねえとなあ」
「嬉しそうにするんじゃない!!」
マルコは机を拳でどんと殴る。おいお前人の机に何しやがるとジャンはぼやいた。
「ジョゼが………。皆目なんにも無反応なんだよ……」
「なにに対してだ」
「話の流れから分かれよ……。僕がっその、あれをもらったことに関して……」
「ああ、ジョゼの興味を引くことすらままならないとか……捨てられるのはお前のほうだったか」
「怒るぞ、というかもう怒った!!」
「おいおい落ち着け。あいつ馬鹿だから状況を未だ分かってない場合もあるだろうが」
「いや……、『流石マルコはイケメンだから』とか当たり前のように言われたんだけど」
「はっはっは、お前がイケメンとか。ジョゼの目は節穴だなあ」
「笑うのはそこじゃない!!!ていうかお前偉そうに言うけど人のこと指摘できる顔してんのか!!」
「なにおう少なくともてめえよりはイケメンだ!!」
………マルコは。なんだかジャンと話していたずらに体力を消耗するのが馬鹿らしくなって溜め息を吐いた。
そうして「普通……いくらなんでもちょっと位やきもち焼いてくれるもんじゃないかなあ」と呟く。
もし彼女と自分の立場が入れ替わったとき……行動に現すとまではいかないが、相当嫌な気持ちになると思うのだが。
まあ……ジョゼの場合ほとんどの男子に見た目から畏怖され避けられているので、その心配があまり無いのは有り難い。
「あー…………。でだ、結局お前はオレにどうして欲しいんだ」
「そんなの僕もよく分かんないよ……」
「女々しい野郎だな。正直に言えばいいじゃねえか、偶には嫉妬しろって」
「そういうんじゃ……ない」
「要はそういうんだろうが。お前ってほんとジョゼのことになると最高にめんどくせえ且つ馬鹿だな」
ジャンはべんと分厚い漫画雑誌の表面でマルコの頭を叩いた。
痛いよ、と不満を述べれば角じゃなかっただけ有り難いと思えとすげなく返される。
………もう、彼はマルコの話を聞くつもりは無いらしい。再び雑誌のページを適当に開いて視線を落としてしまう。
マルコ自身もこれ以上相談しても栓が無いな、と理解してその場を後にした。
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