「だ・か・らスクール水着で充分・っつてんだろが!!!」
ジャンの言葉と共にジョゼの机の上に拳が振り下ろされる。それぞれにオムレツの入った大きさの違う兄妹の弁当箱が衝撃に合わせて斜めに動いた。
「そ、それはちょっと流石に……嫌だよ。」
机の端から落ちそうになる二人分の弁当箱を支えるジョゼ。その顔には分かりにくいながらも戸惑いが浮かんでいた。
「………どうしたの?」
委員会の仕事で少々遅れたマルコが弁当を手に尋ねる。
そこには憤慨の表情を浮かべたジャンと、流行の女性誌を片手に溜め息を吐くジョゼ。
…………この仲が良い兄妹が意見違いだなんて、珍しい。
そう思いながら彼等の隣に着席するマルコ。…………横目でちらりと覗くと、ジョゼは水着の特集が組まれたページを開いていた。
(ああ……そういえば。)
夏休み目前、僕らは試験が終ったら海に行く約束をしてたんだっけ。
…………ジョゼはそれを相当楽しみにしていたらしく、這々の体で試験を終えた今、浮き足立つ気持ちで水着を新調しようとしていたのだろう。
……………が、そこに兄であるジャンが待ったをかける。これは中々に熾烈な戦いになりそうだ。
「…………兄さんだって去年友達と海に行く時に新しいの買ったじゃないの……。私だけ学校の水着だなんて恥ずかしいよ……。」
そう言いながらジョゼは再び溜め息を吐いて雑誌のページを捲る。
そこでは笑顔の眩しいモデル達が露出の高い格好で(水着だから当たり前なのだが)ポーズを取っていた。
「んなの関係ねえよ。何だこんなの買って海に何しに行くつもりだ。ナンパされに行く様なもんじゃねーか」
「…………それは大丈夫。私をナンパする様な人は滅多にいないから……」
「それは至極最もその通りのお墨付きだが、お前のそのチャラついた態度が気に入らねえんだよ。怖い顔の癖に色気付きやがって」
「ひどい………。」
ジョゼは困った表情で箸の先でオムレツをつつく。それからマルコの事を見上げながら「………ねえ、マルコからも何か言ってよ………。」と助けを求めて来た。
マルコも……流石に一人だけスクール水着は可哀想だと思い、それに頷いてジャンの方に向き直る。
「まあジャン、水着位良いじゃないか。」
「いーや駄目だね。こいつオレに何の断りも無く明日の休日勝手に買いにいくつもりでいやがった。それからして気に食わねーんだよ。」
「み、水着買うのに兄さんへの断りがいるの……?」
「いるな。オレを誰だと思ってる。兄より偉い妹等いないんだよ。何をするにも報告連絡相談が必要だ。」
「でっでも母さんは買って来て良いって」
「あのババアの言う事なんて関係ねえんだよ!!」
ジャンが再び机の上を拳を叩く。またしても衝撃で動いていく弁当を今度はマルコが支えた。
「ジャン………。ジョゼが可愛いのは分かるがそろそろ妹離れしないと本当に嫌われるぞ……。」
マルコが呆れから溜め息を吐きながらジャンを諭す様に言う。ジャンは舌打ちをして弁当の中身を一口、口の中へ放り込んだ。
「…………マルコ。よーく聞け。オレが許せなかったのはな、こいつが買おうとしていた水着の種類なんだよ。」
はあ?という表情をしながらマルコはジャンの言葉へと耳を傾ける。………どうせロクでも無い事に違いないが。
「ワンピースならまだ。許せる………。だが何だ、こいつ、事によってビキニ買おうとしてたんだぜ!?こんの変態!!露出魔!!」
「そこまで言わなくても!!」
「………………何だって?」
その発言を受けてマルコはジョゼへとばっと視線を移す。それから逃れる様にジョゼはさっと明後日の方向を向いた。
「……………ジョゼ。君はこの非常に高い露出の水着が、下着と面積の変わらない水着が………、欲しいのかい?」
「あっと………。」
マルコの声色は冷たかった。マズい。まさか彼がここまで過剰にツーピースの水着を問題視するとは思わなかった。
ジョゼはちょっぴり泣きそうになりながら肯定とも否定ともつかない返事をする。
だが………この種類のものを購入対象に選んだ事には真っ当な理由があるのだ。しかし………殿方を前にして話していいものでもなく………
「ふんっ」
「へぶう」
そこで、かけ声と共にジョゼの胸元が急激に締め上げられる。ジョゼは思わず間抜けな声を漏らした。
「……………ああ〜、確かにデカいね。しめてEのはちじゅう「ベッ、ベルトルト君いったいなにしてるの!?」
ジョゼは胸に回ったメジャーを振りほどきながら珍しく大きな声を上げて背後に立つ長身の男性の方へと振り返った。
「いやあ、夏休み目前にして僕の好奇心は留まる所を知りません?」
「知りません?じゃないでしょ!?」
「ふーん。僕は君の事助けてあげようと思って来たんだけどなあ。」
そう言いながらベルトルトは椅子を近くの机から引っ張り出し、三人の近くに着席する。
「…………ジャン、マルコ。君等童貞に僕から有り難いお話を聞かせてあげよう。」
((………お前(君)だって童貞だろ))
「ジョゼの駄肉サイズではワンピースの水着ではまず野暮ったいものしか売られていないんだよ。」
ベルトルトの言葉に、ジャンは無意識にジョゼの胸元に視線を送る。………確かに、デカい。超大型とまではいかないが、確実に平均よりは上だ。
「………更に言うと、あの体型じゃスクール水着の方が嫌らしいという事を君等は分からないのかい?」
ベルトルトの言葉に、ジャンとマルコは脳内に何か良からぬ図像を描いてみる。
ああ…………。確かにこれは、ビキニの方がまだ健全だ……………。
「…………ジョゼ。ツーピースの方が良いね。うん。そう思うよ。」
マルコがジョゼの肩をポン、と叩きながら零す。先程までの脳内に描かれた映像を必死で頭の中から追い出そうとしながら。
「あ、ああ……そうだな。その通りだ。」
ジャンもそれに同意する。
ジョゼは自分の望みが通った事に顔色は変えずとも瞳の奥を煌めかせながら嬉しさを表現した。
「嬉しいな……。それじゃあ明日、一緒に行ってくれる?」
そう言いながらジョゼはジャンの掌をきゅっと握る。
「…………何だよお前、昨日までは一人で行こうとしてた癖に。」
ジャンは呆れた様に、しかし誘われた嬉しさからニヤける表情を隠そうとせずに空いている方の手でジョゼの頭を撫でた。
彼女は至極心地良さそうにそれを甘受する。
「それはそうだけれど…でも、きっと一緒の方が楽しいよ………」
そう言って微かに笑うジョゼを、ジャンもそっと目を細めながら見つめた。
そんな仲睦まじい二人の様子を眺めながら…………マルコは、何故だが急激に味のしなくなった飯粒をごくりと飲み込んだ。
(そっか………。当たり前だけれど、二人で行くんだよね。)
昔からずっと変わらずに三人で行動のする事の多い僕らだけれど、ふとした瞬間………どうしてもこうやって、やっぱり二人と一人なんだなあ、僕は他人なんだなあ、と感じてしまう事がある。
本当に些細な事だけれど。
分かっている。僕は大事な親友と恋人、どちらとも血は繋がっていないし、過ごした時間の量だって違う。
だからこれは当たり前………。
寂しくて、悔しいけれど…………当たり前なんだ…………。
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