(マルコを看病する続き マルコ入院中、恋人時代)
「あれ…………。」
大晦日の晩。病室のドアが開く気配にマルコが顔を上げると、そこにはジョゼが立っていた。
思わず不思議そうな声を出すと、彼女は何故だか気まずそうにする。
「どうしたの?」
今夜は来る予定無かったよなと付け加えれば、ジョゼは一瞬言葉に詰まった後…「そう、だっけ。」とだけ言った。
続けるように「うん……そうだよね。」それもそうだよね、と口の中で呟く。
別段アポイントが無かったとしても暇を持て余していたマルコにとっては、様子を見に来てもらうのは嬉しいことだったが……
それがジョゼであるなら尚更なのに、どうにも彼女は決まりが悪そうである。
「ひとまず入ってきなよ。」
未だに入口で佇んだままの親友…そして遂最近恋人になった…にとりあえず優しく声をかけてみた。
ジョゼはハッとしてから「あ、うん。ハイ、お邪魔します。」と応える。
慌てているのか随分とかしこまった口調になっていた。マルコは苦笑しながら「落ち着けよ」と呟く。
「これ…花屋で見て。ひとめ惚れしたから。」
マルコが半身を起こしていたベッドの傍まで来て…定位置となっている椅子に腰掛けると、ようやくジョゼは挙動不審な状態から抜け出す。
そうして手にしていた花束をマルコへと見せた。
白い花である。一重の花弁が頭を垂れて常磐の細い葉の間から覗いていた。
マルコは小さく控えめな花をひとつずつ眺めた後に、「綺麗だね」と正直な感想を述べた。
「待雪草っていうんだって。」
「そっか、もう雪の季節はすぐだからな。」
「うん……。」
「雪が早く降って欲しい?」
「どうかな、寒いし外での訓練が大変になるからね。」
「まあそれもそうか。」
「でも…綺麗だよね。好きだよ。」
ジョゼはマルコとぽつりぽつりと言葉を交わしてから、持って来た花をいつものように花瓶へと生ける為に立ち上がった。
基本的にこの兄妹がやってくる時に持ってくるものは…ジャンは本や食べ物等の娯楽物、ジョゼは生活に必要な細々としたもの、そして時々花。といったように決まっている。
マルコは格別に花が好きな訳でも無かったが……味気のない病室の中にずっといる所為だからだろうか、今ではほんのささやかな花からでも喜びを見出せる様になっていた。
それらが咲いて散って、また新しいものが生けられる。花がここにあることが、自分が想われている何よりの証のような気すらした。
「右手の調子は……どうかな。」
ジョゼは花瓶の位置を微妙に調節しては納得したらしく、コートを脱ぎながら尋ねてくる。
………現れたのは制服であった。しかし数年前に着用していたマルコと同じものでは無い。似ているようで少し違う。
彼女の胸に留まる白と青の交差した羽を眺める度に、マルコの胸はほんの少しの痛みを伴った。
一番に辛かったであろう時期にジョゼの傍にいれなかったことが悔しいとか…
そしてその出来事を話してくれないことが寂しい、とか。
「うん…。徐々に動く様にはなるんだけど、細かい指先の扱い方とかがどうも……まだだね。」
でも、無理に聞いてはいけないと思った。今は、いつかは話してくれることを信じて待つしか無い。
マルコの回答に、ジョゼは「そう……。でも、焦らなくても大丈夫だよ。」と淡く笑って元の椅子へと腰掛ける。
私も兄さんもいるからね、と続けながらジョゼはマルコの右掌を取った。
鈍くぼんやりとした感覚ではあるが、確かに彼女が触れてくれたことは分かる。うまく握り返せなくてもどかしい。
「分かってるよ。………。ありがとう。」
ゆっくりと礼を述べる。
そしてきちんとこの掌が動くようになったときに沢山触れて、掴んで離さないようにしようと思った。
今は、ただ重ねるだけ。
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