ノックの音が室内に響く。今度は僕が「おかえり」と言いながら開けてやった。
ジョゼがただいま、と零しながら室内に入ってくる。石鹸の匂いを纏って。
「遅い時間に入らせちゃって悪かったね。風呂場に人が捌ける時間帯は今位しかなくて....」
と話しかけるが、ジョゼは呆然としたまま中空を見つめていた。
「......凄かった」
そして....ぽつりと立ち尽くしながら呟く。
「流石憲兵団....。ライオンの口からお湯が出てた...」
......なんというかくさしゃかい....とかなんとか訳の分からない事を零している所を見るとどうやらのぼせた所為で意識が半分飛んでいるらしい。
溜め息をひとつ吐き、水差しからコップに一杯水を汲んで渡してやる。案の定彼女は非常に喉を乾かしていたらしく、一息でそれを飲み干した。
少々呆れてその光景を眺めていたが...風呂上がりにするこのやり取りは、何だか訓練兵の頃を思い出してこそばゆかった。
「ああ、髪をあんまり拭かなかっただろう。駄目じゃないか」
しっとりとしている髪に触れながら、不満げに漏らせばジョゼはそっと目を細める。
「そうかなあ...でもそこまで長い髪じゃないから大丈夫だよ。すぐ乾くから...」
「駄目。風邪を引いたらどうするんだ。」
そのまま腕を引いて彼女を椅子に座らせる。バスタオルを出して来て頭をやわやわと拭いてやると...ほう、という気持ち良さそうな溜め息が聞こえた。
しばらく僕らは無言で髪を拭い、拭われていた。....小さい子のお父さんになった様な...変な気がする。
「そういえば....」
ふと、ジョゼが声を漏らした。
少しの間。
「.....チェスの反復練習、するんだっけ....」
頑張るぞ...と、全然頑張りそうに無い気の抜けたかけ声をしながらこちらを振り向く。
その睨む様な視線を眺めていると(勿論睨んではいないのだが)....そういえばそんな事言っていたっけ...と思い出した。
正直あれは建前だったので別にどうでも良いのだ。
それよりも今は、折角君と長い時間一緒にいられるんだから......
「うん....。それも良いけど、今日は少し話そうか。」
ほら、拭けないから前を向いて、と言えば、ジョゼは大人しくそれに従った。
「......話す。」
彼女は僕の言葉を鸚鵡返した。
「そう。」
拭き終わった髪を今度はブラシで梳かしてやりながら応える。
「何を話せば良いのかな.....。」
「何でも。」
「そっかあ。楽しそうだね。」
「うん、きっと楽しいよ....」
ブラシを傍の机にコトリと置いた。
ジョゼが再びこちらを見上げるので、丹誠込めて梳かした髪を撫でてやる。
それから、ごく自然な流れで僕らの唇は重なった。
→