放課後の図書室にて、頬杖をついてすぐ隣を見下ろすように観察していたベルトルトは……やがておもむろに腕を伸ばした。
「………………長くなったね。」
そう言ってはジョゼの柔らかい毛質の髪をくるくる、と指先に巻く。
「そうかもね……。」
「邪魔じゃないの」
「別にそうは感じないなあ。……切った方が良い?」
「いや…このままが良いと思うよ」
ベルトルトはそのままでジョゼの髪先を弄び続けた。
梳いて掬って、また指に巻き付けて離す。癖が少ない性質の髪はぱらぱらと元の位置に戻り、同じ様子に落ち着いた。
相変わらず彼女はそれを気にした様子は無く勉強に勤しんでいる。……試験期間はもう、間近であった。
基本的にひとつのことにしか集中できない性分である所為か、ベルトルトの行動に勉励を乱されることは無いようである。
彼はそれを少しつまらなく思ったが……仕草を休めることは無く、手持ち無沙汰とも言える調子でジョゼの髪を撫でては触れていた。
「…………おい。」
そして全く心に懸けていない当の本人に代わって、向かいに座っていたマルコが若干苛立った口調で声をかけた。
「触ってやるなよ。気が散ってしまうだろう。」
「…………らしいけど。どう、やめた方が良い?」
「うん……どうでも…、どっちでも良いよ」
「どうでも良いって何、ジョゼの癖に」
「痛い痛い、引っ張らなければ何でも良いよ……」
ジョゼの許可を無事に得ることが出来たので、ベルトルトは長くなったその毛先で彼女の鼻の辺りをくすぐった。
小さくくしゃみがひとつ漏らされる。
「………それも駄目。くすぐったい」
「僕、駄目と言われるとやりたくなるんだけど……」
「それは……困ったね。」
ベルトルトと会話しながらもジョゼは教科書から視線を上げることはしなかった。
彼は遂に業を煮やして「いや、困ったじゃなくて。もっと僕に構いなよ」と髪をいじっていた掌でジョゼの頭を掴んで自分の方に向かせる。
「痛い痛い私の首はそっちの方向には曲がらない」
「さて生物の問題です今痛くなった箇所の名前は」
「えっ分からないよ…そんなの試験範囲じゃないし……」
「正解は僕の心?」
「私の首の方がもっと痛い筈だから離して欲しいなあ」
ようやく離されて、ジョゼはコキコキと首を鳴らしてから溜め息を吐いた。
…………そしてまた勉強へと勤しみ始める。
ベルトルトもまた彼女の髪を弄る作業に戻った。
結局……状況は先程からまったく変化していない。
マルコの隣に座っていたジャンもややベルトルトを勉学の邪魔に思い始め、「おい……お前は試験対策しなくて良いのか」と不機嫌そうな口調で言った。
「うん……。僕君等と違って頭良いから問題ないよ」
((うざっ))
ジャンとマルコの心がひとつになった。
「ああ……そう言えばジョゼ、髪洗う石鹸変えた?」
「嗅ぐな。何の権利があってお前がオレの妹の髪を嗅ぐんだ」
「いや……ほら。僕とジョゼ仲良いし」
「………お前たち仲良かったのか?」
マルコが呆れたようにしながら質問する。
………仲が良い、という言葉通りにジョゼとベルトルトの関係を受け取ることはどうにもできなかった。
「良いに決まってるじゃないか。こんなに可愛がってやってるのに」
「………お前は愛情表現に難があり過ぎるんだよ」
「じゃあ……もっと素直に表現した方が良いの?」
「え………。いや、そういう訳では」
一瞬言葉に窮するマルコを放って、ベルトルトは今一度ジョゼの頭を自分の顔へと寄せる。
「ああ、やっぱり匂い違うね。こっちの方が良いんじゃない。」
「そうかな。」
「うん。良い加減兄貴と同じ石鹸はやめた方が良いと思うし」
「えっ、やめた方が良いの?」
「そりゃあ……」
「おい良い加減離れろ人ん家の兄妹事情にまで首突っ込むな」
ジャンが持っていたシャーペンを今にも投げそうに構えるので、ベルトルトは「こわあ」と一言漏らしてジョゼを離してやった。
「…………………。」
離されたジョゼは少し何かを考え込むようにした後、「ちょっと失礼…」と言いつつ席を立つ。そして図書室の入口の方へと歩を進めた。
「大?小?」
その背中に言葉を投げ掛けたベルトルトの頬をかすめて、今度こそシャーペンが容赦の無い速度でジャンの掌から飛んでいった。
→