いつか見る空 | ナノ
―――――朝。



耳障りな………しかし、非常に聞き覚えのある音によってマルコの意識は眠りの淵から引き摺り上げられた。


(うーーーーん……………)


朝はきちんと起きる事のできるマルコであったが、昨日は休日前夜という事もあって少々夜更かしをしてしまったのだ。


よって現在………時計は既にam9:00程を差していたが………はまだ起き上がりたく無い時刻であり………鳴り続ける携帯電話を無視して寝返りを打ち、再び眠りにつく事を脳内会議で決定した。


…………しかし、中々に呼び出し音はしつこく鳴り続ける。



流石にうるさく感じて来たマルコは意を決して通話ボタンを押し、寝起き独特の低い声で「………もしもし」と電話に出た。



『……………あ、えっと』


不機嫌全開のマルコの声に応えたのはおっかなびっくり、という様なか細い声。


たったそれだけの音の羅列で、マルコには勿論電話の相手が誰だか分かった。それと同時に意識は一気に覚醒へと持っていかれる。



「え?え?えーっ、……………ジョゼ?」


思わずベッドから勢い良く起き上がり、部屋の中を落ち着き無く歩き出す。



……………やはり、好きな人からの電話というのは何回目になっても慣れないものだ。


先程までの機嫌の悪さ等どこへやら、マルコは何ともむず痒い気持ちで電話を持ち直す。



『…………ごめん。もしかして、寝てた?』


「う、ううん、そんな事ないよ。大丈夫。」


『そっかあ、良かった。』


電話口のジョゼがそう言ってひとつ溜め息を吐いた気配がした。


………どうやら、随分と先程の自分の受け答えで怖がらせてしまった様である。



『ねえマルコ。』


「何だい、ジョゼ。」



反省して、今度は出来るだけ優しく彼女の声に応えてやった。………朝からジョゼの声が聞けるなんて、今日はとても良い日だ。



(そう言えば……………)



今日は、確か彼女はジャンと二人で水着を見に行く筈の日………。


こんな時間に何の用事だろう…………



『…………ちょっと、窓の外覗いてもらっても良い?』


「え?」



やや気持ちが沈みかけていた時に、彼女から謎の要望が。


首をひねりながらもマルコは締め切られていたカーテンを開けて外を…………そと、を……………



えっ



マルコはカーテンを開け放した姿勢で固まってしまった。固まらざるを得なかった。



そこでは携帯電話を片耳にあててこちらを見上げつつ手を振るジョゼ、その隣でイライラした様に腕を組んでいるジャン………、更に彼等の背後に何故か、ライナーとベルトルト。



「なっ、何で君等がここにっ…………!!??」


頓狂な声を上げながら窓をがらりと開くマルコ。外からは初夏の湿った暖かい空気が部屋の中に流れ込んで来た。



『…………マルコが時間になっても十字路に来ないから………。君が遅刻なんて珍しいなあって思って、迎えに来たんだよ。』


受話器から聞こえる声と全く同じ口の動きをさせて相も変わらずこちらをじっと見つめているジョゼ。


マルコは今自分がどういう状況に置かれているのかさっぱり分からずに首をひねるばかりである。


「あっと………、ジョゼ。一体何の話をしているの。」


それを言葉でも伝えるが、今度はジョゼの方が一瞬驚いた様な顔をした後に不思議そうにした。



『おかしいな………。今日、私は君に一緒に水着を選んでくれる様に頼んだのだけれど………』


「………へ?」


『待ち合わせの時間と場所については、昨日メール送ったんだけれど、見なかったかな?』


「へ?」


マルコが目を丸くしてジョゼの事を見つめると、彼女は淡く笑ってこちらに手招きをする。



『早くおいでよ、マルコ。』



その声色と表情は明らかにいつもよりも明るいもので、ジョゼの気持ちが少しだけ昂っている事を伝えていた。



…………雲間から、透き通った色をした太陽がこちらを覗いている。青空の中で、風がさやと鳴った。



マルコは自分の胸の内で、どういう訳だか不思議な幸福感が漲っていくのを感じていた。



そっか………。



あれ、おかしいなあ。



僕は、一体何を不安がってたんだろう。



「うん、今行くから、ちょっと待っててね。」



僕の大切な恋人も親友も、同じ位…当たり前の様に僕の事を大切に思ってくれていた事に、何で気付けなかったのかな………。



『分かったよ。私たちは、ここで待ってるね。』



それだけ言って、ジョゼは電話を切る。


けれど彼女の視線は未だに太陽の光をきらきらと反射しながら僕の事を見つめていて‥‥‥‥それがとてもとても嬉しくて、思わず大きく手を振り替えした後に、僕は急いで出掛ける準備を始めた。



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